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現代文 高校生

写真の文章について。「自然を対象化」とは、人間と自然を切り離して客観的に見ることですよね。だとしたら、直後の「人間自身を含む自然」と矛盾するような気がするのですが、ここの意味をどなたか教えてください!

第三問 身 3 2. 第三問 次の文章を たとえば、匂いのユートピアといったものがありうるだろうか そもそも匂いというものがそう簡単に馴致されたり管理されたり、ユートピアのような 理想社会の体系のなかにとじこめられたりするものだろうか。 「匂いの 〔著者出 ・早稲田 ・西南学 自然界のあらゆるものは、多かれ少なかれ匂いをもつ。その自然界を脱し、みずからの 自然をつくりなしてきた人間というものもまた、時々刻々、さまざまな匂いを発している 5 存在である。人間の社会生活そのものが、多種多様な匂いの発生源である。食品や塵芥や 肥料や家畜や乗物や隣人や、 家事や産業やゴラクや宗教や イリョウや美容や風俗や、そ の他あらゆるものやことがらの発散する匂いのなかで、人間は人間であることを実現し実 感しているのだともいえる。匂いとは、人間の個と社会につきまといつづける見えない自 然、生理のようなものであろう。 とすれば、いったいどのようにして、このつきまといはびこる奇妙な生理的自然とのあ いだに、人間は、ユートピア的な防御壁を設けることができるのだろうか。 ⑤ ユートピアとは何か。文明が、いやすくなくともヨーロッパの都市文明が、成立このか たエイエイとして追いもとめつづけてきた、ただひとつの完璧な社会制度の夢想であり、 Aである。ほとんど強迫観念のようなもの、といってよいかもしれない。 ⑥人間はかつて森を出て自然を対象化して以来、人間自身をふくむ自然を徐々に改変する ことによって、都市を、文明をかたちづくってきた。そんな過程がいわゆる 〈進歩〉で あったとすれば、その目標、その最終段階がつまり、ユートピアである。 ⑦ プラトンの『国家』以来、さまざまな時代にさまざまな作品がこの社会形態をものがた り、ユートピアは文学の一ジャンルとして生きつづけることになった。 典型的なユートピストたちの思いえがいた理想社会は、だがおどろくほどに似たりよっ たりで、かわりばえがしなかった。千年、二千年をへても、プラトン『国家』からほと んど〈進歩〉していないように見えるのだ。なるほど各時代にいくらかの独創や逸脱もな いことはなかった。けれども、基本はいつもおなじだったのだ。四方に防御壁をめぐらし た自己完結的な都市空間。人工の美や清潔さや便利さや合理性や技術改良や キカ学や統 33 制への愛。人間とその生活は、自動機械のように画一化されている。自由などはない。 い や、自由がないということを感じなくなるほどまでに、ユートピアの住民は幸せである。 ユートピストたちはいつも自然を矯正しようとしてきた。彼らは自然の体現する偶然 や無秩序やアナーキーを、もっぱら排除しようとしてきた。こうした統制と画一化への意 志は、当然、人間とその社会につきまとう生理的自然にまでおよぶことになる。 いわゆる五感もまた、彼らのユートピア的再構築の対象となるだろう。 まず視覚。これならなんとかなる、とユートピストたちは考えるらしい。完璧にととの えられている理想都市の景観は、すみからすみまで、自然の乱脈さを極力おおいかくした ものである。

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黄色いラインの重要なファクターとはどういう意味ですか?

