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厚本の宿題で、緑で線を引いているところなんですけど、『はらんではいまいか』とはどういう意味なんでしょうか?教えてください!お願いします🙇‍♀️

り結の蓋を開けた瞬間に香りたつ出し十のにおいに、ああSのP *せつ な に生まれてよかったと思う剰那がある。そんな高踏な緊張など日々の暮らしに持 ち込みたくはないと言われるかもしれない。緊張ではなくゆるみや開放感こそ、 つな 心地よさに繋がるのだという考え方も当然あるだろう。家は休息の場でもあるの だらしなさへの無制限の許容がリラクゼーションにつながるとい う考えは、ある種の堕落をはらんではいまいか。ものを用いる時に、そこに潜在 だ。 する美を発揮させられる空間や背景がわずかにあるだけで、暮らしの喜びは必ず 生まれてくる。そこに人は充足を実感してきたはずである。 伝統的な工芸品を活性化するために、様々な試みが講じられている。 現在の生活様式にあったデザインの導入であるとか、新しい用い方の提案とかで B ある。自分もそんな活動に加わったこともある。そういう時に痛切に思うのは、 漆器にしても陶磁器にしても、問題の本質はいかに魅力的なものを生み出すかで はなく、それらを魅力的に味わう暮らしをいかに再興できるかである。漆器が売 れないのは漆器の人気が失われたためではない。今日でも素晴らしい漆器を見れ ば人々は感動する。しかし、それを味わい楽しむ暮らしの余白がどんどんと失わ れているのである。

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中2なんですけど、国語で大岡信さんの言葉の力の約100字で要約の宿題が出されました。 私は本当に国語が苦手なので要約した文章を書いてくださる方はいませんか? 本当にお願いします🙇‍♀️🙏💦

言葉の力 大岡 信 人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる言葉のどれを とってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、 正しいと決まっている言葉 はない。ある人があるとき発した言葉がどんなに美しかったとしても、別の人がそれを用 いたとき同じように美しいとは限らない。それは、言葉というものの本質が、口先だけの もの、語葉だけのものだはなくて、それを発している人間全体の世界をいやおうなしに背 負ってしまうところにあるからである。人間全体が、ささやかな言葉の一つ一つに反映し てしまうからである。 京都の嵯峨に住む染織家志村ふくみさんの仕事場で話していたおり、 志村さんがなんと も美しい桜色に染まった糸で織った着物を見せてくれた。そのピンクは淡いようでいて、 しかも燃えるような強さを内に秘め、はなやかで、しかも深く落ち着いている色だった。 その美しさは目と心を吸い込むように感じられた。 「この色は何から取り出したんですか」 「桜からです」 と志村さんは答えた。 素人の気安さで、 私はすぐに桜の花びらを煮詰めて色を取り出した ものだろうと思った。実際はこれは桜の皮から取り出した色なのだった。あの黒っぽいご つごつした桜の皮からこの美しいピンクの色が取れるのだという。 志村さんは続いてこう 教えてくれた。この桜色は一年中どの季節でもとれるわけではない。桜の花が咲く直前の ころ、山の桜の皮をもらってきて染めると、こんな上気したような、えもいわれぬ色が取 り出せるのだ、と。 私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。春先、間もな く花となって咲き出でようとしている桜の木が、花びらだけでなく、木全体で懸命になっ て最上のピンクの色になろうとしている姿が、私の脳裡にゆらめいたからである。花びら のピンクは幹のピンクであり、樹皮のピンクであり、 樹液のピンクであった。桜は全身で 春のピンクに色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの先端だけ姿を出し たものにすぎなかった。 考えてみればこれはまさにそのとおりで、木全体の一刻も休むことのない活動の精髄 が、春という時節に桜の花びらという一つの現象になるにすぎないのだった。しかしわれ われの限られた視野の中では、桜の花びらに現れ出たピンクしか見えない。 たまたま志村 さんのような人がそれを樹木全身の色として見せてくれると、はっと驚く。 このように見てくれば、これは言葉の世界での出来事と同じことではないかという気が する。言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。一見したところぜんぜん別 の色をしているが、しかし、本当は全身でその花びらの色を生み出している大きな幹、そ れを、その一語一語の花びらが背後に背負っているのである。そういうことを念頭におき ながら、言葉というものを考える必要があるのではなかろうか。そういう態度をもって言 葉の中で生きていこうとするとき、一語一語のささやかな言葉の、ささやかさそのものの 大きな意味が実感されてくるのではなかろうか。美しい言葉、正しい言葉というものも、 そのときはじめて私たちの身近なものになるだろう。

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