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国語 中学生

答えが2と6なのですが、6が答えの理由を教えてください。よく分かりませんでした🙇‍♀️

次の文章を読んで、あとの〜に答えなさい。 ある倉の二階に、オルフォイスとオイリディケというねずみの夫婦が住んでいました。 オルフォイスはねずみの世界では絶世の詩人として広く知 れわたっていました。よく磨かれた宝石のようにするどく澄みわたったその叫びは、暗闇を引裂いて光をまねき、ねずみたちの心をよろこびに美し く輝かせたばかりでなく、ねこの爪を起すあの恐ろしい筋肉を麻痺させ、ねこいらずの毒を中和させ、 ねずみとり機のバネを延ばしてしまい、小麦 の袋は、自ら高い香りを発散させてそのありかを知らせ、油の壺は重しをはねのけて蓋を開け、卵は自らコロコロところがってねずみたちの巣を訪 れ、板や土の壁ばかりでなくコンクリートや石の壁までがねずみたちの交通に便利なようにと、顔や胸のまん中に穴を開けて待っていたということ です。 この評判は、考えてみると、 オルフォイスが単なる詩人ではなく、現実のあらゆる隅々まで知りぬいた科学者であり哲学者であったことを意味し ているのだろうと思われます。 また例えばこんな噂も伝わっています。大飢饉の年でした。ササの実のなる南の国を目指して大移動をすることになったとき、ねずみたちが一番 恐れたのはセレーネという山ねこの住む沼のそばを通らねばならないことでした。 セレーネは不思議な歌をうたってねずみを沼に誘いこむと伝えら れていました。いよいよその沼に近づいた時、突然ねずみたちの間に激しい動揺がおこりました。 「セレーネが歌っている!」 苦しそうな囁きが波のようにひろがり、 身もだえしながらその場にうずくまり、動けなくなるもの、さては理性を失ってすすり泣きながら沼のほ うへよろめいて行こうとするものさえ現われました。 オルフォイスは驚いて耳をすませました。しかし彼の耳にはどんな歌も聞えないのでした。 実 際セレーネは歌ってなんかいなかったのです。 オルフォイスはすぐにそれが沈黙の歌であることを理解しました。 そして沈黙の歌ほど恐ろしいもの はないことを知りました。 オルフォイスはねずみたちの先頭に立って歌いはじめました。 ながい闘いのあと、ついに彼の歌はセレーネにうちかち、 ねずみたちは無事に目的地に辿りつくことができました。 自然オルフォイスはねずみたちの教師であり指導者でした。ねずみたちは彼に、王様になってくれと嘆願しましたが、 彼は拒み、共和政治をしく ことをすすめました。 そこで彼はねずみ共和国の初代大統領にえらばれました。 はじめにお話した倉が大統領官邸に採用され、それ以来そこが彼の 住居になったわけです。 住居だったばかりでなく、その倉はねずみの社会の議事堂であり、裁判所であり学校であり公民館でした。 オルフォイスは そこで政治の事務をとり、壁争いやチーズの分け前についての裁判をし、学生を集めて詩作法からねこいらずの解毒法にいたるまで教え、あるいは 大音楽会を開いたりするのです。世 そんなわけでしたから、自然ねずみたちの出人も多く始終ねこどもがうろうろと倉の周囲をうろついて、パリパリ壁を引っかいたり舌なめずりし たりしているのでした。 しかしオルフォイスの知恵とねずみたちの共同した力とは、倉を難攻不落の要塞にしていました。 ようさい もちぬし ある日のことです。 不意に一人の人間がやってきて、倉の戸を開けたのです。ねずみたちはこんなことが起ろうとは、夢にも考えなかったので、 ひどく狼狽してしまいました。 事実は単に春がきて、その倉の持主である農夫が耕作機の手人をしにきたというにすぎなかったのですが、人間の一 日がねずみにはひと月以上にもあたるのです。 何十年来の、いやほとんどありうべからざる事件に思われたのも無理はなかったのです。 ねずみたちは狼狽しました。 そして案じていたとおり、男は戸を半開きにしたまま帰って行ったのです。倉はもはや難攻不落ではなくなりました。 老いぼれねこのプルートーがやってきたのはその夜のことでした。 老いぼれてはいましたが、残忍で名の聞えたプルートーです。 その名はねずみ たちにとっては「死の王」という意味でした。 ねずみたちは一心に相談し意見をたたかわせました。 「誰が鈴をつけに行くか?」というあの有名なイソップの寓話ができたのもこの時でした。 オルフォイスはブルートーがいかに冷酷であり残忍であるかをこんこんと説き、どんな妥協もありえないことを強く主張しましたが、すっかりおび えたねずみたちは彼の気持を少しも理解しようとはしませんでした。 もしねずみたち全部がその気になれば、いかにプルートーが恐ろしい爪をもっ ているにしても、必ず打ち破ることができたはずです。 しかしねずみたちはただおびえるだけで、まるで闘う気力を見せないのでした。 そして馬鹿 のようにいつまでも「誰が鈴をつけに行くか?」を繰返すのでした。 「困難が君達を強くするのを待つよりほかないのだろうか。」 オルフォイスは悲しそうに言って、一同の顔を見まわしました。 しかし誰も返事をするものがないので、あきらめて言葉をつづけました。 「むろ ん交渉の余地がないわけじゃない。 それが君たち全部の意見だというのなら、やってみよう。」 オルフォイスは壁ごしに、 よく透る美しい声で呼びかけました。 「プルートー君、相談だが・・・・・・」 「なんだ?」 プルートーの太いダミ声が意外に近くして、ねずみたちは気が遠くなるほどふるえ上りました。 オルフォイスは言いました。 「もし君がこの倉の出人にさいして私たちの生命を保証すると約束してくれるなら、私たちは一日一ポンドの肉と半ポンドの油と、四匹のニシンを 君にあげることを約束しよう。」 「なるほど」とプルートーが言いました。 「君は利口者だ。ニシンを六匹にしたらどうかね。」 「もし君がその約束を守るという証拠に、君の首に鈴をつけさしてくれればそうしよう。」とオルフォイスは答えました。 さて、オルフォイスが鈴をもって下りて行こうとすると、我に返ったねずみたちはいっせいに騒ぎはじめました。 万一のことがあってはと言うの です。そのくせ、では誰が行くかということになると、やはり尻込みして申出るものは一人もないのでした。 そのとき、「私が参りましょう。」 そう言ったのはオイリディケでした。 オイリディケは夫の手から鈴を受取り、恐ろしく静まりかえった中を、静かに下りて行きました。 チリチリ うけと Seit ラー

