学年

質問の種類

現代文 高校生

高校一年生 現代文 「ふしぎと人生」について 十二段落の[〜自分の気持ちもそこに込められているのではなかろうか]のところの「その」とは何を指しているのか 十六段落の〔〜存在全体に関わるものとして、〜〕というところで、神話が「存在全体に関わる」のはなぜか この二つを教え... 続きを読む

75 ふしぎと人生 に表す ふしぎと人生 はやお 河合隼雄 人間は毎日生活している間に、「あれ、ふしぎだな。」と思うときがある。それにも大 学びの位置 心から消せなそ、詳しく 調べたり考えたりすること 小さまざまがあり、ふしぎだと思いつつすぐ心から消えてしまうのと、あくまでそのふし生活の中の「ふしぎ」なことを しぎさを追究していきたくなるのと、相当に程度の差がある。 ②「ふしぎ」の反対は「当たり前」である。大人はだいたい「当たり前」の世界に生き ている。ところが、それを「当たり前」と思わない人がいる。 5 1 万有引力 質量を持つ すべての物体の間に働 く、引き合う力。 Newton (一六四~一七七)。 優などイギリスの数学者・物 考えて りんごが木から落ちるのを見て、「ふしぎだな。」と思った人がいる。この人はそれだ「ふしぎ」ニュートン けではなく、その「ふしぎ」を追究していって、最後は「万有引力の法則」などという 大変なことを見つけ出した。りんごが木から落ちることは、それまで誰にとっても「当 たり前」のことだったのに、ニュートンにとっては、それを「心に収める」のに大変な 努力が必要だった。そして、彼の努力は人類全体に対する大きい貢献として認められた。 p 「人間は必ず死ぬ。」 これも当たり前のことである。しかし、これを当たり前と思わず、 「人間はなぜ死ぬのか。」と考え続けた人がいる。釈迦牟尼は、それを心に収めるために、 3し 家族を捨て、財産も捨てて考え抜いた。彼の努力の結果、仏教という偉大な宗教が生まふしぎ」 れてきた。これも人類に対する偉大な貢献となった。 ⑤このように考えると、「ふしぎ」と人間が感じるのは実にすばらしいことだと思われ る。特にほかの人たちが「当たり前」と感じていることを「ふしぎ」と受けとめる人は、 なかなか偉大である、といえそうである。 ⑥子どもの世界は「ふしぎ」に満ちている。小さい子どもは「なぜ」を連発して、大人 に叱られたりする。しかし、大人にとって当たり前のことは、子どもにとってすべて「ふ しぎ」といっていいほどである。「雨はなぜ降るの。」「輝はなぜ鳴くの。」あるいは、少し手 が込んできて、飛行機は飛んで行くうちにだんだん小さくなっていくけど、中に乗ってい る人間はどうなるの、などというのもある。これらの「はてな」に対して、大人に答えを 聞いたり、自分なりに考えたりして、子どもは、自分の知識を蓄え、人生観を築いていく。 子どもの「ふしぎ」に対して、大人はときに簡単に答えられるけれど、一緒になって くなったりする。 「ふしぎだな。」とやっていると、自分の生活がそれまでより豊かになったり、おもしろ 子どもは「ふしぎ」と思うことに対して、大人から教えてもらうことによって知識を 吸収していくが、ときに自分なりに「ふしぎ」なことに対して自分なりの説明を考えつ 5 Isaac する理学者・天文学者。 ◆「心に収める」とは、(納得す どういうことか。心にする 前?~ 3 釈迦牟尼 前? 仏教の開祖。 本名はゴータマ・シッ ぶっだ ダールタ。仏陀・釈尊 などとも呼ばれる。 偉人はふしぎ」に収めることが できなかた 追求した ニュートンや赤 追求する努力 対する偉大な貢献をするかと ほかの人たちが「当た り前」と感じているこ とを「ふしぎ」と受け とめる人が、「偉大で ある」のはなぜか。 「う」と思うで、どう 大人に答えを開 の 若えたり自分なりに考えて 人生を築 き 追究貢献 人生観

回答募集中 回答数: 0
倫理 高校生

倫理で体調不良が続き授業に出れなかったのですが、ここの流れがよくわからなくてどう理解すればいいのか教えて欲しいです。 また定期テストに出そうな感じのものとかも教えて欲しいです

