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古文 高校生

火をともさざりければ〜尋ぬるに の意味と参上しないとはどこに参上しないという意味なのか教えて頂きたいです🙇‍♀️

係助 サ四用 尊補· 用 接助 形ク·用格助 名格助 カ下二·用 接助 名/形ク 名 中納言 顕基卿は 中納言顕基卿は、 |後一条院 ときめかし 給ひ て、若く より 官位 につけ て 恨み なか 後一条院が重用なさって、 若い時から官位について不満はな 用 過·終 名 格助 ラ下二·用 謙補· 用 完·用 過·己 接助 係助名格助 ハ下二·未 消·終 格助 名 格助 り けり。帝 に おくれ 奉り に けれ ば、「忠臣 は二君 に 仕へ ず」とて、天台楊厳院 に かった 帝に先立たれ中し上げてしまったので、「忠実な臣下は二人の主人に仕えない」と言って、天台携厳院に ラ四·用 接助 名 サ四·用 完·用 過,終 名 ラ下ニ·用 尊補· 巳 完-·用 過·体 名 名 格助 サ四·未 消·用 過·巳 助 のぼり て、頭おろし て けり。帝 かくれ 給へり ける 夜、火 を 灯さ ざり けれ ば、「いか 帝がお亡くなりになった夜、 のぼって 出家してしまった。 火を灯さなかったので 「どう |ある者が 謙サ四:用 過·体接助 顕基は 格助 ナ下二·体 接助 に」と 尋ぬる に、主殿司、新主 の 御事 を 務む とて、参ら ぬ よし 申し ける に、出家 して」と尋ねると、 名 名 格助 名 格助 マ下ニ·終 格助 謙ラ四·未 消·体 名 参上しないということを申し上げたので、出家 三六に 主殿司が、新しい帝の用事を務めるといって 格助名 形ク·用 ラ四·用 完-用 過体 格助 係助 間助 の心強く なり に ける と か や の志が強くなったということだ。 つれこゆ

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現代社会 高校生

➉を教えて下さい‼︎

木体制の )性の再確認 日米安保条約の再定義 1997年にガイドラインの見直し合意 1999年周辺事態法 政府はガイドラインの法的裏付けとして成立させる 2015 年新ガイドライン 周辺という地理的制約を撤廃 周辺事態法→重要影響事態法に改正した。 2015年周辺事態法→ (③ 重要影響 )事態法 防衛協力体制の拡大は日本の防衛政策の根幹である専守防衛の原則の否定ならないか 2003年 武力攻撃事態関連3法((④ 武ゆ攻撃 )事態対処法·自衛隊法の改正·安全保障会議 設置法の改正) 2004年 国民保護法- (⑥有酸連 2015 年 安全保障関連法一武力攻撃事態対処法 自衛隊法が改正され, 存立危機事態への対処が 加わった。※存立危機事態-日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃の発生により 国民の生命·自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険のある事態。 )7法制定=有事法制の基本的枠組み完成 自衛隊の海外派遣 背景-1991年の湾岸戦争を契機として, 自衛隊や日本の国際貢献の在り方が議論された。 国際貢献として自衛隊を派遣すべきかどうかが議論となった。湾岸戦争終結後政府は, 嫌い を撤去するという名目で掃海艇をペルシア湾に派遣した。 また 1992 年国連平和維持活動(PKO)協力法により, 初めての自衛隊の海外派遣(カンボジ ア) が行われた。 その後 (⑥モザンピーク)や (① ブラン商原 )などに派遣された。 2001年アメリカ同時多発テロ事件発生 テロ対策特別措置法成立 2003年(8 イクク )戦争勃発 イラク復興支援特別措置法制定一 「非戦闘地域」における人道復興支援活動·米軍などへ の安全確保支援活動を可能とするもの。 →戦時における他国領土上での初の活動。 「集団的自衛権の限定的な行使容認」の閣議決定 「集団的自衛権の限定的な行使容認」を含む安全保障関連法成立 2014年 2015年 ※上記の件により, 「日本国憲法が揚げる平和主義は大きな転換点を迎えた。」とは具体的にはどの ようなことか, 説明せよ。 ①. ※沖縄の基地問題 日本の国土面積のわずか 0.6%に過ぎない沖縄には全国の米軍専用施設面積の約 70% が集中し沖縄本島面積の約 14%が米軍専用施設で占められている。中でも嘉手納町ではその面積は 8割にもおよび市街地の中に基地があるところも多い。 沖縄の苦悩 1 騒音 誤爆 3 墜落事故 4 米兵による犯罪が繰り返し発生しても 日米地位協定は日本における治外法権をかなりの範囲で認めており日本の司法制度でさばけない。

