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古文 高校生

高1で習う、児のそら寝という物語についてです。 問16番がよくわからないので教えてください。

63 問十六 この話からうかがえる児と僧たちの日ごろの関係について、五人の高校生が話し合いました。そのことについて、最も適 当なものを、次から選びなさい。 ア児は僧たちからの尊敬を集める一方で、可愛がられる存在でもあるね。敬語を使って話しかけているし、最後の大笑い からは温かなまなざしが感じられると思うな。 僧たちは児を厳しく教育し、児もそれに応えようと修行に励んでいるね。疲れから寝てしまった児にぼたもちを作って あげるとは、僧たちもなかなか思いやりがあるなあ。 ウ 児は僧たちに子供扱いされていて、まだ一人前として認められていないね。わざとらしい敬語の使い方や、最後の馬鹿 にしたような笑いなど、ちょっと児がかわいそうだと思ったよ。 エ僧たちの戒律を守った生活を見て、児は非常に感心しているね。僧たちの発言を期待して聞いていることから、自分も 大きくなったらあんな僧になりたいなという意志が感じられてほほえましかった。 オ児は僧たちに遠慮しているし、僧たちもまた児に遠慮しているんじゃないかな。児は自分の思うことを正直に話せてい ないし、僧も敬語を使って距離をとろうとしているみたい。 NA

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現代文 高校生

高三河合記述模試国語 必然と言えるのはなぜでしょうか。

Oli awai-juku.ac.jp c 模試ナビ x 【2026年度第・・・ -0 ★スタートページ + じゅぞう まど おんたけ から解放された時に結晶することもある。また木曽の御嶽の山の上に登って行者が大きく礼拝をしている姿を見て、鹿児 島寿蔵氏は「円か」というすぐれた人形のデザインを発見したというように、しかもそれは長塚節の歌を、五〇年来、い かなる人形にしようかと思って、窮め窮めていた、そういう長い努力の結果、たまたまそれは木曽の御嶽山の山の上で見 行者の礼拝の姿に、崇高な造型が誕生したというようなこともあるのである。 いずれにしても芸の修得ということは、きわめてすぐれた芸の創造ということにつながっていくということにおいて完 結するわけだが、それはいずれもなにものかを頼むとか、なにものかによるとかということではなくて、その人の個人の ナショナルな、国際的な評価をされうることにもつながっていくものであ る」とあることから、筆者は日本で広く認められた芸は、おのずと国際的 にも評価されるはずだと考えていることがわかる。 (注4) H ウについて。 鹿児島寿蔵については第五段落に言及があるが、これ は、本文解説 や 設問別解説 問三でも確認したように、芸の創造に 至る過程の一例として挙げられた事例であると考えられる。 鹿児島が最終 的に「『円か』というすぐれた人形のデザインを発見」することができた のは、「長塚節の歌を、五〇年来、いかなる人形にしようかと思って、窮 め窮めていた、そういう長い努力の結果」、「木曽の御嶽山の山の上で見た 行者の礼拝の姿」をきっかけとすることができたからである。 仮に鹿児島 が長塚の短歌を人形にするという課題を途中で放棄していたら、人形は具 現化しなかったはずである。とすれば、彼が半世紀にわたって自身の課題 を手放さなかったことは、最終的な人形の完成にとって「必然的な要件」 であったことになる。したがって、ウが一つ目の正解である。 ☑

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古文 高校生

古文解釈 この日本語訳を読んで状況が把握できません。 なぜ普段の寸法の位置に鉾があったら勝てなかったのか教えてください。よろしくお願いします🙇

対面して尋ねたところ、僧が言うことには、「過日の夜の夢に、この(北 野の)馬場で、賀茂神社の下級の神官と思われて、その人が) 馬場のはず れに縄を横に張って、 決勝地点の目印の鉾を手際よく用意していたのを、 夢 心地に不思議に思って尋ねると、院の右の番長秦久清の勝負のためのもので あると言うと思って(夢から覚めた。(だから) 賀茂の大明神のご配慮で、 (あなたは)勝ちなさるにちがいない」と告げたので、久清は、幼い頃から 賀茂神社にお仕えする者であるので、嬉しく期待できるように感じて、「勝 利の後、お礼は申し上げよう」と言って(僧を)帰した。 その競馬の勝負の)時になって、久清・敦文が組み合って、 敦文が、 先 に立って駆け) ていたが、少しだらしなく見えたので、久清は、相手を見 くびって、遠く距離を保ったまま(真剣に迫ろうとせず) 後を追ってしまっ た。(ところが、) 敦文の馬がすばらしく(久清の馬に)立ち向かって(勝負 をして)、まさに勝利が決まったという時に、(敦文が馬に) 鞭を当てるのを 止めて決勝地点の目印の鉾の(少し前の)所で安心して振り返ったところ に、久清が追いついて、敦文の上衣の襟首に手をかけて引いたので、敦文は (馬から)落ちて、久清が勝ってしまった。勝ったもののあまりに不思議 で、久清が、物差しを当てて (測って)見たところ、鉾が、いつもの地 点)よりも一丈(=約三メートル)以上遠くに立っていた。あの僧の(見 た) 夢も自然と思い合わせられて、(賀茂の)大明神のご配慮がおそれ多く 感じられた。もしいつもの位置に (鉾が)立っていたならば、とっくに負け てしまっ(てい)ただろうに。不思議だったことである。(久清は)この僧

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