学年

教科

質問の種類

現代文 高校生

現代文、要約の問題について質問です。 要約の解答例(写真三枚目)中盤に [それが我々が〜なっている。] と書かれている場所があるのですが、 本文(写真一、二枚目)を読むと 一枚目最後の 「この明白な〜一つとなっている」 の箇所と「同時に」という言葉で 「私たちが〜にもなって... 続きを読む

第4 例題 次の文章を読んで、後の問いに答えよ。 私たちは、視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚といった様々な感覚のモダリティを通して、 外界の様子や自らの身体の様子をつかみ取っている。それぞれの感覚のモダリティの中 では、モダリティ固有のクオリアが感じられている。 たとえば、赤のクオリアと緑のクオリア、金属光沢のクオリアはそれぞれユニークな 質感として意識の中で感じられるが、これらはまた全て「視覚」のモダリティに属する クオリアとして、明らかに共通の何かを持っているように感じられる。一方で、チョコ レートの甘さ、リンゴの甘酸っぱさ、唐辛子の辛さといったクオリアも、それぞれユニー クな質感として感じられるが、全ては「味覚」のクオリアとして何かしら共通の性質を 持っているように感じられる。 そして、「視覚」のクオリアと「味覚」のクオリアの間には双方を混同すべくもない 明らかな差があるように思われる。視覚でも、味覚でも、それぞれの感覚をつかさどる 脳の領域の神経細胞の一個一個には、基本的に差があるわけではない。それにもかかわ らず、神経細胞の間に結ばれる関係性を通して、まったく異なるクオリアが意識の中に 生み出される。この明白な事実は、脳と心の関係を考える上ではもっとも重要であると ともに、その背後にある原理を明らかにすることが難しい問題の一つとなっている。同 [標準解答時間25分]

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

3枚目の写真の「つながらない」という説明、私にはつながっているように感じますが、どう繋がっていないのですか?

VEL-1 第2講 【問題】 『日本の一文 30選』 3 2 5 7 4 第2講 次の文章は「日本の一文30選』(中村明)の一節で、坂口安吾「桜の森の満開の下」の表現 について説明したものである。本文を読んで後の問いに答えなさい。尚、には誤記された語 句が一か所ある(問三)。 気のやさしい山賊が、しばらくいっしょに暮らしてきた女を背負って、満開の桜の森の 中に一歩足を踏み入れると、とたんに異様な雰囲気を感じる。振り返ると、背中の女が「ロ は耳までさけ、ちぢくれた髪の毛は緑」、「全身が紫色」で、「顔の大きな老婆」に見えた。 こ れは鬼だと思い、あわてて振り落とそうとするが、相手は落とされまいと咽喉にしがみつ く。その手に力がこもると、男は首が絞まって目の前が暗くなる。夢中で相手の首を絞め たらしく、気がつくと、女はすでに息絶えたのか、地面に横たわったまま身動きひとつし ない。 その場面で、作者の坂口安吾は、「彼の呼吸はとまりました。彼の力も、彼の思念も、す べてが同時にとまりました」と書き、「女の死体の上には、すでに幾つかの桜の花びらが落 ちてきました」と続ける。 ここでは、その直後に出てくる「彼は女をゆさぶりました。呼びました。抱きました。徒 労でした。彼はワッと泣きふしました。」という一節に注目したい。連続する五つの文はす べて短く、しかも、どの文間にも、接続詞がまったく使われていないのだ。どうして、こ んな形になったのだろう。 まず、この情報をすべて、たった一つの文にまとめてみよう。「彼は女をゆさぶって呼ん 1 だり抱いたりしましたが、徒労だったのでワッと泣きふしました」というふうに、全体を 一文にまとめたところで、全部で四〇字ほどにすぎず、小説の文の平均程度の長さにしか ならない。それをなぜ五つもの文に切り分けたのだろう。 短い文に切り離すにしても、「彼は女をゆさぶりました。 そして、呼びました。それから、 抱きました。しかし、徒労でした。それで、ワッと泣きふしました。」というふうに、接続 30 詞でつなぐ方法もある。それなのに、四つの文間のどの一つも、そういう接続詞でなぜ関 連づけなかったのだろうか。 実はこの二つの問いはたがいに連動しているのである。全体を一つの文にまとめるた めには、「ゆさぶる」 「呼ぶ」 「抱く」という三つの行動の時間的な前後関係や、それらと「徒 労」、その「徒労」と「泣きふす」との因果関係をきちんと認識し、原文では切り離してある 個々の文相互の意味関係を決定してかからなければならない。 「徹夜で勉強した」と「試験に失敗した」という二つの文を接続詞でつなぐ場合を想定し てみよう。多くの人は「しかし」「だが」「けれども」といった逆接の接続詞を想定するだろ う。が、反対に、 といった接続詞でつなぐ人もあるかもしれない。徹 や > 夜で勉強したのにそれでも失敗したと考えるか、徹夜なんかするから当日ぼうっとして失 30 敗するんだと考えるかという、人それぞれのとらえ方の違いを反映しているのだ。

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

高一国語 現代文 読解 四角で囲んだ『けれどもまた』なぜ逆説の意味が含まれるのですか?文脈的に『また』だけでも十分だと思いました。わかる方よろしくお願いします🙇

3 「アメリカ」という、いまの世界でもっとも有名な名前がある。これは誰もが知るように、コロン ブスの冒険によって「発見」された大陸に、ヨーロッパ人がつけた名前である。当初はそれは、ヨーロ ッパ人にとって見慣れぬ人種の住む、しかし魅惑に満ちた未知の天地を指していた。けれども、やがて それはヨーロッパ人が移り住む「新世界」を指す呼称となる。 まり すでに存在していて「発見」さ れたものにつけられた名前は、いつの間にか、そこに新たに作り出されるひとつの世界の名前になっ たのである。そのとき、命名は②ひとつの設定行為へと変化する。 "の認識を別の 4 そのように設定されたものとしての「アメリカ」は、一六世紀以前にはまったく存在しなかった。 にもかかわらず、たとえば考古学が「アメリカの先史時代」などを語って憚らないのは、この名の示す 内実のすりかわりに無頓着だからである。けれどもまた、この名が何かを設定したということも、名前 が大地(大陸)の存在にもたれかかっているために見えにくくなる。そのうえひとたび名前が流通し だすと、人はその名のもとに物事をすでに存在するものとして語るようになり、名づけの重大さは忘 れられてしまう。とりわけ、その名づけが何をなし、何を創始したのかは、名前の流通によってかき消 される。

解決済み 回答数: 1