きょうふ
ある。
ゴリラの赤ちゃんは泣かない。とても、おとなしいのだ。人間の赤ち
ゃんならけたたましく泣く。とりわけ、母親からはぐれた赤ちゃんは声
からすほど泣き続けるはずだ。
ゴリラの赤ちゃんはとてもお
となしく、人間の私に抱かれている。当初、それはゴリラの赤ちゃんが
恐怖のあまり声が出せないのだと思った。 ところが、人間になれてきて
も泣かないし、後に日本モンキーセンターに勤めるようになって、ゴリ
ラの赤ちゃんを育てた飼育員に聞いてもやはり泣かないという。さらに、
ここでチンパンジーやオランウータンの赤ちゃんの人工保育に参加して
みると、やはり泣かないことがわかった。 赤ちゃんが泣くのは人間だけ
で、それはサルや*類人猿からすればとてもおかしなことだったので
るいじんえん
たしかに、野生の暮らしでは、赤ちゃんが大声で泣くのは肉食獣の注
意を引くので危険だ。生まれたばかりの赤ちゃんは無力だし、母親もま
えじき
おそ
だ体力が回復していないので餌食になる恐れがある。泣かないほうが自
然なのだ。ではなぜ、人間の赤ちゃんはそんな自然のルールに反して泣
くのだろう。
ふきげん
わた
はな
③それは、人間の母親が赤ちゃんをすぐに手から離してしまうからだ。
生まれてすぐ、赤ちゃんは母親以外の人の手に渡され、あるいは揺りか
ごにひとりで寝かされる。ゴリラの母親は生後1年間、赤ちゃんを腕か
ら離さない。だから、赤ちゃんが不機嫌になったり、不具合を感じたら、
体を動かして母親に伝えればいい。母親はすぐ気づいてくれる。でも母
親からすぐに離される人間の赤ちゃんはいつも、自分の存在を周囲にア
ピールしていなくてはならない。周囲が気づいてくれなければ命の危険
がある。 泣くのは赤ちゃんの自己主張なのだ。
*類人猿=ヒトに最も近いサルの仲間。ゴリラ、チンパンジー、オランウータン
など。
やまぎわじゅいち
山極寿一争いばかりの人間たちへ ゴリラの国から』より)
にくしょくじゅう
うで