学年

質問の種類

地学 高校生

(1)おねがいします

月のある日,兵庫県A市において大陽が南中した時刻に大陽を観察した。 次の い。 C1 いに答えなさい。 C1 スのか TaU察】 望遠鏡に、図1のように太陽投影板をとりつけ、直径 10cmの円をかいた記跡 用紙を固定した。次に、望遠鏡を太陽に向jけ,接眼レンズと大陽投影板の位置を調 して、太陽の像を記録用紙の円の大きさに合わせて投影し、黒点の像の位置と形を記 録用紙にスケッチした。 ー(1)この観察を安全に行うために注意することに ついて説明した次の文の に入る適切な T 日よけ板 (しゃ光将 語句を書きなさい。 像 太陽の光は非常に強いため,直接太陽を 見ることがないように,望遠鏡の CO レンズにはふたをしておく。 記録用紙 (2)黒点について説明した次の文の に入ることばとして適切なものを、 あとの 91.8% ア~エから1つ選んで, その符号を書きなさい。 ためである。 黒点が,黒く見えるのは, イ. 衛星が影をつくっている ア. 黒い物質が集まっている エ. プロミネンスがある 図2 ウ. 周囲より温度が低い 正答率 7.3%」 (3)図2の記録用紙上には, 円形の黒点Pの像が, 太陽の像 の中央部に観察された。黒点Pの像の直径を計測すると 直径は地球の109倍であるとす