評論 3 はら ひろゆき 無表情なキャラクター 相原博之( 『キャラ化するニッポン』 中心文に線を引こう きずな ひご 3 ない、相談しない! とら |=無 日本のキャラクター、特にハローキティに代表されるファンシー系のキャラクターは、表情が 情だと言われる。そういった無表情の日本のキャラクターを総称して、時に「むひょキャラ」と呼んだりする である。 最近、こういった日本のキャラクターの無表情さ、無感情さを欧米では「クール」と捉え、高く評価 るケイコウが顕著なのだが、この日本のキャラクターの最大の特徴である無表情さが、実は、キャラクター 精神的な絆を求める人たちにとって重要なファクターになっているのである。 図 ハローキティに口がないのは有名な話だ。ハローキティを好きな子どもたちに話を聞くと、よく、 「キティは自分が悲しいときは一緒に悲しがってくれたり、反対にうれしいときは一緒にうれしがってくれた する」という話をする。 2. つまり、キャラクターが無表情なため、かえって、子どもたちは自分のほうで勝手にキャラクターの表情 解釈し、自らの感情を様々に投影することができるという構造になっているということなのだ。キャラクタ の持つ 〈庇護〉や〈やすらぎ)というコウノウが、実はそれだ。 人間関係に疲れ、傷ついたとき、親や友だちに相談すれば、いい意味でも悪い意味でも助言や苦言が返っ くるものだ。しかし、そういった助言や苦言で状況が改善されるほど、現代社会における人間関係は生易し ものではない。また、繰り返すが、いじめや人間関係の悩みを親や友だちに打ち明けることはとてもリズク トモナうことだ。それによって、さらに人間関係が悪化したり、悪影響を及ぼす可能性だってある。今の子 もたちは、そういったことにとても気を配る。いや、気を配ら

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高一 現代の国語 「暇と退屈の論理学」という教材をやっています 「現代」や「現代社会」はどのようなものか。筆者の考えを踏まえて、説明してみる。 説明お願いします!

こくぶんこういちろう 暇と退屈の倫理学 國分功一郎 → 関連教材 「多層性と多様性」(二 六三ページ) 国や社会が豊かになれば、そこに生きる人たちには余裕が生まれる。 その余裕には少な くとも二つの意味がある。 一つ目はもちろん金銭的な余裕だ。人は生きていくのに必要な分を超えた量の金銭を手 に入れる。稼いだ金銭を全て生存のために使いきることはなくなるだろう。 もう一つは時間的な余裕である。社会が富んでいくと、人は生きていくための労働に全 ての時間を割く必要がなくなる。そして、何もしなくてもよい時間、すなわち暇を得る。 では、続いてこんなふうに考えてみよう。富んだ国の人たちはその余裕を何に使ってき たのだろうか。そして何に使っているのだろうか。 「富むまでは願いつつもかなわなかった自分の好きなことをしている。」という答えが 返ってきそうである。確かにそうだ。 金銭的・時間的な余裕がない生活というのは、あら ゆる活動が生存のために行われる、そういった生活のことだろう。生存に役立つ以外のこ とはほとんどできない。ならば、余裕のある生活が送れるようになった人たちは、その余 裕を使って、それまでは願いつつもかなわなかった何か好きなことをしていると、そのよ うに考えるのは当然だ。 ならば今度はこんなふうに問うてみよう。 その「好きなこと」とは何か。やりたくても できなかったこととはいったい何だったのか。今それなりに余裕のある国・社会に生きて いる人たちは、その余裕を使って何をしているのだろうか。 「豊かな社会」、すなわち、余裕のある社会においては、確かにその余裕は余裕を獲得し 人々の「好きなこと」のために使われている。しかし、その「好きなこと」とは、願い つつむかなわなかったことではない。 問題はこうなる。そもそも私たちは、余裕を得たあかつきにかなえたい何かなど持って p いたのか。 少し視野を広げてみよう。 二十世紀の資本主義の特徴の一つは、文化産業とよばれる領域の巨大化にある。 二十世 紀の資本主義は新しい経済活動の領域として文化を発見した。 5 5 かすみ もちろん文化や芸術はそれまでも経済と切り離せないものだった。 芸術家だって霞を *…(の)あかつきに(は) 霞を食う 127 暇と退屈の倫理学 読解編 126

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至急! こちらの回答を教えていただきたいです! よろしくお願いいたします!

