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理科 中学生

白く印つけたところの問題がわかりません。 わかる方いたら教えてください‼️

(9) 水100g を用いて食塩の飽和水溶液をつくり、これを10℃まで冷やしたら、出てきた結晶はわ ずかでした。この理由を簡単に書きなさい。 温度が下がっても あまり変化しない (10) 実験中に水酸化ナトリウム水溶液が誤って皮膚についてしまいました。 このとき、どのよう な処置をすればよいですか。 2 【P46-47】 図1はさまざまな物質の溶解度を示したものです。 この表 をもとに次の問いに答えなさい。 食塩の溶解度は 〃から (1) ある物質X を 15g用意して、 60℃の水 50g に溶かしたところ溶け 残りが出ましたが、 水の温度を70℃にしたところすべて溶けまし た。 物質Xは、図1のa~eのどれですか。 すぐに水でよく洗い流す。 4:1=m:3 b x=12 20-12=80 160 00gの水に溶ける量 [g 140 100 120 100 80 60 C食塩 40+ 20 0 a 硝酸カリウム d 硫酸銅 (2)60℃の水 200g に硫酸銅を 10g とかした水溶液があります。 この水溶液に硫酸銅はあと何gと しかすことができますか。 ミョウバン 約 40 3 【6263】 400g の酸化銀を十分に加熱すると、 3.72gの銀ができることが分かっています。で は、 3.00g の酸化銀にふくまれる酸素の質量は何gですか。 29/10 eホウ酸 10 20 30 40 50 60 70 温度 [℃] PE 28 【P62-63】 鉄と硫黄をまぜあわせて加熱すると、質量の比が7:4のとき過不足なく反応し、硫化 鉄ができることが知られています。 今、 鉄 14.0g と硫黄 6.0g をまぜあわせて加熱させたところ、 どちらか一方の物質が完全に反応しました。 このときの反応でできた硫化鉄は何gですか。 7.4=14: 7:4=x=6 7x=56 4x=4214-10.5=3.5g 71=8 8.0 x=10.5 5 【P62-63】 銅と酸素は 4:1の割合で化合して、 酸化銅になることが分かっています。 今、 銅 20g を少しのあいだ加熱して、 加熱後の質量を計ったところ23gになっていました。 この23gの物質 うち反応せずに残っている銅は何gですか。 23-20:3g g 8

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国語 中学生

問1、2、3、5、7教えてください😰お願いします😢

回園 そのあと高等学校の学生になって京都見物に出かけ、竜安寺の庭をみた時 私はその庭一面にしきつめられた白い砂徴の上にもある、長い線たちと石のま わりの満の円とでできた幾重ものかさなりから生まれた模様が描かれているの 1 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 相撲で好きな光景のひとつは、呼び出しというか出方というか、あのたっつ け (足首を紐でしばった袴のようなもの)をつけた人物が、取組と取組の間で 土俵を、等ではききょめる姿である。一勝負ついたあと、A これから大 切な大一番がはじまる前となると、組になって土俵に上がってきて、土俵を正 面からだんだんあとずさりしながら、砂をきれいにはいてゆく。中央の仕切り 線を中心に、東と西と両側から、半円形に砂をならしながら、しだいに裏正面 までさがってゆく。そのあと、土俵の上の砂をはらい、最後に土俵の内外をて をみて、感動した。気をつけてみると、竜安寺だけでなく、大徳寺の庭の同種 の模様はもちろん、たとえば銀閣寺の庭の、砂を高くもり上げた白川砂の向月男 台にしても、やはり絶えず薬き直していかなければならないものである 私は、芸術の根のひとつは、こういうところにあるのだと思う。 O たり 寺の庭を掃除すること、それ自体を芸術と呼んだら、大製院なもののいい方に すぎまい。だが、逆に、芸術というものは、どんなに完成されきった作品の形 をとってしまったあとも、いつも、こうやって誰かが掃除して、ある軌跡をは いねいにきょめてひとつの乱れも残さないように留意する。 これはもちろん、土俵の中で勝負する力士の活動を妨害するものを除くこと とくに土俵のきわで勝負のもつれる場合の多いこの競技で、足が出たかどうか、9 指先とか瞳のごくかすったあとまで判定できるように、最初に砂をならしてお くためである。 B 在切りがはじまり、力士が塩をとりに何度も土俵の内と 外を往復したあと、いよいよ最後の仕切りに入った、その直後にも、もう一度、 土俵のまわりをはく しかし、単に競技の必要というだけでなく、見た目にもいかにも美しいあの5 ききよめ、洗い出しているべきものなのである。そういう意味で、芸術は、た えず創造的なくり返しの手をもった精神で支えられている。というより、そう いう手を求めており、その手がないと死んでしまう。だがまた、逆にいえば そうやって仕事をするのは人間の心のどこか深いところにある喜びにぴったり 合っていて、人間というものは||あるいは、ある種の人間というものはー カ 。 どうしても、そういう掃除をやらないではいられず、それがどんなに骨の折れ る仕事であろうと、結局それをやらずにはいられないということである バッハやベートーヴェンといった人びとの作品が、生まれてから百年、二百 年とたった今でも、毎日地球上のどこかで、誰かの手でひかれているというの も、この土俵や庭の掃除をしているようなものではあるまいか。そのあとをみる 草落できれいにはいたそのあとは、いつも、私に少年のころ、特には夏の朝早 く、私も、帯をもって、家の前をはいている間、私の頭に浮かんでいたことを るごとに、私たちは、その美しさにうたれる。それは、単に作品それ自体が美 しいからだけでなく、こうやってはききよめる仕事が人間の精神の労働のひと つの根本的なものにつながっているからである 思いおこさせる。そのとき、私は、いつも家の前の通りの中央からはじめて、 あとずさりしながら、自分の片手の許す限りの長さで、草蕃でもって、半円形 の波形をつけて、地をはき、それが家の壁までくると、今度は逆に通りに背中8 をむけて、また同じ半円の波型を地面につけながら、うしろにすすむ。そうい 音楽や建築や美術などは、一度鳴り響き、高くそびえたとしても、そのあと ったことを何十回かくり返しているうちに、家の前には、同じ長さと円みをも った長い波動の線が幾重にもかさなり、うねっている姿が生まれてくる。私は、 仕事の途中で何度か休んでは、その姿をふりかえって楽しみ、また最後になっ はただ誇らかにすえおかれただけというのでは、まだ完了したとはいえないの8 である。 向月台 =銀閣寺(慈照寺)の庭園にある砂盛り。高さは約一八〇センチメート て、もう一度、その全景を楽しんだ ルで、円龍形の上方を部り落とした形をしている

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