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数学 中学生

(6)の[元の位置にないような並べ方]という言葉の意味が分かりません。お知恵を貸していただきたいです。

と 標 170 [順列の数②] 次の問いに答えなさい。 (1) A, B, C, D, E の5人の生徒が縦1列に並ぶ。 先頭にはAが並ぶことにすると、5人の 並び方は、全部で何通りあるか求めよ。 (2) 5人の生徒が, 校舎を背景に横1列に並んで記念撮影をする。 5人のうち, AさんとBさ んは必ず両端に並ぶものとする。 このとき, 5人の並び方は全部で何通りあるか求めよ。 (3) 山田家は3人家族, 中村家も 3人家族である。 山田家,中村家の計6人が1列に並ぶとき 同じ家族の者が隣り合わない場合の数を求めよ。 (4) 右の図のような4枚のカードがある。この4枚のカードから2枚 を選び,横に並べてできる2桁の偶数は、全部で何個か求めよ。 MITAKA のアルファベットを並べかえると,何通りの並べ方があるか求めよ。 (6) 2,3,4,5の数字がこの順番で並んでいる。 これらのどの数字も,もとの位置にないよ うな並べ方は全部で何通りあるか求めよ。 ガイド 異なるn個のものを1列に並べる並べ方は nx(n−1)x(n−2)x…X3×2×1 異なるn個のものの中の個を1列に並べる並べ方は nx (n-1)x(n-2) xx(n-m+1) m個の積 0 172) RE 次の問い (2) (3)

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数学 中学生

解説お願いします!

えなさい わたしたちを揺さぶり動かす力をもちつづけてきた映像の世界が、ここにきて急速に、デジタル映像の世界へ 変わってきました。そのデジタル映像への転換は、思いがけないことに、いままで映像が日常的につくってきた、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方を変えていく方向を指しているように、わたしには思えます。 映像の世界にデジタル技術が導いたのは、驚くほどの大画面と、驚くほど精緻な映像がもたらした、新たな「風 景」の発見です。遠くの遠くまでも、細部の細部までも、きわめて鮮明な映像が感得させるのは、これまではずっと、 背景でしかなかった「風景」こそが、実はこの世界の主人公であるということです。 おおざっぱ 映像がわたしたちの物の見方、感じ方、考え方を動かすようになったのは、大雑把に言えば、二十世紀の百年 の時代です。モノクロからカラーへ、写真、映画、テレビ、ビデオとつづいてきた、アナログによる映像の世界 において、主人公だったのは、有名無名を問わずつねに人であり、人間が世界の主人公でした。 もっぱら人が世界の主人公としてとらえられてきた時代は、逆に言えば、人もまた「風景」の一部にほかなら ないということが忘れられてきた、そういう時代でもあります。そうしてそれは、アナログによる映像の世界で、 極端なまでに凝縮した部分に雄弁に語らせる、クローズアップという手法が多用されてきた、そういう時代です。 クローズアップされた人の映像は、ぬきさしならないほどわたしたちの物の見方、感じ方、考え方に影響をあ たえてきました。 ニュースでも、ドラマでも、映画でも、スポーツでも、あるいはごく個人的な写真やビデオでも、 まず求められてきたのは、つねに効果的なクローズアップの映像であり、忘れがたいクローズアップの映像が、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方にのこした影響は少なくありません。 そのクローズアップの魔術は、しかし、遠くの遠くまでも細部の細部までもきわめて鮮明なデジタルの映像で は、すでに全能ではなくなってきているのではないでしょうか。 クローズアップではなく、その逆に、たとえば空撮のように、「風景」全体をイッキョにとらえるときにもっ とも効果的な映像を、デジタル映像はもたらします。 そうして、「風景」 に対しての、広がりをもったきわめて 鮮明な感覚をよびさます力を、デジタル映像の視覚は秘めています。 まなざ 全体と細部を、同時に見わたすような、「風景」に対しての、広がりをもった鮮明な感覚をよびさますというのは、 しかし、実は、新しい技術の魔術というものなどではなくて、むしろ「風景」への眼差しを遠ざけてきたクロー ズアップの時代以前の視覚を、原初的なまなざしというものを、いまここに取り戻してゆくということだと、わ たし自身は思っています。 (長田弘「なつかしい時間」による) おさだ ひろし (注) ○ 精緻=きわめてくわしく細かいこと。 ○ 空撮 =空中から地上を撮影すること。

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数学 中学生

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えなさい わたしたちを揺さぶり動かす力をもちつづけてきた映像の世界が、ここにきて急速に、デジタル映像の世界へ 変わってきました。そのデジタル映像への転換は、思いがけないことに、いままで映像が日常的につくってきた、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方を変えていく方向を指しているように、わたしには思えます。 映像の世界にデジタル技術が導いたのは、驚くほどの大画面と、驚くほど精緻な映像がもたらした、新たな「風 景」の発見です。遠くの遠くまでも、細部の細部までも、きわめて鮮明な映像が感得させるのは、これまではずっと、 背景でしかなかった「風景」こそが、実はこの世界の主人公であるということです。 おおざっぱ 映像がわたしたちの物の見方、感じ方、考え方を動かすようになったのは、大雑把に言えば、二十世紀の百年 の時代です。モノクロからカラーへ、写真、映画、テレビ、ビデオとつづいてきた、アナログによる映像の世界 において、主人公だったのは、有名無名を問わずつねに人であり、人間が世界の主人公でした。 もっぱら人が世界の主人公としてとらえられてきた時代は、逆に言えば、人もまた「風景」の一部にほかなら ないということが忘れられてきた、そういう時代でもあります。そうしてそれは、アナログによる映像の世界で、 極端なまでに凝縮した部分に雄弁に語らせる、クローズアップという手法が多用されてきた、そういう時代です。 クローズアップされた人の映像は、ぬきさしならないほどわたしたちの物の見方、感じ方、考え方に影響をあ たえてきました。 ニュースでも、ドラマでも、映画でも、スポーツでも、あるいはごく個人的な写真やビデオでも、 まず求められてきたのは、つねに効果的なクローズアップの映像であり、忘れがたいクローズアップの映像が、 わたしたちの物の見方、感じ方、考え方にのこした影響は少なくありません。 そのクローズアップの魔術は、しかし、遠くの遠くまでも細部の細部までもきわめて鮮明なデジタルの映像で は、すでに全能ではなくなってきているのではないでしょうか。 クローズアップではなく、その逆に、たとえば空撮のように、「風景」全体をイッキョにとらえるときにもっ とも効果的な映像を、デジタル映像はもたらします。 そうして、「風景」 に対しての、広がりをもったきわめて 鮮明な感覚をよびさます力を、デジタル映像の視覚は秘めています。 まなざ 全体と細部を、同時に見わたすような、「風景」に対しての、広がりをもった鮮明な感覚をよびさますというのは、 しかし、実は、新しい技術の魔術というものなどではなくて、むしろ「風景」への眼差しを遠ざけてきたクロー ズアップの時代以前の視覚を、原初的なまなざしというものを、いまここに取り戻してゆくということだと、わ たし自身は思っています。 (長田弘「なつかしい時間」による) おさだ ひろし (注) ○ 精緻=きわめてくわしく細かいこと。 ○ 空撮 =空中から地上を撮影すること。

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