スタッフ 16 クサい物に蓋をする。 4 次の線のカタカナを漢字に直せ。 14 にセジョウして外出する。 ( T シッソウした友人を捜す。 15 ダイダな生活を批判される。 彼女は文豪のゾウソンにあたる。 ) 3 草原にソウリョウな風が吹く。 ( 彼は少し自信力ジョウのようだ。 ( 777 アイソ笑いをしてごまかした。 186 イキドオリを発して食を忘る。 4 川をボートでソコウする。 8 5 県大会での入賞をネラう。 6 論文のをハソクする。 7 せ我慢をする必要はない。 不満でクチビルをとがらせる。 ( 9 社長が乾杯のオンドをとった。 ( 10 いよいよネングの納め時だ。 11 作品のコウセツを論じる。 1 株取引で大損害をコウムった。 ) 1 会社のイアン旅行に参加する。 20 自分の選択にコウカイはない。 2 雪のケッショウを観察する。 2 初出場でケッショウに進出する。 ( (23入りを洗って消する。 24 文芸部の部誌を五十部入る。 使い分けよう! ほそく 【補足・捕捉】 補足 補足して説明する (付け加えて補う) 実態は捕捉しがたい・敵を捕捉する(つかまえる) 足す」、「橋」は「捕まえ、捉える」と、それぞれ "使い分けましょう。 ) ) ) ) ( )

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現代文 高校生

この問題がわかりません ヒントはたくさんあるのですが、 教えてほしいです

ウィンステップノート 1~12 への取り組み ノートを見ずに模試 次の文章を読んで、後の問いに答えよ。(配点 三〇) キー 主語 サイエンスとアート。 相反する点は、いくらでもあげられる。 本文 たとえば、普遍性と偶然性。サイエンスの実験では、条件をそろえれば毎回同じ結果になることが求められる。 データは平均化され、一回きりの出来事は「外れ値」として扱われる。しかしアートでは、偶然性がだいじにされ、 平均値よりも「外れ値」にこそ光があてられるようなことが多い。 ~ たとえば、「わたし」の存在。 サイエンスの論文では、「思う」より「考えられる」という表現が好まれる。だれ が考えてもそう解釈できる無理のない論理だという意味だ。つまりサイエンスは、できる限り「わたし」を排除す る。いっぽうでアートは、むしろわたし」がなければはじまらない。「わたし」がこう思う、「わたし」はこう感 じる。ほかのだれもが気づかなかった「わたし」の「思う」や「感じる」を切り出して表現する。 解釈も鑑賞者に よって異なり、そこに一つの正解があるわけではない。 もはや一八〇度違う部分も多いのだけれど、 サイエンスとアートは対極に位置するわけではない。むしろ、そ 10 の根っこにこそ共通するものがある。 (注)ないとうれい (注) その思いを強くしたきっかけが、芸大に入ったばかりのころ、特別講義でこられた内藤礼さん(現代美術)のお 話だ。 「たとえばいま、木漏れ日からさす光がカーテンにきらきら映し出される感じ。 そんなふだんの生活のなかの一場 面や自然の美しさを、いいなあ、と感じている。ほんとうはそうして自分で感じているだけでいいのだけれど、そ15 の「感じ」をアートのなかに表現したい。別にだれがしなくてもいいのだけれど、やらずにはいられない。わたし は、究極に美しいものをつくりたい」 この言葉が、研究者として自分が目指す姿勢と重なり、サイエンスからアートの分野に足を踏み入れたときの迷 いを吹き飛ばしてくれた。 ふりかえり 5 Keflection 様々