冷える。 万人受けしない 2.古代ギリシャの歴史 沿岸部中心に発達、内地は痩せ (果樹栽培や羊の牧畜中心) ※古代オリエント (メソポタミア、エジプト) から多くの文化を継承 まと 「エーゲ文明」前3000年一前1200年) エーゲ 一攻められる心配 クレタ文明 (前2000年-1400年頃/クレタ島) クノッソス宮殿、開放的 攻められる心配ない カレタ ミネ ありある ⇒クレタ文明、 トロイア文明を滅ぼす ミケーネ文明(前1600年-1200年頃/ ギリシャ本土) ギリシャ神話の舞台 城壁がないbut下にはラビリキトスどう 迷路がある 【暗黒時代】(前1200年前800年頃) ) Ex) シュリーマン 『古代への情熱」 ドイツの人 ⇒移住後、4イオニア人、アイオリス人、ドーリア人に分化 【古代ギリシャの繁栄と衰退】 (前9C-前338年) ⇒ソクラテスが活躍した黄金期 4 など 南下してきた ギリシャ 「オリンピア」 →オリンピック ミケーネットロヤ文明を探 暗黒時代 小アジア西岸、エーゲ海の島々に移住 始まりは 哲学 「知を愛する」 話す言葉(広)が異なるため区別戦力勝負 文化部 V.S. 「鉄器」なる!? 仲よくようぜ! 体育部

回答募集中 回答数: 0
倫理 高校生

【高校倫理】この問題の答えを教えてください😭お願いします。

24 古代ギリシアの哲学者についての説明として最も適当なものを. 次の①~④のうちから選べ。 ① ソクラテスは, 魂を何より大切にせよと説き, アテネ市民の魂をできるだけ優れたものにするために, その当時に知者とされた人々の考えを批判的に吟味し、その成果を著作として残した。 ②プロタゴラスは, 人間の感覚や判断を超えた普遍的真理を探究し, ノモス的なものに対する人々の関心 を増大させた。 言葉の技術を用いた彼の活動は, ソクラテスに大きな影響を与えた。 ③ プラトンは, ソクラテスを主人公とする多くの対話篇を残した。 そこでは、真理を求めたソクラテスの 精神が継承されており、善く生きるための探究を担うのは理性であるとされた。 ④ プロティノスは, 神秘主義的立場からプラトンのイデア論に独自の解釈を加えて発展させ、万物には善 と悪との二つの根源があり、これらの根源からの流出により世界が構成されると説いた。 <2020年追試〉 25 次のア~ウは古代ギリシアの古典や思想家についての説明である。その正誤の組合せとして正しいものを. 後の①~⑧ のうちから一つ選べ。 ア 『イリアス」 と 「オデュッセイア」においては, 神々が運命を司り、 世界の様々な事象を引き起こすと いう神話的な世界観が展開されている。 イゴルギアスは「あらぬものについて」 で, あらゆる物事について、 実際にありはしない, あっても理解 できないし、理解できたとしても言葉で伝えられないと論じ、 議論によって得られる真理に疑いのまなざ しを向けた。 ウエピクロスは、 あらゆる現象は原子の働きに基づくという知が, 人間を、 迷信や死への恐怖から解放し 得ると考えた。 ① ア ウ正 ②ア正イ正 イ正 ③ ア正 イ誤 ウ正 ④ア正 イ誤 ウ ⑤ ア イ正 ウ正 ⑥ ア イ正 ウ誤 ⑦ ア誤 イ誤 ウ ⑧ ア誤 イ誤 ウ誤 < 2022 年改 >