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国語 中学生

ここの文章の客の立場にある当事者であって、その場の作用から自由であることは難しいってよく意味がわかんないです!教えてください‼️

04 いご 東京 ほんやりものを考えていて、客観ということ、客観ということばに 疑問をいだくようになった。客観は本当に客観的でありうるのか、 「一般的ないし普遍的なもの」(『大辞林』)ではないような気がするの である。 もともと、主観に対しての客観である。完全に独立して存在するよ うに考えるのがおかしい。 主と客とは、いくら自立しようとしてもな まぬが お、相対的で、互いに交流、影響し合うことを免れない。 囲碁での対局者はともに主、客の立場にある当事者であって、その 場の作用から自由であることは難しい。そばで見ている人間には、対 局者の見えないところが労せずして見えるから、岡目八目というよう なことになる。さほど棋力のない人が高段者の対局の観戦記を書ける わけである。 アメリカの事件のニュースをアメリカのメディアで知るより、イギ リスの報道の方がわかりやすく、正しいことがある。 客観的であるよ り傍観的だからであろう。味方の情報より敵の情報の方が正確だとい う不思議なことがありうるのも、やはりいわゆる客観の限界を暗示す るといってよい。 第三者的立場の傍観が客観よりも客観的であることははっきりして いる。しかし一般には、傍観は客観より信頼できない無責任なものと して軽んじてきたのは、どうして生じたのかわからないが、偏見であ 20 る。 けんか 喧嘩両成敗という。 喧嘩は主観と客観のぶつかり合いで、話し合い で解決するわけがないから、傍観の仲裁、 判定が必要になる。 裁判は原告、被告の当事者から独立した裁判官によって行われる。 普通、それで公正が保たれるが、なお裁判官でさえ当事者に近すぎる 25 PRI N* 10 15

