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古文 高校生

無明沙のおもて歌のことで、 「いみじく言ひもてゆきて」を「せっかく読み続けて表現していって」と学校で習ったのですがなぜそのようになるのか調べてもわからないのでなぜこの訳になるのか教えて欲しいです。他の訳仕方でもいいので教えて欲しいです🙏🙇‍♀️

無名抄 おもて歌のこと かもの 「恵言はく、「五条三位入道の御許にまうでたりしついでに、『御詠の中には、 やうやう はべ いづれか優れたりと思ほす。人はよそにて様々に定め侍れど、それをば用ゐ 侍るべからず。まさしく承らん。』と聞こえしかば、 うずら 「夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里 たま これをなん、身にとりてのおもて歌と思ひ給ふる。』と言はれしを、俊恵また 言はく、『世にあまねく人の申し侍るには、 面影に花の姿を先立てて幾重越え来ぬ峰の白雲 これを優れたるやうに申し侍るはいかに。』 と聞こゆ。『いさ、よそにはさもや 定め侍るらん、知り給へず。 なほ自らは、先の歌には言ひ比ぶべからず。』 と ぞ侍りし。」と語りて、これをうちうちに申ししは、「かの歌は、『身にしみて』 と言ふ腰の旬のいみじう無念におぼゆるなり。これほどに成りぬる歌は、景気 2 を言ひ流して、ただそらに身にしみけんかしと思はせたるこそ、心にくくも優 にも侍れいみじく言ひもてゆきて、歌の詮とすべき節をさはさはと言ひ表し たれば、むげにこと浅くなりぬるなり。」とぞ。 そのついでに、「我が歌の中には、 9 ちゃうめい 長明 としょり 1 俊恵 一一一 俊頼(一八三ペ の和歌の師。 2 五条三位入道 注2参照。 3 夕されば・・・『 められている歌 4 深草 現在の京 5 おもて歌 代表 6面影に・・・『新 められている歌 7申ししは俊恵 10 したことには。 8 腰の句 和歌 9景気を言ひ流し と表現して 10 そらに なんと 11詮眼目。 1さはさはと 1 み吉野の・・・ められている歌。 ⑥「かの」は、どの + 1 よしの み吉野の山かき曇り雪降れば麓の里はうちしぐれつつ これをなんかの類ひにせんと思ひ給ふる。もし世の末におぼつかなく言ふ人 もあらば、『かくこそ言ひしか。』と語り給へ。」とぞ。 深い学びのために 学習のポイント①俊恵が「さば」 5 るか。 14 おぼつかなく きりしないと。 *- むげに

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古文 高校生

古文です 赤傍線部のおのづからの意味がひょっとしてだったのですが、どこの仮定表現にかかっているかわかりません。

にほ 頭を かり 背理 ま L to 税話 (2) 7 『宇治拾遺物語』 演習目安時間 ✓ 35 分 第 出題 獨協大学(国際教養 問1のみ改]) [解答・解説は本冊の9ページ] 次の文章を読んで後の問に答えよ。ただし、問題作成の都合上、会話を示す「 所があるのに注意すること。 」の一部を省いた箇 これも今は昔、注治部卿通俊卿、注後拾遺をえらばれける時、 注3秦兼久、行き向かひて、おのづから歌な どや入る、と思ひて、うかがひけるに、治部卿いであひて、ものがたりして、いかなる歌かよみたるといは れければ、はかばかしき歌候はず。 注4後三条院、かくれさせ給ひてのち、注5円宗寺に参りて候ひしに、花の 匂ひ、むかしにもかはらず「侍りしかば、”つかうまつりて候ひしなりとて、 「こぞ見しに色もかはらず咲きにけり花こそ物は思はざりけれ め とこそつかうまつりて候ひしか」といひければ、通俊卿、「よろしくよみたり。ただし、「けれけり、ける」 などいふことは、注6いとしもなき言葉なり。それはさることにて、「花こそ」といふ文字こそ、女の童など の名にしつべけれ」とて、いともほめられざりければ、言葉すくなにて、立ちて、侍どもありける所により て、この殿は、おほかた、秋のありさま知り合はねここそ。かかる さぶらひ 28

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古文 高校生

伊勢物語第82段 真ん中あたりにあるbがの品詞がわかりません。答えはイですが、アだと思いました。どうやって見分ければ良いですか? https://uqtakashi.com/%E6%B8%9A%E3%81%AE%E9%99%A2/ ↑品詞分解のサイトはみましたが、わかりま... 続きを読む