回答募集中 回答数: 0
倫理 高校生

至急‼️この問題の答えと間違ってる部分を教えてほしいです。

プラトンの立場に対して、アリストテレスは自己実現としての人間の幸福を別の仕方で論じている。 アリ ストテレスの幸福についての記述として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。 ① 人間の幸福とは苦痛によって乱されることのない魂の平安であり、これを実現するには、公的生活から 離れ、隠れて生きるべきである。 ② 人間の幸福とは肉体という年獄から魂が解放されることであり、これを実現するには、魂に調和と秩序 をもたらす音楽や数学に専念するべきである。 ③ 人間の幸福とは自己自身への内省を通して. 宇宙の理と通じ合うことにあり、そのためには自らの運命 を心静かに受け入れることが大切である。 ④人間の幸福とは行為のうちに実現しうる最高の善であり、これを実現するためには、よき習慣づけによ る倫理的徳の習得が不可欠である。 <2003年追試> 2 ヘレニズム時代になって提唱された哲学・思想についての記述として最も適当なものを、次の①~④の うちから一つ選べ。 ① 戦乱により崩壊したポリスに縛られることなく、個人の内面に目を向け、 人間の幸福は魂の自由と平安 にある, とする考え方。 ②知恵のを具えた哲学者が、善のイデアを基準にして国家を正しく治めることにより、国家の正義が実 現されるという考え方。 ③ 魂の徳が何であるか,その定義を知ることによって、 徳を具えると同時に幸福な人になりうるという 考え方。 ④ 自然現象の根底に存在する不変の原理であるアルケーを,ロゴスによって探求するべきだとする考え 方。 <2007年追試 > 21 理想的な生き方を考察したヘレニズムの思想家についての説明として最も適当なものを、次の①~④の うちから一つ選べ。 ① エピクロスは、あらゆる苦痛や精神的な不安などを取り除いた魂の状態こそが、 幸福であると考えた。 ②エピクロスは、 快楽主義の立場から、いかなる快楽でも可能な限り追求すべきであると考えた。 ③ ストア派の人々は、人間の情念と自然の理法が完全に一致していることを見て取り, 情念に従って生き るべきだと考えた。 ④ ストア派の人々は、いかなる考えについても根拠を疑うことは可能であり、 あらゆる判断を保留するこ とにより、 魂の平安を得られると考えた。 <2021年本試〉 2 次の文章は ストア派の理法の考え方を発展させたキケロが,法の位置づけについて述べたものである。 その内容の説明として最も適当なものを下の①~④のうちから一つ選べ。 まるで盗賊が寄り合って制定した規則同様に、法律という名とは関わりのない多くの有害無益な規則が諸 国に制定されているのは、驚いたことだ。 例えば、 無知で無経験な人間が薬の代わりに致死の毒を処方した 場合、それは医者の処方であるとはとうてい言えないように、 国家の場合にも、たとえ国民が有害な規則を 受け入れたとしても、それは法律の名には値しないのだ。 したがって、法律とは正邪の区別にほかならず。 同時にまた. 万物の根源であるあの太古以来の自然というものの表現でもあるのだ。 そして、悪人を罰し善人 を守護する任を帯びた, 人の世の法律は、この自然を範として定められたものだ。 (『法律について」より) ① 法律は自然に従って定められる限り、善人と悪人を公正に裁くことができる。 というのも, 太古以来 善人の総意によって、 自然そのものが管理され、 形作られてきたからである。 ② 法律は自然に従って定められる限り、善悪と正邪を誤りなく区別することができる。 なぜなら、法が模 範とすべき原初からの自然は、 あらゆるものの根源でもあるからである。 ③ 法律は自然に従って定められただけでは、善人と悪人を公正に裁くことはできない。 