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古文 高校生

古典 「に」の識別についてです。ひいた波線部のところの意味がわかりません。教えていただきたいです

種類 ①人にもあらず ①断定の助動詞「なり」の連用形 ②たまひにけり ②完了の助動詞「ぬ」の連用形 ③死に ③ナ変動詞の連用形の活用語尾 ④はなやかに 識別の方法 ①体言・連体形に接続。下に「ありさぶらふ・はべり」などが 付くことが多い。「である・であって」と訳せる。 ②連用形接続。下に過去完了の助動詞が付く。 ③上に「死」「往(去)」があり、「に」はその連用形の活用語尾。 ④事物の性質・状態を表す。 上に副詞「いと」などを付けること ができる。「に」の上は語幹なので主語にならない。 ⑤体言・連体形に接続。連体形の下には体言が補える。 ⑥上に場所・時間・理由・手段・材料などを表す語がある。 「…で」 「……によって」「……として」 「・・・にて」と訳せる。 ④形容動詞ナリ活用の連用形の活用語尾 ⑤片田舎に住み ⑤格助詞 ⑥芝の上にて ⑥格助詞「て」の一部 Ja 」 ⑦きに、 ⑦接続助詞 ⑦連体形接続。連体形の下に体言を補えず、「…が……ので・・・・と などの意で下に続く。「に」の下に読点(´)があることが多い。 ◎上の部分とともに連用修飾語となり、活用しない。 すでに 副詞の一部 「ね」の識別 係り結びに注意する。意味の違いも考慮する。 157 112 56 106 105 48 196 36 68 89 ページ

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古文 高校生

模試とかにでてくる初めてみる古文、漢文の問題だと全く内容が理解できなくて全然答えがあいません、😢 読解するのにポイントとかアドバイスあれば古文、漢文、どちらか片方だけでもいいので教えてくれませんか、??

聞きたり。 げんろく ばんじゅう あこう あきのたくみのかみながり とか こうずすげよしなが あだう 元禄十四年(一七〇一年)、江戸城内において、播州赤穂藩の藩主浅野内匠頭長矩が吉良上野介義央に斬りつける事件が起 浅野内匠頭は切腹のうえ、赤穂藩は取りつぶしとなったが、吉良上野介には何のお咎めもなかった。この処置に納得で きない浅野家の家臣四十七人は、元禄十五年十二月十四日に吉良邸に討ち入り、上野介を討ち取って主君の仇討ちを果たした。 彼らは死後「赤穂義士」として浅野家の菩提寺である泉岳寺に葬られた。本文に登場する、堀部弥兵衛、 安兵衛もこの赤穂義 士の一員である。これを踏まえて次の文章を読み、後の問いに答えよ。(配点 三〇) ぼだいじ せんがく 堀部弥兵衛が娘を幸といふ。かねて安兵衛を養子として変せんとする折から、国亡び、復讐の挙に及び、父の弥兵衛も夫の 安兵衛も、ともに世に亡き人となりにけり。これより前、かの復仇を思ひ起こしける志願に、母を伴ひ諸国の寺社に詣で、昨年 冬、伊勢の松坂にて、吉良家を襲ひ志を遂げたりといふことを聞き、喜びつつ京師にのぼりしころ、父子とも死を賜ふよしを (注3) ゆあみ (注2) においては、自分の僧江戸にありて一寺の住職たるに尋ね行きて、尼とならんことを願ひけるに、この憎もただ人に はあらで、「明日になりてともかくもせん」とて、その夜死者に沐浴さする所に入れて、ひさしめ試みるに、つゆばかりも恐るる 思なく、 こころよく寝なければ、「さては出家は遂ぐべし」とて、戒を授け法を伝へ、妙海と名付く。 (注5)しば しつつけ (注7) (注4) あうかい この後に芝泉岳寺の義士の墓の傍らに、かたばかりの庵を結び、父夫及び諸士の後を懇ろにとぶらひけるが、なほもと 僕の家の絶えたることを深くきて、官に訴ふることしばしばなければ、後には「なほこのうへ訴へ出でば、遠島の罪にも 打はるべし」とありしに、強ひてまた訴へければ、すでに罪に落ちんとしを、ある方の恵みをもて免れたり。ひたすら訴ふる とおよそ二十度にあまれりとぞ。 (200) arewe B - はな よってせめて志にとて、墓の前に常をかかげしに、 所縁ある諸侯より油の料、及び米・・のたぐひ絶えず与へふに より、乏しきことなし。 折々は盗人に奪はるることありしが、さる けしきを見せず、布施多ければ、貧しき者をして、己は ぬすびと 租服を身にまとひ、常燈をわざとして生涯を送れり。 あんたう (注6) あこうぎしてんいっせきわ 「赤穂義士伝一夕話」による)

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