イギリスの革命と
議会政治の成立
17世紀前半、 イギリスでは、支配を強める国王と
議会との対立が深まり、 内戦となった。 議会派はクロ
しょけい
はい
ムウェルの指導で王党派に勝利し、国王を処刑して専制君主政を廃し、共
1599~1658
巻末 1
和政を打ち立てた(ピューリタン革命)。クロムウェルは、続いてアイルラ
1642~49
せいふく
かれ
ンドを征服し、独裁体制を敷いた。彼の死後、王政が復活したが (復古王政)、5
むすめ
再び国王が議会と対立したため、議会はオランダから国王の娘とその夫を
めいよ
招き、夫妻は王位についた(名誉革命)。議会は権利の章典を制定し、立憲
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1689
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こくさい
君主政が確立した。 その後、 イングランド銀行が創設され国債発行で多く
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【2巻末 1
の資金が調達可能になったイギリスは、対外戦争を有利に進めた。
p.24
植民地をめぐる 18世紀半ばまでにイギリスは、北アメリカ大陸の『
英仏の抗争
東海岸に 13 の植民地を建設していた。一方、フラン
スはカナダからルイジアナに連なる植民地を築いていた。 このため、両者
ふんそう
巻末 1
の間でたびたび紛争が起こり、やがてヨーロッパ諸国間の七年戦争とも連
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動して世界規模での戦争となった。イギリスは、この戦争に関連した植民
地での戦いで決定的な勝利を収めたものの、ばく大な戦費に苦しみ、その
結果、植民地の人々への課税を強化した。
アメリカ
1765
印紙税などの重税が、 植民地の代表者のいないイギリス本
独立革命 国の議会で定められると、 13植民地の人々は結束してこれ
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