✨ ベストアンサー ✨
深夜にすみません(>_<)
これね、意外と知られていないんですよ!
教科書だと、「江戸幕府が倒され、明治維新が起こったから外国と交流するようになった」的なことになっていると思いますが、ほんとは、明治維新が起こる前から幕府は外国と交流してたんです。
例えば、長崎の「出島・平戸」。
ここには、「オランダと清しか来ていなかった」と教えられると思いますが、実は、イギリスも来ていましたし、オランダに混じってドイツとかも来ていました。
つまり、明治維新が起こる前から日本は積極的に外交をしていた、ということになります。
なので、井伊直弼は「幕府に無断で日米修好通商条約を締結した」のではありません。
日米修好通商条約締結までには、色んなことがありました。
当初、井伊直弼は「まだ開国は続けよう」という意見でしたが、その後の幕府の会議では「開国しよう」と意見を変え、日本は開国しました。
なぜ意見を変えたのか?
アメリカの驚異が凄かったからです。
アメリカからたくさん軍艦が来ているなか、鎖国を続ける訳には行かない!と思い、開国に向かったんです!
すみません、あまり分かりやすく解説ができませんでした(>_<)
もし、何かわからないところがあれば、どんどん言ってください!
なるほどぉ!実際は明治維新の前に日本はめちゃめちゃ外交していたということになるんですね!
とてもわかりやすい説明をありがとうございました!
井伊直弼は、本当は「鎖国主義者」なんです。なので、ずっと鎖国を続けようとしましたが、日本は海軍力が弱かったので、とりあえず開国したほうが良さそうってことで、条約を結びました!
これテストに出ました!!!本当にありがとうございました!!!
おお、そうですか!!!
お役に立てて、光栄です!
あ、誤字がありました。
「日米修好通商条約締結までには、色んなことがありました」
という部分に、「まだ開国は続けよう」とありますが、正しくは「まだ鎖国を続けよう」です。すみませんm(__)m
ついでに補足ですが、「外交はしていたけど、鎖国状態」というのが分かりにくいかもしれません。
「鎖国」とは、「一定の国との交流を政府が禁じること」です。
なので、鎖国中でも外交をすることもあるんです!
オランダもイギリスもドイツも、すべて「プロテスタント」の国なので、熱心な布教をせずに、貿易に専念するので、幕府に認められたんです!