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とくせい
9徳政論争8
えんりゃく
子のえとら
ちょく あ
てんか
(延暦二十四年十二月壬寅)勅有りて…天下の徳政を相論ぜ
あいろん
しむ。時に緒嗣、議して云く、「方今、天下の苦しむ所は、
ただいま
VO
ぞうさく
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S4う D
ひゃくせいやす
軍事。と造作。となり。此の両事を停むれば、百姓安んぜむ」
ま みち
かくしつ
ふかど
といふ。真道、異議を確執して肯へて聴さず。帝。緒嗣の議
よ
すなわ
ちょうは い
を善しとしたまひて、即ち停廃に従はしむ。
(「日本後紀」) |
えみし
へいあんきょう
かんい。
屈0軍事 : 東北経営(蝦夷との戦い) @造作 :平安京造営 帝:桓武天
じゅん な
『日本後紀』:八四○年に成立し、桓武天皇から淳和天皇までの事項を記」
述している。編者は藤原緒嗣ら。
に ほんこう き
ふじわらの お つぐ
あり
ふじわらの
【現代語訳】 延暦二十四(八〇五)年、桓武天皇は詔を出して…(藤原
緒嗣と菅野真道に)徳政について議論させた。その時に緒嗣が主張す
ることには、「現在、民衆を苦しめているのは東北経営と平安京造営
すがのの ま
です。この二大事業を停止すれば、人々の苦しみは無くなるでしょう」
という。真道は違う意見を主張して譲らなかった。桓武天皇は緒嗣
の意見を採用し、二大事業を中止させた。