未解決 回答数: 1
理科 中学生

この問題の右側の(3)の②③が解説を読んだけどよく分かりませんでした。 誰か教えてください🙏

2 優子さんは、 秋に訪れたT城量(かつて城のあった跡)の山上から眼下に雲海が広がっているよう すを観賞した。 この現象について興味をもった優子さんは、 先生と実験や会話をしたり, 資料を調べ たりした。表9は、 資料で調べた気温と飽和水蒸気量との関係をまとめたものである。 実験I 理科室で、 金属製のコップに、 (3) 実験Iの結果から,空気の体積が変化すると温度が変化することがわかる。優子さんが資料を調 べたところ,ふくまれる水蒸気量が飽和水蒸気量に満たない空気が100m上昇すると、その温度は 1.0℃変化し,飽和水蒸気量に達した空気が100m上昇すると、その温度は0.5℃変化することがわ 図10 表9 かった。 室温と同じ20℃のくみおきの水を入れ た。図10のように, ガラス棒でかき混 ぜながら氷水を少しずつ加えると、水 温が10℃になったとき, 金属製のコッ ーガラス棒で かき混ぜる。 温度計 気温 飽和水蒸気量 0 実験Iで、ピストンを素早く引いたときのことについて述べた次の文章中のあ~⑤から, 正し いものを選び,それぞれ記号で答えなさい。 乾燥した空気も湿った空気も, ピストンを引くとその空気の体積は⑥ (ア 大きく さく)なり,その温度は① (ウ 高く ンを引くときのように変化するのは, 空気のかたまりが⑤(オ 上昇 が変化したときである。 2 地表付近にある乾燥した空気(湿度0%) のかたまりがあたためられて温度が30℃になったと する。このとき, 空気のかたまりは膨張して密度が小さくなる。このため, 地表の大気の温度が 26℃であれば、それよりも温度が高い空気のかたまりは上昇する。 空気のかたまりがある高度ま [g/m) 35 39.6 30 30,4 イ小 エ 低く)なった。 空気のかたまりの体積が, ピスト 氷水 プの表面がくもり始めた。 (1) 実験Iで、金属製のコップの表面が くもり始めた温度を, このときの空気 の何というか。 (2) 実験Iのときの, 理科室の湿度は何%か。小数第一位を四捨五入して, 整数で答えなさい。 25 23.1 20 54 17.3 カ 下降)して、 高度 9cち V。 金属製のコップ 15 12.8 10 9.4 ;8 しっど 5 6.8 で上昇して変化した温度と, その高度での大気の温度が等しくなると,空気のかたまりは上昇し たり下降したりすることなく, その高度にとどまる。まわりの大気の温度と高度の関係が、【優 子さんと先生の会話1】の下線部のようであるとして, この空気がとどまる高度が何mか, 求め なさい。 【優子さんと先生の会話1】 優子:先日T城雄で早朝に雲海ができているのを見てきました。 前の日からよく晴れていて, 風 もふいていませんでした。 雲海はこのような条件のときに見られるそうです。 先生:なるほど、 そうですか。 ではT城吐の雲海について考える前に,一般的な雲のでき方を確 認しましょう。空気のかたまりが上昇するのはどんな場合ですか。 優子:空気のかたまりの密度が, まわりの大気の密度より小さい場合に上昇します。 先生:空気の密度が小さくなるのは, どんなときですか。 優子:空気があたためられ、 温度が上がって膨張したときです。 先生:そうですね。 同じ高度で比べれば, 空気の密度はほぼ温度で決まると考えてよいです。 あ たためられた空気のかたまりは上昇し, その温度がまわりの大気の気温と同じになるとこ ろまで移動して止まります。 う 3 地表付近にある温度30℃, 湿度31%の空気のかたまりが大気中を上昇するとき、 雲ができ始め る高度として、最も適当なものを次のア~エから一つ選び, 記号で答えなさい。ただし、 表の気 温と飽和水蒸気量の値は, 上空に上がった空気についてもあてはまるものとする。 ア 約1000m じょうしょう ーo 15 【優子さんと先生の会話2】 イ 約2000m ウ 約3000m エ 約4000m ぼうちょう 1.6 先生:雲海は山上からはどのように見えましたか。 優子:私が雲海を見た山は, 海面からの高さが350mほどしかあり ません。それよりも下のほうに雲が広がって見え, 上は雲が なく晴れていました。雲はどうしてそんな低いところにでき Tサ 優子:高度が大きいほど, まわりの大気の温度は低いのですよね。 先生:はい,空気は光を通すので, 太陽の光のエネルギーは大気を通りぬけて地表をあたため, 地表の熱により地表付近の大気の温度が上がります。 このため, ふつう高度10km程度ま では上空ほど温度が低く, 大気の温度は,高度が100m上がるごとに0.6℃ずつ低くなって います。 優子:空気のかたまりが上昇するとき, 空気のかたまりの温度はどうなるのですか。 先生:それについて, 実験Iで調べてみましょう。 たのですか。 T城峠の下にひろがる雲海 先生:昼間にあたたまった地表は、, その熱が夜間に 「赤外線」 という見えない光のエネルギーと して放出されます。 晴れて雲のない日は、この赤外線が大気を通りぬけて直接宇宙空間へ はうしゃ 逃げていくので、地表がいつもよりよけいに冷えます。このような地表の冷え方を「放射 れいきく 冷却」といいます。 風のない日に、 深夜から夜明け前にかけて放射冷却が起こると, 地表 てき きり 付近に冷えた空気がたまります。 空気がある温度にまで下がると空気中に水滴ができ、 晴れて風のない夜は霧が発生しやすいのです

回答募集中 回答数: 0
理科 中学生

至急です! ⑶なぜこういう線になるのでしょうか? わかる方教えてください😖

al カのつり合いについて調べベるため,次の実験を行いました。これに関して, あとの(1)~(4)の間い に答えなさい。ただし,ばねばかりは,水平に置いたときに針計が0を指すように調整してあるもの とします。また, 糸の質量と伸び縮みは考えないものとします。 Cに 実験 0 図1のように,板に固定したばねばかり Aに糸をつけ,ばねばかり Aにつけた糸に2本 のばねばかりB,Cを結びつけた。 2 図2のように,2本のばねばかり B, Cを同じ向きに引き,ばねばかり Aが1.4Nになっ たときの,ばねばかりB, Cが示す値をそれぞれ調べた。 ばねばかりAにつけた糸の結び目がある位置を点0とし, 点Oとばねばかり Aの中心を 通る線を基準線とした。その後,図3のように,点Oが基準線にそうように引きながら、 基準線とばねばかりB, Cとの間の角x,vの大きさが等しくなるようにして,ばねばか りB, Cが示す値をそれぞれ調べた。 の 点0が基準線にそうようにしてばねばかり B, Cをそれぞれ異なる向きに引いたところ, 角yは90度になり,図4のようになった。このときの,ばねばかり B, Cが示す値をそれ ぞれ調べた。 図1 図2 ばねばかりB ばねばかりA 06 14N 結び目 結び目 ばねばかりB ばねばかり A ばねばかりC 糸 ばねばかりC 図4 図3 ばねばかりB ばねばかりB ばねばかりA ばねばかりA 0 基準線 ばねばかりC ばねばかりC 固定するくぎ