というのも、法律 を用いるのは国家であり、 それを構成する国民は自然とは関わりがないからである。 ④ 法律は自然に従って定められただけでは、善悪と正邪を誤りなく区別することはできない。なぜなら、 豊富な知識や経験に基づかなければ、法律は有害なものともなり得るからである。 <2016年本試〉 「人間の本性を踏まえた上で、人はどう振る舞うべきだと考えられてきたのか」 に関して AとBは図書 ~c]に入る語句の組 館で見付けた次の資料1と資料2を比べ、後のメモを作成した。 メモ中の 合せとして最も適当なものを、後の①~⑥のうちから一つ選べ。 資料1 プラトン 「国家」 で紹介されるソフィストの思想 全ての者の自然本性は、他人より多く持とうと欲張ることを書きこととして本来追及するものなのだが、 それが法によって力ずくで平等の尊重へと、脇へ逸らされているのだ。 資料2 キケロ 「義務について」より 他人の不利益によって自分の利益を増すことは自然に反する。 我々が自己利益のために他人から 略奪し他人を害するようになるなら。 社会 これが自然に最も即しているが崩壊することは必然だ。 メモ 資料1によれば、ソフィストは a を重視し、これが社会的に抑圧されているとする。 先生による と資料2の背景にも、 自然の掟を人為的な法や慣習より重視するという資料1 との共通点があるとのこと だが, 資料2では他者を犠牲にしたbの追求は、自然に反する結果を招くとされる。 さらに調べた ところ、 資料2を書いたキケロの思想はストア派の主張を汲んでおりこれはc の一つの源流とさ れているということを学んだ。 ①a 人間の欲求 b 自己の利益 C 功利主義 ②a 人間の欲求 b 自己の利益 C 自然法思想 (3 人間の欲求 b 社会の利益 C 自然法思想 (4) a 平等の追求 b 自己の利益 C 功利主義 ⑤ a 平等の追求 ⑥ b 社会の利益 C 功利主義 a 平等の追求 b 社会の利益 自然法思想 <2023年本試> 2 古代ギリシアの哲学者についての説明として最も適当なものを、次の①~④のうちから選べ。 ① ソクラテスは、魂を何より大切にせよと説き, アテネ市民の魂をできるだけ優れたものにするために. その当時に知者とされた人々の考えを批判的に吟味し、その成果を著作として残した。 プロタゴラスは人間の感覚や判断を超えた普遍的真理を探究し、 ノモス的なものに対する人々の関心 を増大させた。 言葉の技術を用いた彼の活動は、 ソクラテスに大きな影響を与えた。 ③プラトンはソクラテスを主人公とする多くの対話篇を残した。 そこでは、真理を求めたソクラテスの 精神が継承されており、善く生きるための探究を担うのは理性であるとされた。 ④ プロティノスは, 神秘主義的立場からプラトンのイデア論に独自の解釈を加えて発展させ. 万物には善 と悪との二つの根源があり、これらの根源からの流出により世界が構成されると説いた。 <2020年追試 > 2 次のア~ウは古代ギリシアの古典や思想家についての説明である。 その正誤の組合せとして正しいものを. 後の①~⑧ のうちから一つ選べ。 ア 「イリアス」と「オデュッセイア」においては, 神々が運命を司り。 世界の様々な事象を引き起こすと いう神話的な世界観が展開されている。 イゴルギアスは「あらぬものについて」 で, あらゆる物事について、 実際にありはしない あっても理解 できないし、理解できたとしても言葉で伝えられないと論じ、 議論によって得られる真理に疑いのまなざ しを向けた。 ウエピクロスは、 あらゆる現象は原子の働きに基づくという知が, 人間を. 迷信や死への恐怖から解放し 得ると考えた。 ①ア正 正 ウ正 ③ ア正 ウ正 イ誤 イ正 ウ 正 ⑥ ア イ誤 ウ正 ⑧ ア誤 ② ア正 イ正 ウ誤 ア 正 イ誤 ウ誤 イ正 ウ イ誤 ウ <2022年改〉 ⑤ ア ⑦ア誤 ギリシア思想 第2章 ギリシア思想- 23

