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古文 高校生

徒然草、相模守時頼の母 敬語についての質問です🙇‍♀️🙇‍♀️ 地の文で謙譲語の時、敬意の向きは動作の作者から動作の受け手へだと習いました。 赤波線を引いているところの、 申しける は受け手ではなく動作主のように考えてしまいます🥲 どのように解釈すればよいのか教え... 続きを読む

兼葉 者→松下禅尼 相模守時頼の母は、松下禅尼とぞ申しける。 守を入れ申さるることありけるに、すすけたる明かり障子の破ればかりを、禅尼、手づから、 小刀して切り回しつつ張られければ、兄の城介義景、その日の経営して候ひけるが、 「賜りて、某男に張らせ候はん。さやうのことに心得たる者に候ふ。」 と申されければ、 「その男、尼が細工によも勝り侍らじ とて、なほ、一間づつ張られけるを、義景、 「皆を張り替へ候はんは、はるかにたやすく候ふべし。 まだらに候ふも見苦しくや。」 と重ねて申されければ、 「尼も、後は、さばさばと張り替へんと思へども、今日ばかりは、わざとか あるべきなり。 物は破れたる所ばかりを修理して用ゐることぞと、若き人に見習はせて、心づけんためなり。」 と申されける、いとありがたかりけり 世を治むる道、倹約を本とす。 女性なれども、聖人の心に通へり。 天下を保つほどの人を子に持たれける、まことに、ただ人にはあらざりけるとぞ。

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古文 高校生

夜中に失礼します。 画像の青線の部分、「たてまつらで」の現代語訳が「申し上げないで」とありますが、なぜ否定内容になるのでしょうか。打ち消しの助動詞を特に伴っていないので、直訳すると「申し上げて」になると思うのですが🥲

一 0-た DHI- 軍に関 聖 聖 帝、おりゐ たまひ て、また の 年の 秋、御ぐし おろし たまひ て、ところどころ 山踏みし たまひ て行 帝(=宇多天皇)が、退位なさって、翌年の秋、 出家なさって、 あちらこちら 山歩きしなさって 仏道 編型 名 - 去体名 撃 に ひ たまひ けり。備前の操 に 修行しなさった。 サ四。用 て、橘の良利 と いひ ける 人、内 に おはしまし ける 時、殿上 に さぶ 帝がご在位だった時、 儀前の操で、 橋の良利といった人が、 段上人としてお仕え、 完了-用 過去-終 名 格助 係動 う四 米 受身:用 尊補八四- 米 けり。人 に も 知ら れた (院が)人にも 安 らひ ける、御ぐし おろし たまひ けれ ば、やがて 御とも に、かしら おろし て していた人であったが、(宇多院が)出家なさったので、(良利も)すぐにお供として、出家してしまった。 知られなさらないで R 業に (のに)開# サ変-用幕補八四 体 ける 御とも に、これ なむ 遅れ たてまつら で さぶらひ ける。「かかる 御歩き し た 院が)このようなお歩きをしなさ まは で 歩きたまう (お忍びで)お歩きになった この良利は 遅れ申し上げないで お仕えした。 歯 聖 っ下二、用 募城八西用県 だ るのは、たいそう具合の悪いことである」と言って、 天皇(=酸醐天皇)から、「少将、中将、この人あの人よ、お仕えせよ」と言って(お供を) まふ、いと悪しき こと なる」とて、内より、「少将、中将、これかれ、さぶらへ」と て 奉れ 回 に図 過去-巴接助八四-用 助 まひ けれ ど、たがひ つつ 歩き たまふ し上げなさったけれども、(院は会わないように)すれ違いながら歩きなさる。 軍に回-歴(O幅便) 和泉の国 に いたりたまう (院が)和泉国に到着なさって、 聖 In回-田 格助 八四-体 名格助 尊サ四-体 画 形ク-用(ウ音便) 形動ナリ-用一 て、日根 と いふ 所 に おはします 夜 あり。いと 心ぼそう かすかに てお 日根という所にいらっしゃる夜がある。 (院が)たいそう心組く物寂しい様子でいらっしゃるこ 聖 回- 部 聖 - 名 撃 回- 格的 る はします こと を 思ひ つつ、いと 悲しかり けり。さて、 日根 と いふ こと を 歌 に よめ」と おほせごと (良利は)思いながら、 JSO る0 NID

