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現代文 高校生

(2)の答えはなぜアになるのですか。詳しく教えてください。

①ひめい 「はい。」 「どれ。」 1 次の文章を読んで、下の問いに答えなさい。 ぶんしろう 悲鳴を上げたのはふくである。とっさに文四郎は間の垣根を やしき 飛び越えた。そして小柳の屋敷に入ったときには、立ちすくん だふくの足元から身をくねらせて逃げる蛇を見つけていた。体 長二尺四、五寸ほどのやまかがしのようである。 青い顔をして、ふくが指を押さえている。 「どうした。かまれたか。」 かきね (2) 1線で「ふく」が悲鳴をあげたのはなぜですか。 文章中の 言葉を使い、文末を「~から。」という形にして書きなさい。 (10点) ぶんしろう -線②の「ためらわずに」から文四郎のどんな思いがわかり ますか。 最も適切なものを次から選び、記号で答えなさい。 (1点) ア蛇の毒からふくを守ろうという強い意志。 あせ 〔 イ 指から出ている血を早く止めようという焦り。 ウ傷口を治すことが自分の役目だという使命感。 手を取ってみると、ふくの右手の中指の先がぽつりと赤くな っている。ほんの少しだが血が出ているようだった。 文四郎はためらわずにその指を口に含むと、傷口を強く吸っ た。口の中にかすかに血のにおいが広がった。ぼうぜんと手を 文四郎にゆだねていたふくが、このとき小さな泣き声を立てた。 蛇の毒を思って、恐怖が込み上げてきたのだろう。 ③ 「文四郎」に対する「ふく」の態度はどのように表現できますか。 最も適切なものを次から選び、記号で答えなさい。 ウ 強引 (10点) ア反発 イ 従順 「泣くな。」 つばを吐き捨てて、文四郎はしかった。つばは赤くなってい た。 こわ 44 「四郎」の人物像としてあてはまるものを次から二つ選び、 記号で答えなさい。 (各1点×2=20点) かざ やさ たよ ア的確な判断で行動し、武士の心構えをもった人物。 イ 自分より弱い相手には強い態度で接する小心者。 ウ飾りけがないが、頼りがいのある心優しい人物。 エ 自分の考えを強引に行動に移す人物。 オ泣くことをことさら嫌う怒りっぽい人物。 (平成1年度版 光村図書3年100-110ページ 藤沢周平 「蝉しぐれ(抄)」・「蝉しぐれ』より) おこ 「やまかがしはまむしのように怖い蛇ではない。心配するな。 それに武家の子はこのぐらいのことで泣いてはならん。」 e 次の文章を読んで、下の問いに答えなさい。 空を描く

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愛知医科大学看護学部の公募推薦の過去問です。 答えがないので、答えを出して欲しいです。お願いします🙇🏻‍♀️🙇🏻‍♀️

国 びまん 令和六年度 看護学部学校推薦型選抜(公募制) 基礎学力試験問題用紙 囲 次の文章は、一九九〇年に出版された山崎正和の『日本文化と個人主義』の一節です。この文 章を読んで、後の問に答えなさい。 文化は、これまで国家や民族という観念と強く結びついてきた。そして、人間の歴史を振返っ てみると、不幸なことに国家や民族の自覚はつねに対立抗争の意識とつながってきた。ひとつ の社会のなかで、個人もまたお互いに争うことがあるが、とりわけ国家や民族は、お互いに争う ことで自分自身をつくりあげてきた。その結果として、文化という特性はただの個人の特性以上 に、とかく他者との比較、対立の観点から考えられがちになる。じっさい、今日の経済マサツ や、つい近年までの世界戦争の現実を振返ってみても、ひとが自国の文化、他国の文化をあげ つらうときには、つねに何らかの意味の優越感や、国家主義的な自己主張の意識が伴っていた。 そして、そういう優越感が、たとえば敗戦といった現実によって崩れたとき、今度は極端な自己 卑下が社会に瀰漫するという事実は、多くの日本人の記憶に新しいことだろう。 こうした事情からして、文化論には、1二つの避けがたい危険な傾向が伴っているといわねば ならない。その第一は、過剰な特殊化の危険である。文化を考える場合には、他民族、他国の文 化と比較して考えがちであるので、どうしても両者の共通性よりは、ひとつの文化の異質性を強 調して考えることになる。 つい昨日まで文化的に じっさい、日本の場合、過去の文化論はしばしば民族主義や国粋主義と手を結びがちであった イクセプショナリズム し、アメリカの場合でも、アメリカ文化の「例外主義」という思想が、長らく見え隠れに受け 継がれてきたようである。ユダヤ人の「選ばれた民」の意識、ドイツ人の民族的な使命感といっ たものは、自国の文化を過度に特殊化し、他国との違いを強調することから生まれてきたが、 ③こうした使命感はいったん裏返ると劣等感に変貌する。 高村光太郎という詩人は、若いころフ ランス留学から帰って、日本の国の貧しさとその精神の狭さを嘆いて、「根つけの国」という自嘲 的な詩を書いたことがあった。しかし、彼が本性において強烈な愛国主義者であり、第二次大戦・ 中には過激な祖国讃美の詩を書いたことは、同時代を生きた日本人なら誰もが知る事実だろう。 とかく異文化との劇的な接触は、精神の単純な人物にとっては、自国の文化について過度な自尊 心を誘い出すか、逆に過剰な劣等感を刺激するものであるようにみえる。 そして、いずれの場合でも、そうした特殊化は、個人が自分の存在や行動について振返るとき、 奇妙に気持ちを安らがせてくれる支えになる。自分とは何か、7自己の実質は何かということは、 もともとたいへん難しい問題であり、簡単には答えが出ないものであるが、ひとは生きるために その答えを欲しがりがちである。そのさい、いちばん安易なやり方は、自分がどういう仲間に属 しているかを実感して、それを語ることで自己の中身を言い表わすことだろう。そして、自分 がどういう仲間に属しているかを振返るとき、その仲間の範囲が狭くて、他の集団と対立してい ればいるほど、自分自身の世界のなかにおける位置は明確になる。ここでもまた、文化論のひず みというものは、人間性の悲しい弱さに深く根ざしているといえそうである。 【

