学年

教科

質問の種類

現代文 高校生

この文章は結局何が言いたいのですか? もう少し分かりやすく教えてください😭😭 現代文壊滅的なのでお手柔らかにお願いします( ᐢ, ,ᐢ)

必然/偶然 ◆入試でキーワードをチェック! 「くじ引き」つまり「人々の権利や義務について優先度が判定できないよう な場合には偶然的なメカニズムによって決定する」ということは、多くの 社会において(場合によっては暗黙のルールとなっているように思われる。 しかしなぜこのようなルールが存在しているかということを考えると、そこ には人々が理解できない、でたらめと思われる。現象の中には、人間の理解を 超えた合理性(つまり「神意」)が存在しているという感覚が残されている ように思われる。 ささい 古代の人々は、宇宙に“秩序が存在することを発見し、したがって、必然 性がものごとを支配することを認めたが、同時に人間が理解できないことも起 こることは認めざるをえなかった。しかしそれを些細な乱れとして無視してし まうことができない場合は、それを何か不可解な「必然性」の表れとして、「神 意」「因縁」「運命」などと解釈したのであった。 それはある意味では偶然を別種の「必然」と見なすものであり、「偶然」の 存在を否定するものであった。 ( たけうちけい 出典 竹内『偶然とは何か―その積極的意味』 出題 [出題] 金沢大学

解決済み 回答数: 2
現代文 高校生

開発講座の問題です 問2が分かりません ⑥にイギリスの例があって製鉄が環境破壊を招いている点が似ていたのでここが同値関係となっていて、2の歴史家を選びましたが違いました ここは関係ないんですか? あと⑥の最後の方に書いてある「このため英国の森が破壊しかけた所〜ご理解がcol... 続きを読む

第3問 次の文章を読んで左の問に答えよ。 日本の運命を変えたのは、四世紀ごろから進んでいた朝鮮半島における自然破壊で した。むろん、日本人がやったのではありません。朝鮮人がやったのです。山を掘り くずして、砂鉄を(ト)り製鉄をはじめたのです。 おそろしいばかりの自然破壊でした。 鉄の製(レン)には木炭を必要とします。わず 数トンの鉄をつくるのに、一つの山が裸になるほどの木炭を必要とします。 5 製鉄集団は、おそらく女性や子供をふくめて何百人という単位だったでしょう。 そ れらが、朝鮮の山から山へ移動して、丸裸にしてゆきました。 「むろん、そのあとに植林をするということはしなかったようです。朝鮮の山は、不 幸なことに自然の復元力がよわいのです。むろん、ギリシャ文明が去ったあとのギリ シャの自然ほどではありませんが、朝鮮の山々は乾き、山の土(ジョウ)は風に吹きと 10 ばされて、岩の層が露出するといった風景になりました。むろんこれは、 イ的想 像力でいっているので、三世紀、四世紀の朝鮮には、そのことを書いた文献はありま せん。 三、四世紀の朝鮮半島の製鉄業者たちに話をもどします。 かれらは、遊牧民が草を 求めて移動するように、森を求めて移動するひとびとでした。朝鮮の山々を裸にして 15 しまったとき、はるか南の海に、樹木の多い島々があることを知ったのです。それが、 日本でした。やがていくつものグループが海をわたって、日本にきました。五世紀 第3問 12

解決済み 回答数: 0
現代文 高校生

【現代文】「自由」の本当の意味 イが正答なのですが、なぜウは間違いなのでしょうか? 「コミュニティが共同体として意思決定をなす際に前提となる一定の方 法」ってあってるとおもったんですけど、、、

823字 制限時間 8分 きよかず 9 「自由」の意味 鷲田清一 制限時間内に、次の文章を読んで後の問いに答えなさい。 せきがく たなかみちたろう あら 古代ギリシャ哲学の碩学、田中美知太郎は、個人の自由は、法の前の平等という政治的な自由がしっかり定着していてこそ 可能なのであって、そういう公的な自由のないところに私的な自由もないとしたうえで、次のように言う。「自由というもの 法の制約なしに追求する、いわゆる民主政治の末期になると、突然自由と正反対の変化が現われてくる」と。 何をしてもい いということは、何をしてもおなじということであり、どのみちいっしょというこの無関心(インディファレンス=無差異) によって、人の生き方は「気まぐれ」に、社会は「原則のない」ものに、なるというのである。 くり返すと、自由は、成員たちがそれぞれに別個の存在として認めあうコミュニティの存在を前提とする。そのコミュニティ はしかし、けっして一致団結を求めるものではなく、一定の法の下でそれぞれの考えを闘わせ、調整しつつ、共同体としての 意志決定をなす。そういう動的な装置として、「護らなければいつ失われてしまうかわからないようなもの」である。だから こそ、たえず入念にチェックし、また手入れと手直しをなす必要がある。 まも 17世紀フランスの思想家、パスカルが「正義」について書きとめた文章を読んでいると、「自由」のほんとうの意味があぶ。 り出されてくる。パスカルは、力のない正義は無力であり、正義のない力は圧制的だとしたうえで、残念ながら、正しい者に 力がなければ、強い者に従わざるをえないという。それはやむをえない 「必然」だと。 これを裏返していえば、弱い者に従う というのが、「必然」の反対、つまりは「自由」の本義だということになる。 英語のリバティを辞書で引くと、たいていの場合、「気前のよさ」が第一の意味として出てくる。 弱さに従う自由とは、ま さに気前のよさのことである。そしてこの気前のよさとは、じぶんの自由より先にまずは他者の自由を擁護するということで ある。そういう相互扶助の精神が充満しているところにしか、おそらくほんとうの自由はない。 *碩学・・・修めた学問が広く深いこと、またその人。 /2 m