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現代文 高校生

この暇と退屈の倫理学の問題が考えれば考えるほど分からなくなってしまったので、解説、解答してくだされば嬉しいです!お手数おかけしますがよろしくお願い致します🙇

R (H M 青 Jeg いるのである。 は社会主義革命の到来後の社会 以外の何に向かうのか。 に向かうのだろう。 余裕を得 しよう。そのときに私たちけ の講演 「民衆の芸術」で、 の盗人のように突然やってく。 モリスは、もしかしたら 起こそうかと考えている。 おもしろいのは、社会 だろうか。 者、ウィリアム・モリ 理学の試みは、 いかに生きるべ 殿の中で退屈し 国や社会が豊かになれば、そこに生きる人たちには余裕が生まれる。その余裕には少なくとも 一つ目はもちろん金銭的な余裕だ。人は生きていくのに必要な分を超えた量の金銭を手に入れ る。稼いだ金銭を全て生存のために使いきることはなくなるだろう。 二つの意味がある。 もう一つは時間的な余裕である。社会が富んでいくと、人は生きていくための労働に全ての時 間を割く必要がなくなる。 そして、何もしなくてもよい時間、すなわち暇を得る。 では、続いてこんなふうに考えてみよう。富んだ国の人たちはその余裕を何に使ってきたのだ ろうか。そして何に使っているのだろうか。 「富むまでは願いつつもかなわなかった自分の好きなことをしている。」という答えが返って きそうである。確かにそうだ。金銭的・時間的な余裕がない生活というのは、あらゆる活動が生 存のために行われる、そういった生活のことだろう。生存に役立つ以外のことはほとんどできな い。ならば、余裕のある生活が送れるようになった人たちは、その余裕を使って、それまでは願 いつつもかなわなかった何か好きなことをしていると、そのように考えるのは当然だ。 ならば今度はこんなふうに問うてみよう。その「好きなこと」とは何か。 やりたくてもできな かったこととはいったい何だったのか。今それなりに余裕のある国・社会に生きている人たちは、 その余裕を使って何をしているのだろうか。 「豊かな社会」、すなわち、余裕のある社会においては、確かにその余裕は余裕を獲得した 人々の「好きなこと」のために使われている。しかし、その「好きなこと」とは、願いつつもか なわなかったことではない。 問題はこうなる。「そもそも私たちは、余裕を得たあかつきにかなえたい何かなど持ってい! たのか。 少し視野を広げてみよう。 二十世紀の資本主義の特徴の一つは、"文化産業とよばれる領域の巨大化にある。 二十世紀の資 本主義は新しい経済活動の領域として文化を発見した。 もちろん文化や芸術はそれまでも経済と切り離せないものだった。芸術家だって霞を食って生 きているわけではないのだから、貴族から依頼を受けて肖像画を描いたり、曲を作ったりしてい た。芸術が経済から特別に独立していたということはない。 けれども二十世紀には、広く文化という領域が大衆に向かって開かれるとともに、大衆向けの 作品を操作的に作りだして大量に消費させ、利益を得るという手法が確立された。そうした手法 に基づいて利益を上げる産業を文化産業とよぶ。 「好きなこと」はもはや願いつつもかなわなかったことではない。それどころか、そんな願い なこと」を与えてもらっているのだから。 があったかどうかも疑わしい。 願いをかなえる余裕を手にした人々が、今度は文化産業に「好き 分の好きなことが何なのか分からない。 資本主義の全面展開によって、少なくとも先進国の人々は裕福になった。そして暇を得た。だ が、暇を得た人々は、その暇をどう使ってよいのか分からない。何が楽しいのか分からない。自 そこに資本主義がつけ込む。文化産業が、既成の楽しみ、産業に都合のよい楽しみを人々に提

