世界史
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解決済み

正当カリフ時代とウマイヤ朝、
スンニ派とシーア派について

シーア派の基本的理念として、ムハンマド直系の子孫のみをカリフとして認めるというものがありますが、正当カリフ時代を
「シーア派によってムハンマド直系の子孫が連続して擁立されたシーア派の時代」
として捉えることは間違っていますか?

回答

✨ ベストアンサー ✨

シーア派はムハンマドの子孫のみをカリフと認めるのではなく、正統カリフ時代最後のカリフであるアリーの子孫のみをカリフと認める派閥だったはずです。
なので、スンニもシーアもなかった選挙制の時代はあくまで正統カリフ時代なのではないでしょうか。

それが、教科書には微妙な記述がありまして…

こんな感じです

上から四行目です

そんな記述があるんですか!
知りませんでした。

ですが、1から3代のカリフはムハンマドの友人だったりするだけで直接の血縁はなかったはずです。義理の〜というのはあった気がしますけど

なのでアブーバクル、ウマル、ウスマーンは敢えていうならスンニ寄りで、アリーはシーア寄りってことになると思います!

アブーバクルとかはムハンマドと血縁のあるアリーを押しのけてカリフになってますし

なるほど、そんなことがあったんですね。
余談ではありますが、自分はスンニ派とシーア派が分かれる決定的事件がカルバラーの悲劇だと思っています。
どう思いますか?

なんかだんだん話がわからなくなってきましたが、そもそもシーア派は、ウマイヤ朝軍勢などによってアリーやフサインが殺されたことに反発し、「俺はアリーやその仲間しか信じないぜぇ」みたいな人々がつくったもので、そこに入らなかった多くの人がスンニ派として扱われたんです。

だから正統カリフ時代にスンニ、シーアっていうのはなく、あくまで現在の教義から考えると昨日書いたような分け方が出来るんじゃないかなっていう話です^_^

なので、シーアとスンニが完全にわかれたのはアリーの暗殺かカルバラーの戦いであってると思います!

ありがとうございます!
めっちゃ深い理解に繋がった気がします。

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