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

どのように書けばいいのか分からないです教えて頂きたいです🙇🏻‍♀️⸒⸒

inar P ある五重塔をモチーフにした絵 美意識の違いを説明しなさい 【料 「書です。 【資料3】 の文章を読み、二枚の絵葉書から 【資料2】 次の【資料1】はイタリアの観光名所ピサの斜塔をモチーフにした絵葉書、【資料2】 わは 長きに、 ワ 本京 日 日の る本 と都 木山に 西欧の 資料3】 なかに たり、 アメリカも含めて、西欧世界においては、古代ギリシャ以来、「美」はある明確な を持っ 表現されるという考え方が強い。その秩序とは、左右相称性であったり、部分と全体との比例関係 あるいは基本的な幾何学形態との類縁性など、内容はさまざまであるが、いずれにしても客観的な原理に基づく 秩序が美を生み出すという点においては一貫している。逆に言えば、そのような原理に基づいて作品を制作すれ ば、それは「美」を表現したものとなる。 《中略》 だがこのような実体物として美を捉えるという考え方は、日本人の美意識のなかではそれほど大きな場所を占 めているようには思われない。日本人は、遠い昔から、何が美であるかということよりも、むしろどのような場 合に美が生まれるかということにその感性を働かせて来たようである。それは「実体の美」に対して、「状況の 「美」とでも呼んだらよいであろうか。 (高階秀爾著「実体の美と状況の美」より) 品原でも を理あの 制につの

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

もし問2の問題が15字以内という指定がなかったら、 線を引いた「転向は道徳的にいかがわしいと感ずる意識」を抜き出しても丸でしょうか?

5 評論 20 43 田 来 R 2 日本的思考は、しばしば、模倣をこととする雑居性を特徴とするといわれる。それは、かつては中国を 模倣し、近代では西欧を模倣したといわれる。それがひどくいけないことのようにいわれるのは、 空欄に適当 異化である。差異と反復が模倣の本質である。そうなると、模倣と独創との差異の境界はきわめて小さく なる。西欧諸国の文化は、ギリシアとローマの差異化的模倣である。日本の場合にも同様に、中国と西欧 の差異化的反復である。差異化には、何らかのオリジナルな改作的工夫が必要である。 日本では、I_、儒教を儒学に変換し、宗教性をできるかぎり払拭して、操作可能な「知識」へと改 作する。これは日本におけるひとつの独自な特徴である。キリスト教であれ何であれ、宗教性がなくなる わけではないが、宗教性は、他国にくらべて限りなく小さくなる。日本では、宗教的イズムが、宗教戦争 なしに共存できるが、それは諸宗教がいつのまにか操作可能な、道具性の知識に転換しているからである。 またそのゆえに、日本では、ある宗教イズムから他のものに容易に転向できるのである。転向は道徳的に いかがわしいと感ずる意識は、純粋主義のイデオロギーのなせるわざであり、日本人は古来つねに転向を やり続けてきたのである。古代における中国文化の導入はひとつの転向であったし、そして近代における 西欧との出会いは、中国文化から西欧文化への転向を劇的に実現した。すべてを道具的な操作可能な実用 知に変換すること、これが日本の文化の雑居性を生みだす原因、いやむしろ精神の鋳型である。 しかし雑居は、そのままでは雑種性にいたりはしない。たしかに雑居を許す文化は、雑居を許さない純 粋主義文化よりも、雑種性を生む可能性は高い。 動的に雑種を生むわけではない。われわれは、雑居環境を存分にいかして、雑種文化という本来の文化の ありかたにいたる道を構想しなくてはならない。 雑居は他者の文化を変換する装置が作動した結果をさす用語であり、雑種は精神の創造力に関わる用語 である。雑居性は雑種の精神なしにも可能であり、雑居はかならずしも雑種の精神に通ずるものではない。 雑種の精神がないままに、他者の文化との出会いを喜び、それを実用知に変換するだけでは、雑居的流行 しか生まれないであろう。日本人がタイテイやっているのはまさにこれだ。日本人は一般に、雑居性のなか に雑種性を溶解し、雑種の精神を自覚的にバイヨウすることを無視してきたと思われる。 tすは純粋なるものがいかに空虚であるかを自覚してかからなくてはならないだろう。なぜなら、か「2 日本的 居性を特 質は一 |による。模倣は簡単なことではない。改作なしの模倣などどこにもない。反復はかならず差 5 日本 欧文化 換する 立した 主張 =それはあくまで環境ないし条件ではあっても、自 力に M w w. て一度も、純粋な文化も、純粋な精神も、存在したことはないからである。なるほどI? 紙の思想家

解決済み 回答数: 0
1/2