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古文 高校生

問3の答えがなぜこうなるのか分かりません!! 教えてほしいです😭

お の のたかむら 次の文章は平安時代の官人、小野 纂 に関する二つの逸話である。これを読んで問いに答えなさい。 うんぬん 嵯峨天皇の時、「無悪善」といふ落書、世間に多々なり。墓読みていはく、「「さがなくはよかりなまし」と読む」と云々 a - た州 しよ Q かう 天皇聞き給ひて、「僅が所為なり」と仰せられて、罪を蒙らんとするところ、算申していはく、「さらに候ふべからざる事な り。才学の道、しかれば今より以後絶ゆべし」と申すと云々。天皇、「尤ももつて道理なり。しからば、この文読むべし」 と仰せられて書かしめ給ふ。一 Y1不来書暗降雨慕漏* つきよにはこぬひとまたるかきくもり Jこひつつもねん かくのごとく読む。 閣を閉ぢて唯聞く朝暮の鼓 楼に登りて遥かに望む往来の船」 河陽館に行幸す弘仁御製 故賢相伝へていはく、白氏文集の一本の詩、渡来して御所にあり。尤も秘蔵せられ、人敢へて見ることなし。この句はか の集にあり。叡覧の後、すなはちこの観に行幸せられ、この御製あるなり。小野算を召して見せしめたまふに、すなはち奏 」といへり。天自皇大いに驚き、勅してのたまはく、「この していはく、「『遥」をもつて「空」と為さば、いよいよ一 e- 句は楽天の句なり。汝を試みたるなり。もとは「空」の字なり。今、汝の詩情は楽天と同じきなり」とのたまへり。文場の (江談抄」による) 故事、尤もこの事にあり。よりて書すと。 注 河陽館: 山城国山崎の地にあった嵯峨天皇の離宮。 嵯峨天皇。

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古文 高校生

問題1の8番と10番と11番がわかりません。 教えてください。

用言(形容詞·形容動詞) を文法的に説明しよう 次の文章を読み、後の各問に答えなさい。 今は昔、摂津の国のほとりより、盗みせむがために京に上りける男 の、日のいまだ明か かりければ、羅城門の下に立ち隠れて立てりけるに、栄雀の方に人繁く 歩きければ、人の 静まるまでと思ひて、門の下に待ち立てりけるに、山城の方より人どものあまた来たる音 のしければ、それに見えじと思ひて、門の上層にやはらかかづり登りたりけるに、見れば、 灯ほのかにともしたり。 O 盗人、あやしと思ひて、連子よりのぞきければ、若き女の死にて臥したるあり。その枕上一 に灯をともして、年いみじく老いたる姻の白髪白きが、その死人の枕上に居て、死人の髪 をかなぐり抜き取るなりけり。 盗人、これを見るに、心も得ねば、これは、もし鬼にやあらむと思ひて、恐ろしけれど も、もし死人にてもぞある、脅して試みむと思ひて、やはら戸を開けて、刀を抜きて、「おの れは、おのれは。」と言ひて走り寄りければ、麺、手惑ひをして、手を摺りて惑へば、盗人、 こは、何ぞの堀の、かくはし居たるぞ。」と問ひければ、姫、「おのれが主 にておはしまし つる人の失ぜ給へるを、あつかふ人のなければ、かくて置き奉りたるなり。その御岩の、丈 にあまりて長ければ、それを抜き取りてにせむとて抜くなり。助け給へ。」と言ひけれ

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