✨ ベストアンサー ✨
(2) A:④ / B:③
(3) エ
(4) 治安
(5) イ
(3)
325年のニケーア公会議では、神とイエス・キリストの「同一本質(同質)」を主張するアタナシウス派が正統とされ、キリストの人間性を強調するアリウス派が異端とされました。
(4)
「パン(食料の安価な提供)」と「サーカス(見世物・娯楽)」は、生活に困窮した無産市民の不満を抑え、暴動を防ぐための治安対策として行われました。
(5)
ア)属州からの安価な穀物流入(正:大土地経営ラティフンディアの圧迫要因)
イ)キリスト教徒の増加(誤: 宗教が農民層没落の直接的な経済的・社会的理由にはなりません)
ウ)防衛の主力としての疲弊(正:長年の従軍により自分の畑を顧みれなくなった)
エ)戦争による国土の荒廃(正:特にポエニ戦争などでイタリア本土が戦場となった影響)
(2)
【A】
Ⅰ. 誤: ローマは「分割統治」を行いました。各都市と個別に同盟を結び、参政権の有無や義務の内容に差をつけることで、都市同士が団結して反抗するのを防ぎました。
Ⅱ. 誤: 事実上の帝政(元首政/プリンキパトゥス)を開始したのは、紀元前27年のオクタウィアヌス(アウグストゥス)です。ディオクレティアヌス帝が始めたのは、より権威主義的な「専制君主政(ドミナトゥス)」です。
【B】
Ⅰ. 誤: テトラルキア(四帝統治)を創始したのは、ディオクレティアヌス帝です。テオドシウス帝は、死に際に帝国を東西に分割して子に譲った人物です。
Ⅱ. 正