回答募集中 回答数: 0
現代文 高校生

現代文の100字要約の問題です。 上手くまとまらず、悩んでいるのでわかる方教えていただきたいです。

現代文の文章ですが、松尾芭蕉以降の近世の世界観を逃 さてここで、「山吹や蛙飛びこむ水の音」に戻ろう。このようにかはづの和 歌の歴史を見てくると、「山吹」「かはづ」「水」という組み合わせはさほど不 思議ではない。しかしここにはすでに、和歌の観点から見た場合、重大な欠落 がある。それは「鳴く」という言葉の欠落だ。連歌集である『蒐玖波 集』の 歌でさえ、「なにごとのあらそひか有る鳴く蛙」と、かはづは鳴くことになっ ている。しかし芭蕉はかはづを鳴かせなかった。「蛙飛びこむ水の音」という 着想だけでも、これは和歌の言葉を通して見た自然ではなく、その隙間を縫っ て芭蕉自身が発見した新しい自然だった。かはづは鳴かない。なんと、ぶざま にも水に飛び込んだのである。そして山吹の問題だ。其角は和歌の歴史から 言って当然のように山吹をつけた。なにしろかはづが鳴かないのだから、せめ て山吹でもないことには歌の道に連なることができない。しかし(芭蕉は即座 にそれを退け、やがて「古池や」に至ったという。結果としてここに、「山吹」 も「清流」も「鳴く」も無い、無いものだらけのかはづの句ができた。千年の あいだ続いたかはづの自然は、ここにあとかたも無く崩壊したのである。 それにしても、このような和歌の歴史の中で考えてくると、なんと革命的な 句なのだろう。単に和歌で必須とされる要素が無い、というばかりではない。 鳴く」に対して「 I」が対時され、「声」に対して「 Ⅱ 時され、「清い」に対して「一 D の文章を読み、あとの設問に答えよ。 芭蕉は「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」と言ったという。『三冊子』 はこの言葉について、「X私意をはなれよといふ事也」と書きとめている。魔 末保は、このようなことが言われるには、「松が、まさにそこにある松、つま り、 即物的に接することのできる松として出現しはじめた時代だという前提が なければならない」と論じた。これは「江戸時代にとって自然とは何であった か」という問題を考える上での根幹である。我々の時代はすでにそういう時代 が始まってから久しく、物は「即物的に」物でしかないのが当たり前になって しまった。そうでなければ、これほど環境は悪化しないし、これほど多くの物 が平然と消費され捨てられたりはしない。それゆえに、近世という時代が始 まって間もなく、芭蕉や西鶴や近松に何が起こっていたか、よほビ自夏刀b かせなければ理解できないのである。(中略) A自然はすでに近世において、ただの樹木や石や水という「物」になってし まった、と考えられる。それまでは表現するだけで自然の力を感じさせた雅語 (たとえば和歌の言葉)や雅の絵画(中世山水画など)さえももはや力を持た ず、貨幣経済の中でひたすら自然が消費されていくようになった。遊山を描く 扉風絵や旅を書きつける旅行記などは、まさにそのような消費対象としての 自然(自然の俗化)を調歌しているわけだが、同時に、このような「物」とし ての自然の出現は、新しい文学をもたらすことにもなったのである。 芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」の句は、作られた時のことが「葛の松 原』に書かれている。『野ざらし紀行』の旅を終えて江戸に戻って一年ほど後 のことだ。旧暦三月の暮れ、江戸の郊外に遊んだ。雨が静かに降り、風柔らか に吹き、ときたま蛙が水に飛び込む。芭蕉は「言外の0フゼイこの筋にうかび て、蛙飛びこむ水の音 といへる七五は得給へりけり」という。このとき芭蕉 は七五のみ想い浮かんで、上の言葉は浮かばなかった。するとそこにいた其角 小、上を付けた。それが「山吹や」である。ここに、「山吹や蛙飛びこむ水の 昔」という発句ができあがった。