✨ ベストアンサー ✨
ご質問の前半をリライトしたので、聞きたいことと一致してるかどうか確認してください。
関係詞の非制限用法と制限用法を使い分ける際の判断基準は、
・関係詞の節全体をなくしても主節の意味が通るか
・その名詞がそもそも特定されているものかどうか
らしいのですが、あんまりよくわからないです。
ってことですよね??
The person was my father.
(fathersって複数形だったのは単なる誤記ですよね?)
「主節の意味が通るか」というのは
その文以外の情報とか文脈が全くないとしたときに、
今まで何も話してなかったのに「その」と言っても、なにが「その」なのか
誰のことを言ってるのか聞き手はわからないですよね。それを「意味が通るか」と言ってるんだろうと思うんです。
ただ厳密には「意味が通るかどうか」というのは
あんまりいい説明じゃないと思うんです
なぜかというと例えば
A person was my father.
これは英文として成立しない
文法的におかしいし、そのせいで意味も通らない
けど
The person was my father.
これは文脈さえあれば文法的な誤りは何もないんです。
ただ、the personってどのperson?となるだけのことです。
だから
意味が通るかどうか ではなくて
関係節がないと先行詞を聞き手が特定できないか
の方が正しいんじゃないかと思います。
The person who helped me then was my father.
これは意味が通るんです。
the を「その」って訳すレベルの理解だと微妙かもしれないけど。
このときのtheは、
who helped meが入ることによって、
そういう1人の人がいたのね、というふうに相手にも特定の人物が理解される
それを表すために使われているんです。
personは何人も世界にいるけど、
person who helped me then っていうのはたぶん1人しかいないですよね。
で、これが制限用法が表すことの意味にマッチするんですよ。
制限用法っていうのは、例えばpersonなら
⭐︎同じpersonという単語で表せるもの(人)は複数あるけど、そのなかでも 〜な人
っていう意味での「制限」だからです。
次に
「名詞がそもそも特定されているものかどうか」
というのは、よく文法の説明で言われるのは
固有名詞には制限用法をつかわない
とかなんですけど。
例えば
Venice, which is famous as the City of Water, attracts millions of tourists every year.
(水の都として有名なベネツィアは、毎年何百万人もの観光客を引きつける。)
これをVeniceの後ろを制限用法にしてしまうと、
複数のVeniceがあることを前提とするような意味になっちゃうんですよ。
上に書いた⭐︎の部分を、personをVeniceに置き換えてみて考えてください。
で
固有名詞じゃなくても、初めから1つしかない1人しかいないって分かってるものには、制限用法は馴染まないんですよ。
例えばThe sun(太陽)とか固有名詞じゃないけど1つしかない。つまりそもそも特定されている。
My father とかも同じで、離婚再婚を経験してれば、前のお父さんのことをmy fatherって言うことはあり得るけども、そういう複雑な場合を除けば、
ある瞬間に、お父さんって言える人は1人しかいないから、これは特定されているってことになりますよね。
わかりました
ありがとうございます!
まとめると
制限用法と非制限用法の違いは、「関係節が先行詞を特定するために必要かどうか」です。
The person who helped me then was my father.
では who helped me then がないとどの person かわからないので制限用法になります。
一方、
Venice, which is famous as the City of Water, …
では Venice だけで何を指すか特定されるので、which 以下は補足説明になります。
実は「主節の意味が通る」「名詞が特定されている」という二つの基準は別物ではなく、
関係節が先行詞の特定に必要かどうか
という一つの話を別の角度から説明しているだけなんです。