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国語 中学生

中学 ・ 漢文 写真にある 3 と 4 の問題がわかりません。 解説付きで教えていただけるとありがたいです。

150 三年間のまとめ *次の文章を読んで、 問いに答えなさい。 【漢文】 人 こと ニ いへどモ ale エタリト セシリト すてニ 「於」 上、日 雖痩、天下肥 矣。」 【書き下し文】 二十一年、韓休、同平章事たり。 休 上或ひは宴遊小し く過ぐれば、輒ち左右に謂つて曰はく、「韓休知るや否や。」と。 言ひ終つて諫疏巳に至る。左右曰はく、「休、相と為り、陛下殊に 旧より痩せたり。」 と。 上、歎じて曰はく、「吾痩せたりと雖も、天 下肥えたり。」と。 (「十八史略」による) げんそう さいしょう *韓休=玄宗の家臣。 *同平章事=宰相にあたる官職。 *休=韓休のこと。 *哨直=厳しくてまっすぐな気性のこと。 こうてい *上=ここでは、玄宗皇帝のこと。 *左右=君主のそばに仕える家来。 *知るや否や=(玄宗が酒宴をしていることを)気づいているかどうか。 *諫疏=(韓休からの、玄宗を) いさめる書状。 *歎じてため息をついて。 三年間のまとめ 漢字・言葉 画数・部首 次の行書の漢字を楷書で書い 漢文 ] に入る言葉を書きなさい。 1 【書き下し文】 ゾゾ直なり 2線①を「輒ち左右に謂つて曰はく」と読むように、返り点と送 り仮名を書きなさい。 謂左右日 ———線② 「諫疏巳に至る」とありますが、 誰のどのような行為をい さめるための「諫疏」ですか。 十五字以内で書きなさい。(句読点を含む。) 一線③ 「休、相と為り、陛下殊に旧より痩せたり。」とありますが、 この「左右」の発言の説明として、最も適切なものを、 次から一つ選 びなさい。 ) ア玄宗をいさめている。 玄宗をなぐさめている。 ウ 韓休に賛同している。 工韓休を非難している。 一線⑨ 「天下肥えたり」とありますが、 この説明として適切なも のを次から一つ選びなさい。 (1) ア 韓休が先頭に立って戦ったために、国の領地が広がった。 イ 韓休が厳しく玄宗を管理したために、国が豊かになった。 ウ 玄宗が身を削って公務に務めたために、国が発展した。 玄宗が食料を人々に分け与えたために、民が健康になった。 同じ読みの漢字 次の 漢字に直して書きなさい。 H 熟語の読み方 次の熟語の読み方を書きな さい。また、熟語の読みの組み合わせを後か ら一つずつ選びなさい。 四字熟ろみ しんしん (rit) は -線部の片仮名を、

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英語 中学生

至急です!答えお願いします💦

□(1) 彼女は私の大好きな歌手です。 She is my favorite (ア singer writer). ViboM □ (2) その曲がり角に大きな病院があります。 There is a big (ア hospital イ ウ park) at the corner. □ (3) 私は彼の名前を覚えています。 di bas Ⅰ(ア forget name. We the library by bike. teacher ( concre yaberunt I imagine ウ remember) his mort I duorfiiw abined □(4) 私たちは長い休暇を楽しみました。 popular songs with EB on We enjoyed a (7 (アfari イ long ウ short ) vacation. Detirà bas edidengarg odasvai TEST □(5) 私たちはいつも自転車で図書館に行きます。 toob 入 always イ never sometimes ) go to museum ce □ (9) トムはフランス語を話しますか。 □(6) 彼は地図なしでそこに行きました。 He went there (アinイ on ウ without) a map. □(10) その時、雨が降り始めました。 Then it (ア begin 1日 isml □(7) これはあなたのカメラですか。 smoil ym ob qu ( (ア Be イ Is ウ Are) this your camera? MERCE LasigendtawuJBOT mod noitate ,foodos 8 □ (8) あなたはいつ, このかばんを買いましたか。 abo0 (ア How イ When ウ Why) did you buy this bag? Does Tom ア speak イ speaks French? viencilsibly en speaking) PANOO TOOO SI ウ begun) to rain. xbegan bikella ban □(11) 私はそのパーティーに招待されました。 I was (ア invite イ invited ウ inviting) to the party. ) vo ob omis adW: A (20 Spainiom □(12) ドアのそばに立っている少女はエミリーです。 The girl (ア stand イ stood ウ standing) by the door is Emily. OVAR

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国語 中学生

至急です!!! 中学古文です。 現代語訳してくれませんか? よろしくお願いします🙏

あたひ 「牛を売る者あり。買ふ人、明日その値をやりて、牛を取らんといふ。 夜の間に、牛死ぬ。 買はんとする人に利あり、 売らんとする人に損あり」と語る人あり。 これを聞きて、かたへなる者の言はく、「牛の主、誠に損ありといへども、又大きなる利あり。 その故は生あるもの、 死の近き事を知らざる事、牛、既にしかなり。 人、又おなじ。はからざるに牛は死し、はからざるに主は存ぜり。一日 の命、万金よりも重し。牛の値、毛よりも軽し。万金を得て一銭を失はん人、損ありといふべからず」と言ふに、 がもう ひとあざけ ことわり 人嘲り、「その理は牛の主に限るべからず」と言ふ。 たから 又言はく、「されば、人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。愚かなる人、この楽しび を忘れていたづかはしく外の楽しびを求め、この財を忘れて、危ふく他の財をむさぼるには、志満つ事なし。 生け 間生を楽しまずして、死に臨みて死を恐れば、この理あるべからず。 人皆生を楽しまざるは、死を恐れざる故なり。 死を恐れざるにはあらず、 事を忘るるなり。もし又、生死の相にあつからずといはば、実の理を得たりといふべし」 と言ふに、いよいよ嘲る。 じゃうじ (兼好法師 徒然草』から) (注) かたへなる者=そばにいた人。 毛ガチョウの羽根 牛、既にしかなり牛がそのとおりである。 いたづかはしく苦労をして。 はからざるに思いがけず。 外の楽しび名誉や金銭に対する欲求。 実の理を得たり=真理を悟っている。 生死の相=仏教用語で、生死の境地。 まこと まこと 14

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