この其角の案はもっともで、まさに和歌に連 なる句の世界としては、まっとうな作だった。そしてそこには、Bまだ近世の 俳人たちを支配していた自然観がかいま見える。 『万葉集』にいう。「かはづ鳴く清き川原を今日見ては何時か越え来て見つつ 偲はむ」||かはづは必ず清い川、澄んだ水にいる。そしてかはづは必ず「鳴 く」。澄んだ水でないと生息しない蛙のうち、和歌の世界でその美しい鳴き声 が詠まれるのはたった一種類、かじか蛙だけである。『万葉集』に始まった 「かはづ」の歌は、つまりかじか蛙だけのための歌であり、そうであるからに は「澄んだ水、清流」そして「鳴く」という二つの言葉が不可欠だったのであ る。「かはづ鳴く神名火川に影見えて今か咲くらむ山吹の花」 は、神社のある場所の川のことをいう。ここでは飛鳥川か竜田川だ。この歌に は山吹の花が出現する。「清流」「鳴く」「山吹」の三つの言葉がこうして、「か はづ」とセットになって現れるようになる。「かはづなくるでの山吹ちりにけ り花のさかりにあはまし物を」 |これは『古今和歌集』の歌だ。井出の玉川 は山城の国の川のことだが、「玉川」は清流を意味する。川は清流でなくては ならず、水は、常に流れて水を入れ替える=でよくてはよう!よい。「匹こよく pv しゅう が対 日 」が対時され、「流れる川」に対して 」が対時されたのである。古池とはどんな池だろうか。まず流れな い。水が入れ替わらない。澄んでいない。その底には、枯れ葉や木の残骸や動 物の死体が腐って堆積し、間違いなく濁っている。その周辺には苔や菌類や古 木や下草がいつも濡れてじっとりと生きていて、数え切れないほどの生命が地 を這っている。古池とは歴史の堆積であり、生命のるつぼなのだ。そこに蛙が 飛び込めば底の堆積物は一気に舞い上がり、水はさらに濁るだろう。かじか性 がそういう環境に暮らせるはずがなく、ここに登場する蛙はがま蛙や殿様蛙 牛蛙など、そのあたりで庶民が日常的にみかける生命力旺盛な蛙に違いない。 Vト さらに言えば、古池が川と違うところは、ふだんはじっと動かないところ だ。まるで川は我々人間の意識の流れのようであり、古池は我々人間の無意識 の堆積物のようである。みじろぎもしないその濁り水に突然一匹の蛙が飛び込 む、というその一瞬に起こるハモンのざわめきは、記憶の堆積と無意識に起 こるざわめきのようだ。何が起こったのか。周知のように禅では、座禅の際に このざわめきを意図的に起こす。p意識によって隠された連関への目覚めをも たらすためである。 芭蕉はこの句から、風雅の道を見つけたと言われている。すなわち、蕉風の 確立である。蕉焦風では、言葉の革命と新しい境地の創造が、確かにあった。そ トトキA+ -神名火川と れは、和歌の言葉の背後に隠された自然を、詩の言葉として発掘するというこ とだった。「木のもとに汁もなますも桜かな」 ーごく日常的な食べ物の出現。 J るャ 了東風々に糞のいきれを吹きまはし」 ふがん人のうしろむき」 -排池物も詠まれる。「団扇もて -まるで浮世絵のように、俗世の人の姿を捉える。 うぐひす、みづにすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれか うたをよまざりける」と、『古今和歌集·仮名序』にも言う。もはやかはづは 驚と同じくらい、和歌の世界のスターとなった。それもその美声ゆえであっ た。いったんスターとなったからには、代表的な和歌の集に登場し続ける。 海くれて鴨のこゑほのかに白し」||思い切りのいい不定形。声が色とL て眼に見える。和歌の言葉の繰り返しの中で日本人の脳裏に形成された定型E 自然観は、このように次第に崩れてゆき、江戸時代になってそれは新たな自 世界を構成することになった。私たちの今日の自然観は、和歌のそれではな~ 俳譜の自然観にずっと近い。 傍線部 a.bの漢字の読みを記せ。 (日留) (田中優子『江戸の自然,

回答募集中 回答数: 0