回答募集中 回答数: 0
現代文 高校生

2枚目P22ページの例えば、から何言ってるのかわかりません。 現代文得意な方詳しく説明願います

がした 可能 いわ * いや生全体に 二〇一七年度 第 次の文章を読んで、後の設問に答えよ。 与えられた困難を人間の力で解決しようとして営まれるテクノロジーには、問題を自ら作り出し、それをまた新たな技術の開発 によって解決しようとするというかたちで自己展開していく傾向が、本質的に宿っているように私には思われる。 科学技術によっ て産み落とされた環境破壊が、 それを取り戻すために、新たな技術を要請するといった事例は、およそ枚挙にいとまないし、感染 防止のためのワクチンに対してウィルスがタイセイを備えるようになり、新たな開発を強いられるといったことは、毎冬のよう に耳にする話である。東日本大震災の直後稼働を停止した浜岡原発に対して、中部電力が海抜二二メートルの防波堤を築くことに よって、「安全審査」を受けようとしているというニュースに接したときも、同じ思いがリフレインするとともに、こうした展開に はたして終わりがあるのだろうかという気がした。 技術開発の展開が無限に続くとは、たしかにいい切れない。 次のステージにな にが起こるのか、当の専門家自身が予測不可能なのだから、先のことは誰にも見えないというべきだろう。けれども科学技術の展 開には、人間の営みでありながら、有無をいわせず人間をどこまでも牽引していく不気味なところがある。いったいそれはなんで あり、世界と人間とのどういった関係に由来するのだろうか。 けんいん 医療技術の発展は、たとえば不妊という状態を、技術的克服の課題とみなし、人工受精という技術を開発してきた。その一つ体 外授精の場合、受精卵着床の確率を上げるために、排卵誘発剤を用い複数の卵子を採取し受精させたうえで子宮内に戻す、といっ たことが行なわれてきたが、これによって多胎妊娠の可能性も高くなった。 多胎妊娠は、母胎へのフィジカルな影響や出産後の経 済的なことなど、さまざまな負担を患者に強いるため、現在は子宮内に戻す受精卵の数を制限するようになっている。だが、この 制限によっても多胎の「リスク」は、自然妊娠の二倍と、なお完全にコントロールできたわけではないし、複数の受精卵からの選択、 また選択されなかった「もの」の「処理」などの問題は、依然として残る。 いろう いずれにせよ、こうした問題に関わる是非の判断は、技術そのものによって解決できる次元には属していない。体外授精に比し より身近に起こっている延命措置の問題。 たとえば胃瘻などは、マスコミもとりあげ関心を惹くようになったが、もはや自ら食 事をとれなくなった老人に対して、胃に穴をあけるまでしなくても、鼻からチューブを通して直接栄養を胃に流し込むことは、か なり普通に行なわれている。このような措置が、ほんのその一部でしかない延命に関する技術の進展は、以前なら死んでいたはず の人間の生命をキュウサイし、多数の療養型医療施設を生み出すに到っている。 しかしながら老齢の人間の生命をできるだけ長く引き伸ばすということは、可能性としては現代の医療技術から出てくるが、現 実化すべきかどうかとなると、その判断は別なカテゴリーに属す。「できる」ということが、そのまま「すべき」にならないのは、 核爆弾の技術をもつことが、その使用を是認することにならないのと一般である。 テクネー (TEX(VM) である技術は、ドイツ語 Kunst の語源が示す通り、「できること(können)」の世界に属すものであって、「すべきこと (sollen)」とは区別されねばならない。 テクノロジーは、本質的に「一定の条件が与えられたときに、それに応じた結果が生ずる」という知識の集合体である。すなわ ち、「どうすればできるのか」についての知識、ハウ・トゥーの知識だといってよい。それは、結果として出てくるものが望ましい かどうかに関する知識、それを統御する目的に関する知識ではないし、またそれとは無縁でなければならない。その限りのところ それが単なる道具としてニュートラルなものに留まりえない理由もある。 では、テクノロジーは、ニュートラルな道具だと、いえなくもない。ところが、こうして「すべきこと」から離れているところに、 ほうてき テクノロジーは、実行の可能性を示すところまで人間を導くだけで、そこに行為者としての人間を放擲するのであり、放擲され た人間は、かつてはなしえなかったがゆえに、問われることもなかった問題に、しかも決断せざるをえない行為者として直面する。 妊婦の血液検査によって胎児の染色体異常を発見する技術には、そのまま妊娠を続けるべきか、中絶すべきかという判断の是非 を決めることはできないが、その技術と出会い行使した妊婦は、いずれかを選び取らざるをえない。いわゆる「新型出生前診断」 3限目 問題文

回答募集中 回答数: 0
歴史 中学生

青い線の文章についてです。 国司から守護に変わったのは 鎌倉時代では無いのですか?

