学年

教科

質問の種類

作文 中学生

たくさんの人の回答を希望します、 そして急ぎです((ノД`) 写真は、中学1年のとき書いた意見文です。もう中2ですが、コロナの関係で来月にリモート発表することになってしまいました。 先生が修整をいれていますが、2年生らしい文に仕上げたいです。書き直し・書き足ししたほうがいい... 続きを読む

【あたり前と平和 ] ゲーム、服、机にいす…。家、学校、お店…。周りには、たくさんのものがあり、たくさんの建物がある。そ れに、たくさんの人がいる。お母さん、お父さんなどの家族、友だちや先生、そして、自分がいる。家にいれば、 いつだってゲームができる。嫌になるくらい勉強をする。学校なら、勉強もできるし友だちにも会える。疲れる くらい遊ぶこともできる。いつでも遊べていつでも勉強できる。そんなの、いつものことだし、あたり前だろう と、みんなが言うだろう。それが日常だから、あたり前。そう思ってしまう。でも、そうではないときがあった 空空襲について学んだ。学ぶときは、興味があるとは言えなかった。 空襲」と表紙に書かれた、小説みたいな本 のだ 私は一年生の一学期の道徳の時間に、 私が苦手な歴史の勉強に少し似ている気がしたからだ。 先生が、「 を読み始めた。それを聞いていると、私の頭の中には一 七月十五日午前七時三十分。鳴り響くサイレンの音。爆弾が落ちて、わき起こる黒煙。爆弾や銃撃のひどい音。 おそろしい米軍の飛行機が、頭の上を飛ぶ。 被害があった。焼け焦げた家や人。重軽傷者は十四人。四十名の尊い命が奪われた。 当時十五歳だった男子生徒は、一週間ぶりの学校に、わくわくしながら登校している途中だった。「グラマン だ!山に隠れろ!」という声を聞き、四十分間爆撃される | 町を山から見ていたそうだ。 学校の先生の中には、生徒を防空壕やタコツボと呼ばれる穴に避難させている中で、爆弾の破片が背中に刺さ り、命を落とした方もいる。その先生の碑は|_高校の敷地内にある。先生が呼んでくれた本の中には、私と同 じくらいの年齢で、空襲の中、家族の無事を祈り続けていた人や、子どもの無事を願って空襲で焼け焦げた本別一 の町が破壊されていく映像が流れはじめた。 町上空を、四十七機の飛行機が飛んだと言われている。多くの一 空襲に関わる様々な人のエピソードがつまっていた。 の町の中を走り回った人など、 亡くなった人やその人の家族、友人を思うと、胸が痛む。もし、自分ならどうなるだろう。爆弾や銃で、自分 の思い出の場所が一瞬で失われる。家をなくしたら、家族や、友人を亡くしたら。私には全然想像ができない。 でも、もしそうなったらと想像する。悲しみ、寂しさだけではなく、怒り、悔しさなど、自分の中でどんな感」 いつも自分の周りにいる人がいなくなるなんて、信じられない。 情が渦巻くのだろうか。 自分だって、いつ死んでもおかしくないという恐怖まで感じて、とても複雑な気持ちになる。やっぱり、自分| に当てはめても、そんなわけない、なんて思ってしまうけど、もしそうなったとしたら、私の想像なんかを濫か にこえる複雑な感情になるのだろう。 でも、そんな気持ちより何より、その人達が願ったのはきっと、平和。それは私たちが今、あたりまえと感じ ている日常のことだと思う。その理由は、自分の暮らしと戦争のときの暮らしを比べるとすぐにわかる。自分た一 ちにとって、あって当然であたりまえの物が、そのときにはない。あたりまえが、そのときに覆された。 そんな風に考えていると、「そもそも、あたりまえって何だろう」と思えてくる。あたりまえって言うと、それ が普通、それがあって当然と感じる。空襲の時、普通の生活はなくなり、あって当然だったものが消えてしまっ た。あたり前は、身近で、身近じゃない。平和だって同じだ。いつ、あたり前に感じている平和がなくなるかわ」 からない。今この瞬間が、平和で、それをあたりまえのように感じていることは、幸せであり、感謝すべきこと なのだ。学校で友だちに会えること。家に帰れば家族がいること。おいしいご飯をお腹いっぱいに食べられるこ と。勉強ができること。そして、今、自分がいること。すべてに感謝しなければいけない。 悲しい過去が今につながっていることを忘れずに、これからも平和が当たり前であると感じられる日常を大切」 にしていきたい。

未解決 回答数: 1
作文 中学生

人権作文の添削をお願いします🙇🏻‍♀️ 時間がないので大きくは変えられないんですが、 「ここの表現こうした方がいいんじゃない?」とかあったら どんどん、もうとにかくどんどん言ってください🙇🏻‍♀️🙇🏻‍♀️🙇🏻‍♀️

誰もが暮らしやすい社会を目指して 「人権」とは人が生まれながらにもっている「自分らしく生きる」ための権 利のこと。 「自分らしく生きる」には誰もが暮らしやすい社会である必要があ る、と今回の人権学習「福祉体験」を通して感じました。 まず、認知症サポーター養成講座で認知症についての講演をお聞きしました。 『認知症は誰にでも起こりうる脳の病気ににるもので、認知症になると脳の働き が悪くなってさまざまな障害が起こり、生活に支障が出てきて、それまでできて いたことができなくなったりする。そのため本人は大きな悲しみと苦しみを抱く ことになり、サポートする家族にも多大な負担がかかる』認知症は身近な病気だ けれど、とても怖いものでした。しかし、『認知症について正しい知識をもち、 助け合うことができれば認知症の人もその家族も穏やかに暮らすことができる』 と教えていただきました。 次に、アイマスク体験をしました。サポート してくれる人がいて安全だと分か っていても、前に進むのがとても怖かったです。わずかな段差や障害物など、普 段自然と避けていたものにつまずいたり、ぶつかったりしてしまいました。風や 音、人触感にも過敏に反応してしまい、少し歩いただけで疲れました。 そして車イス体験。小さな段差でも手伝っ>てもらわないと、上がったり下がっ たりできません。 歩行者や障害物に当たらないように、うまく避けないといけな いのでこれも一苦労でした。 誰もが暮らしやすい社会にするためには、『吉齢者や障がい、病気をもつ人た ちの気持ちを知ること』がどれほど大事なのか、今回の学習を通して分かりまし た。話を聞いたり実際に体験してみると、思わぬところで困ったり、不便に思っ たりすることがあったからです。 その不便に思ったところを直していけば、きっと、少しずつそんな社会になって いくのではないかなと思います。そして困っている人を見かけたら手を貸してあ げる、誰もが暮らしやすい社会にするために、私も小さなカカになりたいです。

解決済み 回答数: 1