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何故問5の回答が間違えなのか分かりません

■ 第三問 100| 11 10 =HE] 〔著 第三問 次の文章を読んで、後の問に答えよ。 たとえば、匂いのユートピアといったものがありうるだろうか。 r そもそも匂いというものがそう簡単に馴致されたり管理されたり、ユートピアのような 理想社会の体系のなかにとじこめられたりするものだろうか。 20 5 自然界のあらゆるものは、多かれ少なかれ匂いをもつ。その自然界を脱し、みずからの 自然をつくりなしてきた人間というものもまた、時々刻々、さまざまな匂いを発している 存在である。人間の社会生活そのものが、多種多様な匂いの発生源である。食品や塵芥や 肥料や家畜や乗物や隣人や、家事や産業やゴラクや宗教やイリョウや美容や風俗や、そ の他あらゆるものやことがらの発散する匂いのなかで、人間は人間であることを実現し実 感しているのだともいえる。匂いとは、人間の個と社会につきまといつづける見えない自 然、生理のようなものであろう。 一 的自然とのあ とすれば、いったいどのようにして、このつきまといはびこる奇妙な生理 いだに、人間は、ユートピア的な防御壁を設けることができるのだろうか。 S ユートピアとは何か。文明が、いやすくなくともヨーロッパの都市文明が、成立このか たエイエイとして追いもとめつづけてきた、ただひとつの完璧な社会制度の夢想であり、 A である。ほとんど強迫観念のようなもの、といってよいかもしれない。 人間はかつて森を出て自然を対象化して以来、人間自身をふくむ自然を徐々に改変する ことによって、都市を、文明を、かたちづくってきた。そんな過程がいわゆる〈進歩〉で あったとすれば、その目標、その最終段階がつまり、ユートピアである。 プラトンの『国家』以来、さまざまな時代にさまざまな作品がこの社会形態をものがた り、ユートピアは文学の一ジャンルとして生きつづけることになった。 典型的なユートピストたちの思いえがいた理想社会は、 だがおどろくほどに似たりよっ たりで、かわりばえがしなかった。 千年、二千年をへても、プラトンの『国家』からほと んど〈進歩〉していないように見えるのだ。なるほど各時代にいくらかの独創や逸脱もな いことはなかった。けれども、基本はいつもおなじだったのだ。 四方に防御壁をめぐらし た自己完結的な都市空間。 人工の美や清潔さや便利さや合理性や技術改良やキカ学や統 2 制への愛。人間とその生活は、自動機械のように画一化されている。自由などはない。い や、自由がないということを感じなくなるほどまでに、ユートピアの住民は幸せである。 ユートピストたちはいつも自然を矯正しようとしてきた。彼らは自然の体現する偶然 2 や無秩序やアナーキーを、もっぱら排除しようとしてきた。こうした統制と画一化への意 志は、当然、人間とその社会につきまとう生理的自然にまでおよぶことになる。 いわゆる五感もまた、彼らのユートピア的再構築の対象となるだろう。 まず視覚。これならなんとかなる、とユートピストたちは考えるらしい。完璧にととの えられている理想都市の景観は、すみからすみまで、自然の乱脈さを極力おおいかくした ものである。

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現代文の問題で質問です。 問6のDに入るものを選ぶ問題で答えがアだったんですが、臨時的なものというのはどういうことですか?わかる方いらっしゃったら教えていただきたいです!!