八三段である。これを読んで後の設問に答えよ。 (20) 昔、惟喬親王と申す親王おはしましけり。山崎のあなたに、水無瀬といふ所に宮ありけり。 年ごとの桜の 花盛りには、その宮へなむおはしましける。その時、右の馬頭なりける人を、つねに率ておはしましけり。時世 経て久しくなりにければ、その人の名忘れにけり。狩りはねむごろにもせで、酒をのみ飲みつつ、やまと歌に かかれりけり。 今狩りする交野の渚の家、その院の桜、②ことにおもしろし。その木のもとに下りゐて、枝を折 てかざしに挿して、上・中・下、みな歌よみけり。 馬頭なりける人のよめる。 世の中にえて桜のなかりせば③春の心はのどけからまし となむよみたりける。また人の歌、 敗ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世になにか久しかるべき とて、その木のもとは立ちて帰るに、日暮れになりぬ。 御供なる人、酒を持たせて野より出で来たり。この酒を飲みてむとて、よき所を求め行くに、天の川といふ所 に至りぬ。親王に馬頭、大御酒まみる。親王ののたまひける、「交野を狩りて、天の川のほとりに至る」を題 にて、歌よみて杯はさせ。」とのたまうければ、かの馬頭よみて奉りける。 狩り暮らしたなばたつめに宿からむ天の河原にわれは来にけり 親王、歌を返す返す誦じたまうて、④返しえしたまはず。 *紀有常、御供に仕うまつれり。それが返し、 一年にひとたび来ます君待てば宿かす人もあらじとぞ思ふ 帰りて宮に入らせたまひぬ。 夜更くるまで酒飲み、物語して、あるじの親王、酔ひて入りたまひなむとす。 十一日の月も隠れなむとすれば、かの馬頭のよめる。 A 飽かなくにまだきも月の隠るるか山の端逃げて入れずもあらなむ 親王に代はりたてまつりて、紀有常、 おしなべてもひらになりななむ山の端なくは月も入らじを (第八二の 惟喬親王 八四四一九七文徳天皇の第一皇子、藤原氏の圧力で皇位を継承できな いまま、貞観十四 (八七二)年に出家した。また、母方の縁で、在原業平と親戚 関係にある。 「伊勢物語」関係系図の 阿保親王 山崎 京都府乙訓郡大山崎町 在原業平 水無瀬 大阪府三島郡島本町のあたり。 伊都内親王 ※右の馬頭 右馬察の長官。 ここでは、在原業平をさす。 貞観七(八六五)年、四十 一歳で任じられている。馬は馬に関することをつかさどる役所で、左右二 つある。 天の川 現在の大阪府枚方市の別称名の川が流れる。 これたか 惟喬親王 哲子内親王 交野 大阪府枚方市のあたり。桜と鷹狩りの名所だった。 文徳天皇 *配有名虎の子、娘は在原業平の妻。 藤原良房 暁子(のちの清

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古文 高校生

古典の格助詞の問題です 分かる方教えてください🙇‍♀️

解答目安 20 分 1 古 きのくに みわさき とよお 紀伊国三輪崎(現在の和歌山県新宮市)の裕福な漁師の次男である豊雄は、ある日にわか雨に降られ、 父の配下の漁師の家で雨宿りをしていた。 うるは き めぐ たま 外の方に麗しき声して、「この軒しばし恵ませ給へ」といひつつ入り来るを、あやしと見る はたち * きぬ に、年は二にたらぬ女の、顔かたち髪のかかりいと艶ひやかに、遠山ずりの色よき衣着て、 わらは ぬ とよを お まうで 童女の十四五ばかりの清げなるに、包みし物もたせ、しとどに濡れてわびしげなるが、豊雄を 見て、面さとうち赤めて恥かしげなるさまのあてやかなるに、すずろに心動きて、かつ思ふ は、この辺りにかうよろしき人の住むらんを今まで聞こえぬ事はあらじを、こは都人の三つ山 詣せしついでに、海めづらしくここに遊ぶらん。さりとて男だつ者も連れざるぞいとはした * * しりぞ なるわざかなと思ひつつ、すこし身退きて、「ここに入らせ給へ。雨もやがてぞ止みなん」と いふ。 女、「しばし許させ給へ」とて、ほどなき住まひなれば、つひ並ぶやうに居るを、見るに近 まさりして、この世の人とも思はれぬばかり美しきに、心も空にかへる思ひして、女にむか *みね ひてなるわたりの御方とは見奉るが、三つ山詣やし給ふらん。峰の湯にや出で立ち給ふ ありそ らん。かうすさまじき荒磯を何の見所ありて狩りくらし給ふ。 ここなんいにしへの人の、 くしくもふりくる雨か三輪が崎佐野のわたりに家もあらなくに とよめるは、まことけふのあはれなりける。この家あやしけれど、おのれが親の目かくる男な り。心ゆりて雨休め給へ」といふ。 ちか 5 5

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