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歴史 中学生

考え方と同時に教えて欲しいです。お願いします🤲

〔問2〕 政治の中心となった都市は,商業都市としても発展した。 とあるが,次のIの略年表は, (2) 鎌倉時代から室町時代にかけて、政治上で活躍した人物に関する主な出来事についてまとめた ものである。IIの文章は,ある都市についてまとめたものである。IIの文章で述べている都市 に北朝が置かれた時期に当てはまるのは,I の略年表中のア~エの時期のうちではどれか。 I 西暦 政治上で活躍した人物に関する主な出来事 II ほうじょうまさこ 1221 ●北条政子が御家人に対して将軍家の恩を・・ あしかがたかうじ ろくはらたんだい 説く演説を行った。 にったよしさだ 1333 ■足利尊氏が六波羅探題を攻め、新田義貞 が鎌倉を攻めた。 よしみつ 1404 ●足利義満が,中国との間で, 朝貢の形式 で貿易を始めた。 よしまさ 1489 1573 ●足利義政が, 金閣をまねて銀閣を建てた。 よしあき ■足利義昭が織田信長によって追放され, 室町幕府が滅亡した。 おだのぶなが ア イ ウ H ○この都市には, 8世紀から長 い間,朝廷が置かれていた。 ○この都市では, 9世紀に八坂 ぎおん やさか 神社の祭礼として祇園祭が 行われ, 10 世紀以降恒例と なったが,この都市を中心と して起こった争乱の影響で、 一時中断した時期がある。

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古文 高校生

さっきの投稿の続きです

内容 醍醐天皇の下命により編まれた第一番目の勅撰和歌 集。 (みみらくの島は) どこにあるというのか。 (亡き人がいる 612022 (全文解釈】 このようにして、あれこれすること(=母の葬式や後始末) などは、世話をする人が多くて、すべて済ませた。今となって はたいそうしみじみとした山寺に集まって、所在なく喪に服 して)いる。夜、眠れないままに、嘆いて夜を明かしながら、 山のあたりを見ると、霧は(古歌にあるように)ほんとうに麓 を覆っている。京もほんとうに(母の死んだ今は誰のもとへ 身を寄せようとしているのだろうか、いや、身を寄せるところ などない、さあ、やはりこのまま(この山寺で)死にたいと思 うのだが、私を死なせないようにしている人(=息子の道綱) がいるのは)ほんとうにうらめしいことだ。) こうして十日あまりになった。僧侶たちが念仏の合間によも やま話をするのを聞くと、「この亡くなった人の姿)が、 はっきり見える所がある。そこで、近寄っていくと、消え失せ てしまうそうだ。遠くからなら(死んだ人の姿が)見えるとい うことだ」「どこの国と言うのか」「みみらくの島と言うそう だ」などと口々に語っているのを聞くと、とても(その島の ありかを知りたくて、悲しく思われて、このように口ずさま ずにはいられない。 人 せめて母が)いるとだけでも遠くからであっても見たい。 (そのようなうれしい話で耳を楽しませるという言葉を) 名として持っているならば、私に(その島がどこにあるの か) 聞かせてほしい。 みみらくの島よ。ぐne と言うのを、兄にあたる人が聞いて、その兄も泣きながら、 ところと) 噂にだけ聞くみみらくの島に隠れてしまった人 (=母)を訪ねて行きたい。文さ こうしている間に、(夫はやって来て) 立ったまま面会して、 (別の日は使者もよこして)毎日見舞ってくれるようだけれど も、(私の方は)目下何も考えられない状態であるのに、(逢え ない)穢れの期間がじれったいこと、気がかりなことなどを、 わずらわしいく感じるぐらいまで書き連ねてあるけれども、呆 然としていたときのことだからであるのか、覚えていない。 (京の自宅へも(帰ることは)急がないけれども、自分の思 いどおりにはできないので、今日は、一同(山寺を)引きあげ る日になった。(山寺へ) 来たときは、(私の)膝に横になって いらっしゃっていた人(=母)を、何とかして楽なようにと気を つかっては、私自身は汗びっしょりになりながら、いくらなん でも(亡くなりはしないだろう)と期待する気持ちが加わって、 張りがある道中だった。今度は、ほんとうに楽で、あきれるぐ らいゆったりと乗っていられるにつけても、道中とても悲しい。 (家に着いて牛車から)降りて(あたりを)見るにつけても、 全く何もわからないくらい悲しい。(母と)一緒に(縁側近く まで) 出て座っては、手入れをさせた(庭の草花なども、 (母が)発病して以来、放りっぱなしにしてあったので、一面 に生い茂って色とりどりに咲き乱れている。(母のための)特 別に行う供養)のことなども、皆が各自思い思いに行ってい るので、私はただ所在なくぼんやりともの思いにふけっている ばかりで、「ひとむら薄虫の音の」という古歌を) ただもう すすき

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