部 イ残された時間と書物 書棚の整理と新たな本 気持ちの傾きと処分 オ 書棚と思い出 〔問題三〕 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。 ここでは、いったん習得した知識をいかにしてすて、整理するか、について考える。 家庭でガラクタがふえてくると、すてる。 古新聞古雑誌がたまって場ふさぎになる。 たまってくると、 肩に払ってしまう。これにためらいを感じる人はあるまい。そんなものをとっておいたのでは、人間の住 むところがなくなってしまう。 一般に年寄りはガラクタを大事にする傾向がある。 菓子折の杉箱がみごとだと言って空箱を保存する。 空箱が山のようになる。 若い人はそれをすてようというが、老人はもったいないと言ってユズらない。 新聞雑誌なら古いものはゴミにする人も、書物だと、かんたんにチリ紙交換に出したりしない。 ひょっ とするといるかもしれないという気持が手伝うのであろう。しかし、いよいよ本があふれてくると、パ ニック状態に陥って、何でもかんでもすててしまえ、という衝動にかられる。 よく考えもしないで、手当 り次第に整理する。 さっぱりしたと思っていると、調べものをしていて、あの本に、と目星をつけた本が、売払ってしまっ たあとだったりする。 やっぱり、めったなことでは本を売ってはならない。 などとうそぶい て、 また何でも保存するようになる。 こういう後悔をしなくてはならないのは、日ごろ整理の方法を考えたことがないからである。集めるの であるけれども、すてる、整理するのは、さらにいっそう難しい。 グリ 知識について言っても、習得については、記憶、ノート、カードづくりなどいろいろ考えられているの に、整理についてはほとんど何も言わない。学校なども、知識の学習にはやかましく言うけれども、いっ ぱいになった頭の掃除についてはまったく教えるところがない。 忘却というのが、学習に劣らず、あるい は、それ以上に難しいことを知らずに学校を出てしまうのは、決して幸福なことではない。 ガラクタの整理ですら、あとになって、残しておけばよかったと後悔することがある。まして、知識や 思考についての整理であるから、ひょっとしたら、あとで役に立つのではないかと考え出したら、整理な どできるものではない。 行 くのが忘却である。意識的にすてるのが整理である。 国語 (推薦) 0 からするのは禁物。 A 24 19 知識のあるものはすてなくてはならない。それを自然にハイキして いまかりに、Aの問題について、カードをとったのが一〇〇〇枚になったとしよう。 こんなに多くては 身動きができない。まず、いくつかの項目に分類する。 分類できないものを面倒だからというので、片端 この分類されたものを、じっくり時間をかけて、検討する。急ぐと、ひそんでいる価値を見落すおそれ がある。 ひまにまかせてゆっくりする。 忙しい人は整理に適しない。とんでもないものをすててしまいや すい。 整理とは、その人のもっている関心、興味、価値観(これらはだいたいにおいて同心円を描く)に ものをすて、どうでもいいものを残す愚をくりかえすであろう。 かりに、価値のものさしがあっても、ゴムでできていて、時によって、 よって、ふるいにかける作業にほかならない。 価値のものさしがはっきりしないで整理をすれば、大切な た没価値的 をゆだねられないのはこのためである。 するには、その人間の個性による再吟味が必要である。これは没個性的に知識を吸収するのに比べて はるかに厄介である。 本はたくさん読んで、ものは知っているが、ただ、それだけ、という人間ができるのは、自分の責任に おいて、本当におもしろいものと、一時の興味との区分けをする労を惜しむからである。 えず、在庫の知識を再点検して、すこしずつ慎重に、 をすてて行く。やがて、不易の知識 のみが残るようになれば、そのときの知識は、それ自体が力になりうるはずである。 これをもっともはっきり示すのが、蔵書の処分であろう。 すてるのではないが、本を手放すのがいかに 難しいか。試みた人でないとわからない。ただ集めて量が多いと言うだけで喜んでいてはいけない。 (外山滋比古 「思考の整理学』による) 注① ここでいう「Aの問題」とは、空欄 とは無関係であり、 「とある問題」や「何かの問題」 といった、漠然とした問題を表す意味で用いられている。 かいしょ 傍線部①、②のカタカナの部分を漢字に改めなさい (漢字は楷書ではっきり書くこと)。 問一 問二 イ大は小を兼ねる 卵に目鼻 空欄 A に入るべき言葉として最も適切なものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。 書いた物が物を言う 犬の遠吠え 問三 空欄 B に入るべき言葉として最も適切なものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。 ア頭 イ 手 ウ肉 骨 問四空欄 それでも ウだから それから に入るべき言葉として最も適切なものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。 一方で 問五傍線部③を言い換えたものとして文中で使用されている言葉を、八文字で抜き出して答えなさい。 問六 空欄 に入るべき言葉として最も適切なものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。 無意識に得たもの 臨時的なもの イ関心と異なるもの ウ無価値的なもの 問七次のア~エのうち、本文の内容に合致するものとして最も適切なものを一つ選び、記号で答えなさ い。 ア老人はガラクタを大事にする傾向があるが、価値のものさしができているので、若い人より整理 に適している。 イガラクタの整理が知識や思考の整理より簡単なのは、 没価値的な整理が容易だからである。 ウ 知識が多すぎて身動きがとれなくなったとき、まずやるべきは価値のものさしでふるいにかける ことである。 関心・興味・価値観にもとづいて既有の知識を点検し、手放していくことは、当人の個性にかか わらずに学ぶことより難しい。 H