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完成現代文のP10~転がる小石の部分の解答持っている方いたら見せていただきたいです😭

2 小説 転がる小石 「私」は友人の「陽子ちゃん」と出会ったときのことを思い出している。「私」と陽子は、ある店で開かれたパ ン教室に参加していた。 みやしたな 読解 パン教室で負った「打撲」 宮下奈都 課題 主観的な描写から人物関係をとらえる 速読目標 6 解答 (注) 1フスマ―小麦を製 除かれる、小麦の 要旨をつかむため [81 理解を深めよう 要約のための確認 参加者は女性ばかり十五、六人だった。パンを焼くのがまったく初めてなのは、驚いたことに私ひとりだった ようだ。みんな、家でパンなんか焼くんだろうか? いつ? なんのために? 聞いてみたい。聞いてみたい、と (注1) いながら、篩に取った小麦を延々とかきまわし続けた。こうやってフスマを取り除くのだそうだ。休みなく粉 かきまわすうちに掌は赤くなり、額にはうっすらと汗をかいていた。ふと顔を上げると、台の端で店の主人が ふるい ふる 々と小麦を篩い続けている。ブコツな求道者のようにも見えた。 想像していた優雅な教室とは違い、課される作業はひたすら地道で厳しかった。しかも、主人がいちばん熱心 のだ。手を休めるわけにもいかなかった。いくつかの班に分かれてけっこうな重労働に励んでいたせいで、別 ループの人とは言葉を交わす機会もないほどだった。だから、実習中の陽子ちゃんの様子を私は見ていない。 おきたかったな、と思う。柔らかな髪を白い頭巾に包んで一心不乱に粉をこねていたんだろう。 Am 室の終わりに、焼けたパンを試食してひとりずつ感想を述べた。 私はへとへとだった。パンはたしかにおい 10 った。イベントとしては成功かもしれない。しかし、あの工程を思うととてももう一度自分で焼く気にはな かった。 かま しかったです、おいしかったです、お店のパンが自分でも焼けるなんて感動しました参加者たちが順々 るつるした感想を述べていき、いよいよ私は戸惑った。楽しいというなら、のんびり映画でも観ているほう しい。おいしかったけれど、窯から出したばかりで、しかも贔屓目が入って三割増にはなっている。だいた 手取り足取り教えられてなんとか焼き上がったのだ。ヨユウのある感想などまるで出てこなかった。 ひいき は自分では決して焼かないことにしました。この店でずっと買い続けます。」 憬とした声でそう宣言した人がいた。まったく同じ気持ちだったから、私はうつむいていた目を上げて発言者 顔を見た。髪の長い、可愛い女の子だ。それが陽子ちゃんだった。 帰り道で一緒になった。 「びっくりしたなあ。 いくら挽きたてがおいしいからって毎朝その日の分だけ小麦を製粉するなんて。」 5 200 〇 場面 パン教室 陽子「自分では →「私」 まった 気持ち 状況 「私」 陽子 パン教室で 共通点 ○「私」の心情 世の中をなめて 適当…・・あのパン 陽子: うっとうしい 同時に19 「それをぜんぶ手で漉すんだもの。篩にかけて、混じってるかどうかもわからない外皮を 毎日そこから飴

