なってないと思います
同時ではないと思います
歴史区分の名称の決まりは大きく3つです。
1.使用している道具や特徴的な文化によるもの。
2.史書に書かれ、ある程度確実に比定のできる権力の中心のあった地名
3.一元一世の制度下での元号によるものです。
古墳時代は1であり、飛鳥時代というのは2の区分によるものです。飛鳥に諸大王の宮があったころの歴史記述は具体性が出てきてそれ以前のものより信憑性が高いが、初期は具体的な証拠が弱い部分がありました。ちょうど同じ時代が墳丘を作らないか小さくした後期であったので、確実な時代区分を残してオーバーラップさせたのだと思います。
同じものを違う見方で言っているだけで、時代が並立していたというとちょっと違う意味になるかと思います。
大王や豪族の墳墓は飛鳥時代の後も続くわけで、古墳時代という大きな枠組みの中を、飛鳥時代や奈良時代と政治の中心地で区分できるようになったという解釈もできます。
これは、旧石器時代、新石器時代、青銅器時代、鉄器時代という区分をすると、最後の鉄器時代は現在も続いていると考えられるのと同じです。
引用しました!
わざわざありがとうございます!!(^-^)すみませんでした💦
全然大丈夫です(^ ^)

何がでしょうか…