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現代文 高校生

グランステップ現代文の左下の問題(百字要旨)ってなにを書けばいいんですか??

攻略のプロセス3百字要で ④それは、固有名詞の暴力を言いあてた話であって、名づけさ をよびおこしていたはずの岩も、 なにげなくテレビをつけてみて、番組の途中から惹きつけられて見ることがよくあるものだ。 先日も そういうことがあった。海中散歩のような番組だった。 その終わりのほうで、 番組の出演者であるハイユ ウのKが担当のディレクターと磯辺で話をするところがあって、そのときのKの半ば怒っている話がおも しろかった。 ディレクター氏に文句をつけているのだ。 5 亀岩となれば、もう亀岩でしかない。 あんたは岩でも何でも、すぐに名前をつけちまうんだから。あれだけは止してくれないかな。 たとえば、亀岩なんて名をつけるだろ。 そりゃ、その岩は言われてみれば亀に見えるさ。だけどね、 俺は俺で、その岩にいろんなイメージをもってるんだ。 それを「亀岩」と呼ばれてしまうと、もう、亀以外 のものに見えなくなっちまう。 あれ、すごく困るんだよな。やめてほしいんだよな。 芭蕉は曽良の句から固有名詞を省いた。 奈良という地名は濃いイメージをもって ⑥いて、うまく使えば強力な力になるが、逆に この場合は、ふるき都という言葉で古雅の感じをおくにとどめて、そのほか は、読者の想像力のはたらきに委ねたのだろう。 固有名詞というものの、この場合には暴力をぴたりと言いあてている話だった。ディレクター氏が 亀岩と名づけさえしなければ、その岩はKの目に、さまざまなイメージをよびおこしていたはずである。 10 おそらく一つのイメージではあるまい。 海のアれるときのその岩、おだやかな時間のその岩、朝方のその 岩 ラクジツの海に立つその岩、それぞれが、見る者の心と、そのときどきの何かを通わせたであろう。 だが、亀岩となったら、もう亀岩でしかない。 は地名でも人名でも、大きな力をもつものである。 3 百字要旨 芭蕉「おくのほそ道』の旅の終わりに近く、加賀の山中温泉で、 北枝、曽良と三人で「山中三吟」と呼 ばれる歌仙を巻いている。これについては尾形氏の「歌仙の世界」が詳細に検討を加えていて実におもし15 ろいのだが、そのなかに、曽良の付けた句から芭蕉が固有名詞を省いているところがある。 「花の香に奈 良の都の町作り」が曽良の句であるが、芭蕉はこれを、「花の香はふるき都の町作り」と直した。 1・2をふまえ、空欄部分を書いてみよう。(マスめは余っても可) 名前をつけることでイメ まう という暴力的 固有名詞 ー を一 つに決めて 奈良という地名は、濃いイメージをもってしまっている。 それをうまく使えば、 これは強力な力になる のだが、逆に、その力に縛られもする。 尾形氏は、この場合は単に、ふるき都という言葉で古雅の感じを おくにとどめ、「他のいっさいは読者の想像力のはたらきに委ねようとしたものでしょう」と書いておられ 30 もつ はうまく使 ある 固有名 ば強力なカ 固有名詞は、地名でも人名でも、大きな力をもつものである。 その力を知ったうえで使うことが、言語 表現者にはいつも求められる。 言い足りないが、 固有名詞は文章の方向まで決めるものである。 まずはじめに 本文で挙げられている二つの具体例を確認する。 それぞれの具体 3 百字要旨 ② 自分で、百字以内で書いてみよう。(マスめは余っても可) 例に共通する内容をおさえて、筆者の考えをまとめよう。 なお、要旨をまとめる際に は、 具体例ではなく、その例から筆者が言いたい内容を書くようにする。 要旨作成へのスタート(速読にも役立つ注目ポイント) ●話題と筆者の気づき 「亀岩」と名づけられた岩と、句から省かれた「奈良」という地名からわかる、固有名 詞の力について。 固有名詞にはさまざまなイメージを一つに決めてしまう暴力的な力がある。 固有名詞のもつイメージは強力な力になるが、逆にその力に縛られもする。 筆者の所感 固有名司 3 る。 2 ある糸 2F つ名 U に名めは て るのし名 なる メ 使力」 えがジ

