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数学 高校生

(2)の紫のマーカーのとこでn-1は分母と分子入れ替わらないんですか?調和数列を等差数列に直してるからn-1/1になるとおもいました。

(1) 調和数列 20, 15, 12, 10, の一般項an を求めよ。 (2)初項がα,第2項がもである調和数列がある。 この数列の第 で表せ。 /D.4141 指針 数列{a}が調和数列 (a,≠0) 数列{2}が等差数列 000 nana.s 調和数列は等差数列に直して考える。 1 (1)各項の逆数をとると,{1/21/m 1 : 1 15'12' 1 10 20' が等差数列となる。 等差数列 まず初項と公差 1 nで表し,再びその逆数をとる。 an 1 1 (2)等差数列{1}の初項が 第2項が 1/ → 公差は b a a 基本 次のよう 例題 (1) 等差 (2) 初項 (3) 第8 指針 (1) 20, 15, 12, 10, 解答 から, 1 20'15'12'10' 1 1 となる。 ① が調和数列である ②が等差数列 1 bn= とする。 (b) an 解答 1 数列 ②の初項は 1 公差は - 20 " 15 一般項は 1 20 +(n-1)・ 1 20 n+2 = 各項の逆数をとる。 ɛea 1 であるから,bn+1-bn=d 60 18)е ◄bn=b₁+(n−1)d 60 60 II 60 よって、数列 ① の一般項 αn は an = n+2 II 逆数をとる。=1 1 (2)条件から, 1 が等差数列と ” a b' , an なる。 各項の逆数をとる。 爆 この数列の初項は 1 1 , 公差は 1_a-b - a b a ab ら,一般項は +(n-1) (a-b)n-a+26 ab よって, 調和数列の一般項 α は an= ab (a-b)n-a+26 1 1 a-b = an a ab であるかbn+1-bn=d ɛea=5d Jbn=b+(n-1)d 240 ■逆数をとる。 an = 1/ II

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古文 高校生

古文の読解について質問があります。 古文単語や古典文法はある程度覚えてきたのですが、それを実際の問題の中でどう使って解いていけばいいのかが分かりません。本文を読むときに、品詞分解や文法知識をどのように使って意味を取っていくのか教えていただきたいです。 また、2枚目の(ア)... 続きを読む

あぶつあずまくだ 第4問 次の文章は、「阿仏東下り」という物語の一節である。阿仏は、亡き夫が遺した荘園を巡る訴訟のため、都に息子たち を残して鎌倉に下ることにした。本文は、富士山の麓あたりまで旅を続けて来た阿仏が体調を崩し、宿を借りたところから始ま 4の番号を付してある。(配点 45 ) る。これを読んで、後の問い(問1~4)に答えよ。 なお、設問の都合で本文の段落に ここち 1 これより風邪の心地とて、いたはりへるほどに、力なく宿を求めて、疲れをしばらくいたはり侍りけり (注1) あるじ 主言ひけるは、 (注2) 。 「やむごとなき御身として、折ふし三冬の半ばに、はるばるの御歩行なれば、疲れにこそおはしますらめ」と、十日ばかり いたはりりて、「これよりも鎌倉へは、何方へか御こころざしあるらむ。送り奉らむ」と聞こゆるほどに、こよなくうれしく (注3) こし 「比企谷といふ所に親しき人のありければ、この所へ送りてむ」 とあるほどに、主、輿を用意して乗せ奉り、ほどなく鎌 倉にては、比企の谷といふ所にぞ届け侍りけり。縁の人なりければ、はるばる下り給へるこころざしを、「いかばかり」とあは れみて、よくよくいたはり参らせけるほどに、旅の疲れなれば、ほどなくもとの心地し給ひけり。 (注4) くじ 2 さて、ここにしばらくおはして、鎌倉の公事ども聞き給ふに、まことに世の政事つかさどり給ふとて、天が下の人々、高 (注6) miin (注5) もしも集まりて、門の門に市をなせり。ここに執政の縁につきて、よきったよりありければ、ひそかにことの様を 言ひ入れければ、よにあはれにとぶらひて、「気色をうかがひて沙汰にあづかり給へ」と言ふも頼もしく、力づきてぞ見給ひ (注7) にける。 dくないん はつこのきば 3 さるに心許して 光陰送り給へるほどに、その年もはやうち暮れて、あらたまの春にもなりゆけば、東風吹く風もやはら (注8) かけひ つらら かに、のどけき空に鶯の、うら若き初声を軒端の梅におとづれて、枝をつたふもとやさし。懸樋の氷柱解けぬれば、ゆ 水の音ものどくて、ぶもやすき心地せり。 人ごころ懸樋の水にあるならば世はすぐさまにことや通らむ 4 かかるほどに、君の北の方、聞こし召して、「あなあはれや。子を思ふ道には身の苦しびをも顧みず、はるばると東の奥に (注10) しうしや (主) 下り給ふことのはかなさよ。 このみなし子の父は、世に名を留めし和歌の秀者にて、帝の御宝と聞こえし。 かかる人のあとな れば、いかでか遺跡を絶えし果てむとは思し捨つべき。かひがひしくも、足弱の身として東の旅におもむき給ふことこそ 便にはおぼゆれ」とて、さまざまの物ども贈らせ給ひて、つねにとぶらはせ給ふぞありがたき。 (注) 1主宿の主人。 7 2 三冬の半ば旧暦の十一月。 3 比企の谷 鎌倉の地名。 鎌倉の公事ども鎌倉幕府の訴訟に関すること。 5 権門の門 鎌倉幕府の有力な役人の家の門前。 6 執政の縁につきて鎌倉幕府の権力者の縁者に関して。 沙汰ここでは、裁判の意。ニ 8懸 水を引くために竹や木を掛け渡して作った。 9 君鎌倉幕府の将軍。 10 このみなし子の父 「みなし子」は、 ここでは、父親を失った子の意で、阿仏の産んだ息子たちを指す。 「父」は、亡き夫の藤原為 せんじゃ 11 遺跡 ここでは、歌道の家の伝統の意。 家のこと。 為家の父定家は「新古今和歌集」の撰者、祖父俊成は『千載和歌集』の撰者で、為家自身も勅撰和歌集の撰者となっていた。

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