古文
高校生

敬語がイマイチ分からないです
尊敬が筆者から動作をしている方への敬意で
謙譲が筆者からその動作を受けてる人なんですよね?
会話文では筆者からではなくその会話文の主語からになると思うのですが…

(貴族が)帝に「~~。」と申し給へば、
の申しは筆者から「」を言った貴族への尊敬語にならないのはなんでですか?
なぜ謙譲で筆者から帝なのですか?
あと給へばも 尊敬で筆者から貴族になるのかもイマイチ分からないです

回答

ただの文だと
尊敬語は作者→動作する人
謙譲語は作者→動作される人
会話文だと
尊敬語は主語→動作する人
謙譲語は主語→主語の動作を受ける人
でOK🙆‍♂️です

尊敬語か謙譲語かは動詞によって変わって(覚えるしかないです…)、
同時に使うときは謙譲語→尊敬語とします。

「申し」はただの文のなかで、申されているのは「帝」なので貴族は無視して
作者→帝の謙譲語
「給へ」はただの文のなかで、申しているのが「貴族」なので帝は無視して
作者→貴族の尊敬語です、、

ゆ!

《追加》
「申す」は「言う」の謙譲語ですが、作者からすれば貴族も目上なので、貴族も敬いたい…そこで、補助動詞の「給ふ」をつけて貴族と帝の両方に敬語を使ったわけです。

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