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現代文 高校生

解いてみたのですが、わかりませんでした。よければ教えてください!

彼は明るくふるまっているけれど、内心はなれなれしく接してくる人間におぞけをふるっていて、彼の恐 怖のにおいを無意識にかぎつけた子たちが興奮して寄り集まる。 初めてそれに気づいたのは散々クラスメイトにかまわれたあと一人きりになった彼とすれ違ったときに聞 こえた大きなため息。 セクハラ上司に耐える新米女性社員みたいに、可憐で憂鬱そうなため息だった。だか 20 私はイチに話しかけない、だれにでもなれなれしくされるイチに、私はほかの子とは違うと思ってもらう ために。イチに関心があることはイチ本人にも周りにもばれてはいけない、ばれたら他の子たちと同じになっ てしまう。昼休みに自分の席に座ったまま、ただひたすら彼を視野見で見るだけ。 視野見とはイチを見たいけれど見ていることに気づかれないためにあみ出した技で、黒板やら掃除道具入 れのちりとりやらを眺めているふりをして、ほんとは視界の隅に入っているイチに意識を集中させる。目の20 血管が切れそうになる複雑な作業だけれど、視界の隅でちらちら動くイチを本人に気づかれずに観察できる のは昼休みの一番の楽しみ。 友達と話しているとき笑うイチの上向いたとがった顎、友達に追いかけられて いるときに跳ねる彼の重たげな髪。イチは昼休みは運動場が使えると友達とサッカーをするから、教室で私 が視野見できる日は雨の日ばかりで、そのせいかイチの記憶は、雨の音と教室の窓から見えるどんよりした くもり空とセットになっている。 範囲 二学期になると視野見では飽きたらず昼休みにはイチを主役にしたマンガを描き始めた。 一話完結型のス びんしょう トーリーマンガ「天然王子」は元気で敏捷そうな王子がときどき城を抜け出しては身分を隠して村の人々の 悩みを聞き、周囲に聞き込みをしたり探偵みたいに調査して、諸悪の根源を見つけ出しては王子の権限をふ りかざして懲らしめる話だ。桜吹雪の入れ墨を入れたちょんまげも印籠携帯じいさんの存在もよく知らない うちに、私は無意識に日本人のDNAの濃さを露呈していた。クラスにはほかにもマンガ描きの女子がいて、3 彼女のマンガはクラスの子たちを登場人物にしたギャグマンガで画力も高くて、彼女の周りはマンガを読む 子たちであふれていたけれど、私の机の周りは閑散としていた。嫉妬したけれど、でも彼女が自分で空想の キャラクターを作り上げてそれに実際の人物の面影を投影するなんていうややこしいことはやらずに、クラ スメイトそのものをキャラにしたおかげで、だれも天然王子がイチだとは気づかなかった。 など あ 描き終わったノートが一冊二冊とたまり"巻"になっていくうちに私にも徐々に読者がついた。一番人気 出すこ N* かれん 30 15 7 = 7 www 7 重 重 =中 一 H

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