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現代文 高校生

問4と問5の解説お願いします。 答えは④,①です。 わかる問題だけでも構いません。

0コ0コ ロロ同 のようなテーマが彼らにとっては全く「中立」に映らないだろうということです。もし私たちにとっ でその主題が「中立的」に見えるとしたら、それは私たちが「民主主義は当然のこと」という価値観 が普及した地域にいて、他の価値観をさほど想定せずに済んでいるからです。 理系が関わる例でも事情は変わりません。一九七○年代~八○年代の日本では、環境問題を研究テー ーマに選ぶ理系学生は民間企業での就職が大変になるといわれていました。マジョリティが環境問題」 に関心がなかった時代、敢えて環境に関心を持つことは「偏ったこと」とみなされかねなかったので」 す。現代ならこの感覚はむしろ逆でしょう。 「地球環境を気にかけること」も「民主主義を自明視すること」も、それぞれ一つの価値観であり、 政治的信念の一種です。ただ、その価値観がマジョリティにとって一般的になっている時代、地域で一 はそのことが目立たないだけです。 の うん。 もちろん、「テーマの選択が政治性を持つ」ことは仕方ないにしても、それは研究の過程に政治性が一 入り込むこととは違うのではないか、という指摘は可能です。 たとえば、公害問題や、歴史上の虐殺事件といった問題に対し、ある組織や人物にとって不利にな」 る証拠を隠蔽した上で論文を書いたとしたら、それは「政治的」かつ「党派的」なデータの隠蔽です し、研究不正に等しい行いです。 論争になりやすいのは逆のケース、すなわち証拠として用いる材料を広げる場合です。たとえば、 教育を受けた役所の人間が残した文書記録や、定量的に計測可能な証拠といった従来も用いられてい た判断材料だけではなく、知的障害をもつ人の数十年前の記憶や、コンピュータによるシミュレーシ ョンなど、確実さにおいて劣る要素を持ち込む場合、前者は「実証的」だが後者は違うとして、拒否」 されることがあります。そして、そのような不確かなものを研究の材料に使うのは、政治的な意図が あるからだと。キュウダンされたりするのです。 事例ごとに事情は違うので、一般化は困難なのですが、科学史を踏まえて私が思うのは、どちらか といえば、検証する対象を増やす方が、検証の厳密さを求めてそれを避けるよりは実りが多いのでは一 ないかということです。 1101八年現在、日本では過去の優生政策により障害者に対する強制的断種手術が行われたことが 問題視されていますが、これも最初は当事者の証言を真剣に聞き、証拠となる資料を探した歴史家の一 努力がありました。また、地球温暖化問題が前世紀半ば、最初に話題になったときには、それがシミ ユレーションに基づく推論であることが問題視されましたが、現在はそうした手法が科学的推論の一 (ahsg) つとして認知されています。 以上のことを踏まえるならば、むしろ、「複雑な対象を前にして、価値中立を掲げることが持ちうる 政治性」こそが念頭に置かれなければなりません。すなわち、マジョリティの価値観に浸っているた一 めに自らの政治性が自覚できていない状態のことを、「中立」という名で呼び変えていないかどうかを、 改めて問い直す必要があるでしよょう。 それに加えて、人間の理性の限界という問題もあります。実際、本人は真剣に研究をしている場合 でも、無意識のバイアスで、ある証拠を完全に見逃し、自分の論点を支持する証拠ばかり集めるとい うことがありうるからです。一世紀において、女性の知性が男性に劣るとの見解を出したいくつか の研究には、明らかにこのような傾向がみられました。 司寺に言えるのは、「学問は現実の対象に近づくほど不可避の政治性を帯びる」ということを踏まえ vそれでも「学問的方法論に根ざして言葉を紡ぐことの大切さです。物理学のような法則定立的な方一 AuDろ、歴史学のような個性記述的な方法にしろ、定量的な社会学のようにその中間的なものにし Lo、それは世界を認識する異なったやり方として、数世代にわたり様々なテストを生き残り、受け継 がれてきた人類の遺産なのです。

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