学年

教科

質問の種類

古文 高校生

古文解釈 この日本語訳を読んで状況が把握できません。 なぜ普段の寸法の位置に鉾があったら勝てなかったのか教えてください。よろしくお願いします🙇

対面して尋ねたところ、僧が言うことには、「過日の夜の夢に、この(北 野の)馬場で、賀茂神社の下級の神官と思われて、その人が) 馬場のはず れに縄を横に張って、 決勝地点の目印の鉾を手際よく用意していたのを、 夢 心地に不思議に思って尋ねると、院の右の番長秦久清の勝負のためのもので あると言うと思って(夢から覚めた。(だから) 賀茂の大明神のご配慮で、 (あなたは)勝ちなさるにちがいない」と告げたので、久清は、幼い頃から 賀茂神社にお仕えする者であるので、嬉しく期待できるように感じて、「勝 利の後、お礼は申し上げよう」と言って(僧を)帰した。 その競馬の勝負の)時になって、久清・敦文が組み合って、 敦文が、 先 に立って駆け) ていたが、少しだらしなく見えたので、久清は、相手を見 くびって、遠く距離を保ったまま(真剣に迫ろうとせず) 後を追ってしまっ た。(ところが、) 敦文の馬がすばらしく(久清の馬に)立ち向かって(勝負 をして)、まさに勝利が決まったという時に、(敦文が馬に) 鞭を当てるのを 止めて決勝地点の目印の鉾の(少し前の)所で安心して振り返ったところ に、久清が追いついて、敦文の上衣の襟首に手をかけて引いたので、敦文は (馬から)落ちて、久清が勝ってしまった。勝ったもののあまりに不思議 で、久清が、物差しを当てて (測って)見たところ、鉾が、いつもの地 点)よりも一丈(=約三メートル)以上遠くに立っていた。あの僧の(見 た) 夢も自然と思い合わせられて、(賀茂の)大明神のご配慮がおそれ多く 感じられた。もしいつもの位置に (鉾が)立っていたならば、とっくに負け てしまっ(てい)ただろうに。不思議だったことである。(久清は)この僧

解決済み 回答数: 1
古文 高校生

この古文の訳を分かる部分だけでも大丈夫なので教えてほしいです!お願いします(T^T)

二 次の文章は、『枕草子』の一節(本文を一部改変している)で、中宮定子を中心とした場面を描いたものである。居合わせた女房達や、歌のやりとりの様子 が記されている。これを読んで、後の問いに答えなさい。(配点2) (型一) 人州へ) (州の) 人注4) 1J中 宮の五節出ださせたまふに、かしづき十二人、/こと所には女御、御息所の御方の人出だすをばわるき事になむすると聞くを、いかにおぼすにか、宮の御 (注5) でばらからどちなり" J 3 方を十人は出ださせたまふ。いま二人は、/女 院、淑景舎の人、/やがて (注~) (地6) 辰の日の夜、/背摺の唐衣7汗杉をみな着せさせたまへり。女房にだにかねてさも知らせず/殿人にはましていみじう隠して、/みな装束したちて、暗うな wのびと (型)6 (州の) 人注2) (地二) りにたるほどに持て来て着す。赤紐をかしう結び下げて、いみじう愛じたる白き衣、かた木のかたは絵にかきたり。織物の唐衣どもの上に着たるは、まこ (注13)きんだ とにめづらしき中に、童 はまいてすこしなまめきたり。下仕へまで出でゐたるに、殿上人、/上逢部おどろき 興じて、小忌の女房とつけて、小忌の君達 (型2) 2 心もづか そんじゃうびと。 きよう は/外にあて物など言み、/ r瓦節の局を日も暮れぬほどにみなこぼちすかして、/ただあゃしうてあらする、/いとことやうなる事なり、その夜までは、/なほうるはしながらこそあら Anen coL fiひやう系 さもまどはさず、帳どものほころび結ひつつ、こぼれ出でたり。 小兵衛といふが、赤紐の解けたるを、「これ結ばばや」と言へば、 め」とのたまはせて、 現械の中将寄りてつくろふに、ただならず、 びきの味界の水は、ほれるをいかなる組の解くるなるらむ (地円) あしひきの山井の (州9) O. と言ひかく。年若き人の、/さる顕証のほどなれば、言ひにくきにや、返しもせず。そのかたはらなる人どももただうち過ぐしつつ、ともかくも言はぬを、 (地二) nる初 G司などは、/耳とどめて聞きけるに、/久しうなりげなるかたはらいたさに、こと方より入りて、女房のもとに寄りて、「などかうはおはするぞ」などぞさ (注18) (地9) さめくなり。/四人ばかりをへだててるたれば、よう思ひ得たらむにても言ひにくし、まいて歌よむと知りたる人のはおぼろけならざらむは、 かでか、 人柱20) つましきこそはわろけれ。よむ人はさやはある。いとめでたからねど、ふとこそうち言へ。爪はじきをしありくが、いとほしければ

回答募集中 回答数: 0
古文 高校生

実は国語ではなく、外国人向けの日本語の試験ですが、よければ説明してください。チェックした答えは正解じゃなくて、私が選んだ答えなので参考にはしないでください。

間 次の文章を読んで後の問に答えなさい< 死体ははたしてだれのものか。自分のものだとしても、死んだあとでは、所有権を実際に自分で主張す ることはできない。 法的には、そとはどうなっているのか。それを私は、実は知らないのである。障泉か ら、 年中扱っている6 のの、所有権が不明である。そんなことで、よく仕事が勤まる。そう怒られそうだ が、ならん党的には、 死体は加許のものである。しかし、ちょっとど糧像いただくとわかるはずだが、 抽話というのは、しばしば単数ではない。適産相続の場合なら、子供にはすべて、 平等の権利があるはず である。「ツェニスの商人」ではないが、それなら肉何ポンド分の権利が、それぞれの子供にあるか。そん な議論は、聞いたこともない。こういう議論自体が不証司だ。 私は死体を扱うのが仕事だから、そうは言っても、oそれを考えざるをえない。死体をめぐって、しば しばトラブルが生じるからである。 こう した演絵とした常識。その背景を知るためには、じつは日本の文 化そのものを追究せざるをえない。私の仕事は、いつの間にか、そういう 方向を向いてしまった。 遺族だって、決して明瞭ではない。 しばしば複数の遺族が出現することがあるからである。東京に住ん でいる遺放が親の解剖を承諾したが、田合から出てきた叶旋がそれに反対する。こういう例も多い。すで に解人が始まっているときに、「私は解前するとは聞いてたなかった、じつは反対だ」という親族が現れる。 これは、われわれがいちばん困惑するケースである。事前に十分に調べようと言ったって、よその家族の 事情だから、それは困難である。 解剖を承路しますと言っていただくだけで、当方としてたいへん感謝し ている。そこを押して、「お条いするようでもうしわけないが、もしかしたら、田舎のご親族で、解剖に反 対の方がおられませんか」。そんなことを、きけるはずがないではないか。 遺族に私が殴らちれたりするのは、ゅこうしたケースである。 仕事の上だから、別にどうということはな いが、250年の歴史を持っ解剖ですら、この国では、かならずしもきちんとした市民権を得ていないこと が、ゅよくわかる。 (人考本「死体市民権」「太陽』 No.359平凡社による)

解決済み 回答数: 1