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現代文 高校生

夏目漱石のこころの登場人物ついての穴埋めです。 手元にこころの本がなく、できません。 どなたか教えて欲しいです🙇🏻‍♀️お願いします。

「先生と私」の「私」と、「中両親と私」の「私」は同一人物で、「上・中編」のストーリーの語り手となっている。 「下先生 [〕と呼ばれていた人物が、「上・中編」の〔 と遺書」は、「上・中編」で〔 に宛てた [ の本文が、そのまま小説本文となっている。ここで、作品中の登場人物の呼称を整理すると、 「上・中編」の「私」は「下編」では [ 〕と呼ばれている。 「上・中編」の「先生」が「下編」では「 〕と名乗っている。 「上・中編」の「先生の奥さん」は「下編」の〔 [〕と呼ばれている人物で名前は〔 〕という。 「下編」の「奥さん」とは〔 〕のことである。 「上編」で「先生」がお参りをしていたのは[ の墓であることが「下編」で判明する。 「中両親と私」の現在時は、明治〔 〕 年であることが内容から推測できる。 これは「先生」が遺書を書いた時点。 〕くらい前と推測できる。 「遺書」の中に書かれている「私」と「K」をめぐる出来事は、遺書執筆時の[ また、時制を整理すると、 〕

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現代文 高校生

このプリントの答えが配られなくて答えが分からないので答えを教えてほしいです。

(② (8 ) 鷗外の活躍した明治時代- 村らの自然主義の文学が全 の文学を快く思わない人た 石と森鷗外だった。 鷗外の子どもの名前 鷗外には二男三女の五人の それぞれの名前は、長男於 杏奴(あんぬ)、次男不 いう。 これは、自分の本名「り いものだったため、子ど- イツ語やフランス語で通 であった。 そえぞれ「 ッツ」 「ルイ」に通じる ●鷗外の挑戦 政府中枢の一員とは る作品も発表。 ⇒ エ ・「妄想」・・・ドイツで ・「普請中」・・・ドイツ ・「半日」…鷗外の家 ・「沈黙の塔」….大逆 ・「鼠坂」…中国でのロ ・「ヰタ・セクリアス」 PENT=7 「安楽 一八六二年島根県津和野に生まれる。 本名は (1 森家は津和野藩主亀井家の典医であり、長男の林太郎は医 者になるべく運命づけられていた。藩の学校、養老館に通い、 語を学ぶ。 オランダ語を学び、父と上京し (2 十二歳で第一大学区医学校(今の東大医学部)に入学する。 十九歳で卒業し、卒業後は陸軍二等軍医となる。 一八八四年~一八八八年(3 ) 留学。医学を学ぶ 一方で、文学や美術も学び視野を広げる。 一八八八年(二十六歳) の九月八日に日本に帰国するが、九 月十二日に「舞姫」のエリスのモデルとなったドイツ女性が 来日する。 一八九〇年ドイツ留学中の体験を素材にした短編小説 を発表。「4」「5 「6 」はドイツ三部作と呼ばれる。 文学活動を休止し、軍医として (7 戦争や ) 戦争に従軍、陸軍軍医総監という最高の地位 に上りつめていく。 一時は離れていた文壇に復帰し、長編小説 「青年」、中編小 説「雁」「ヰタ・セクリアス」などを発表。文壇は自然主義 文学の全盛期だったが、 (9 )とともに セリファース の立場に立って対抗した。 一九一二年明治天皇崩御を追った (11 以後(14 の殉死に衝撃を受け、興津弥五右衛門の遺書を一気に書き、 ・「高瀬舟」 小説に進んでいく。「阿部一族」「大塩 平八郎」「三章大夫」「最後の一句」「高瀬舟」などの(12) を次々発表。歴史の事実を重んじる執筆態度を歴史其儘と いい、フィクションを取り入れる方法を歴史離れと呼び、後 者の方への移行を表明していた。 一九一六年に陸軍の勤務を引退した頃から幕末の人物の足 跡を克明に考証する史伝の領域に踏み入れ、「渋江抽斎」「伊 沢蘭干」などを発表した。 一九二二年六十歳で死去。「余は石見森林太郎として死せん と欲す」と遺言し、 各地にある墓には「森林太郎墓」としか 書かれていない。

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