(1) ア (2) 古事記 (3)ウ (4)(例)正長元年以前の借金が帳消しになった(17字) (1) 弥生時代には,大陸から「稲作や青銅器・鉄器が伝えられ」 「高床倉庫」に米を保管したの でアが正しい。 イ磨製石器がつくられ、弓矢を使って狩りをしたて穴住居に住むようになっ たのは縄文時代。ウ漢字・儒教や、製鉄などの技術が渡来人によって伝えられたのは古墳時代。 工氷河があり,打製石器を使って狩りをしながら移動する生活をしていたのは旧石器時代。 (2)奈良時代に日本書紀とともに編さんされた「神話・伝承・記録などをまとめたもの」は, 古事記である。古事記と日本書紀はともに天皇中心の国家成立の歴史をまとめたものである。 (3)平安時代には,地方の政治は国司に任されるようになり、自分の利益を求める国司が増えて、 しだいに地方の政治は乱れていったのでウが正しい。 ア権限が拡大された守護が国司に代わっ て国を支配するようになったのは室町時代。イ大和政権に従い巨大な前方後円墳を築く豪族が あらわれたのは古墳時代。エ「名主(庄屋)組頭, 百姓代」 「五人組」から江戸時代。 (4)土一揆は農民が荘園領主や守護大名に年貢を減らすことを要求したり、 借金の帳消しなど を求めて高利貸しの酒屋や土倉などを襲ったりした行動である。 「正長元年ヨリサキ」とは 正長元年以前,「ヲキメ=負い目」は借金, 「アルヘカラス」はあってはならないということ である。

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

愛知医科大学看護学部の公募推薦の過去問です。 答えがないので、答えを出して欲しいです。お願いします🙇🏻‍♀️🙇🏻‍♀️

国 びまん 令和六年度 看護学部学校推薦型選抜(公募制) 基礎学力試験問題用紙 囲 次の文章は、一九九〇年に出版された山崎正和の『日本文化と個人主義』の一節です。この文 章を読んで、後の問に答えなさい。 文化は、これまで国家や民族という観念と強く結びついてきた。そして、人間の歴史を振返っ てみると、不幸なことに国家や民族の自覚はつねに対立抗争の意識とつながってきた。ひとつ の社会のなかで、個人もまたお互いに争うことがあるが、とりわけ国家や民族は、お互いに争う ことで自分自身をつくりあげてきた。その結果として、文化という特性はただの個人の特性以上 に、とかく他者との比較、対立の観点から考えられがちになる。じっさい、今日の経済マサツ や、つい近年までの世界戦争の現実を振返ってみても、ひとが自国の文化、他国の文化をあげ つらうときには、つねに何らかの意味の優越感や、国家主義的な自己主張の意識が伴っていた。 そして、そういう優越感が、たとえば敗戦といった現実によって崩れたとき、今度は極端な自己 卑下が社会に瀰漫するという事実は、多くの日本人の記憶に新しいことだろう。 こうした事情からして、文化論には、1二つの避けがたい危険な傾向が伴っているといわねば ならない。その第一は、過剰な特殊化の危険である。文化を考える場合には、他民族、他国の文 化と比較して考えがちであるので、どうしても両者の共通性よりは、ひとつの文化の異質性を強 調して考えることになる。 つい昨日まで文化的に じっさい、日本の場合、過去の文化論はしばしば民族主義や国粋主義と手を結びがちであった イクセプショナリズム し、アメリカの場合でも、アメリカ文化の「例外主義」という思想が、長らく見え隠れに受け 継がれてきたようである。ユダヤ人の「選ばれた民」の意識、ドイツ人の民族的な使命感といっ たものは、自国の文化を過度に特殊化し、他国との違いを強調することから生まれてきたが、 ③こうした使命感はいったん裏返ると劣等感に変貌する。 高村光太郎という詩人は、若いころフ ランス留学から帰って、日本の国の貧しさとその精神の狭さを嘆いて、「根つけの国」という自嘲 的な詩を書いたことがあった。しかし、彼が本性において強烈な愛国主義者であり、第二次大戦・ 中には過激な祖国讃美の詩を書いたことは、同時代を生きた日本人なら誰もが知る事実だろう。 とかく異文化との劇的な接触は、精神の単純な人物にとっては、自国の文化について過度な自尊 心を誘い出すか、逆に過剰な劣等感を刺激するものであるようにみえる。 そして、いずれの場合でも、そうした特殊化は、個人が自分の存在や行動について振返るとき、 奇妙に気持ちを安らがせてくれる支えになる。自分とは何か、7自己の実質は何かということは、 もともとたいへん難しい問題であり、簡単には答えが出ないものであるが、ひとは生きるために その答えを欲しがりがちである。そのさい、いちばん安易なやり方は、自分がどういう仲間に属 しているかを実感して、それを語ることで自己の中身を言い表わすことだろう。そして、自分 がどういう仲間に属しているかを振返るとき、その仲間の範囲が狭くて、他の集団と対立してい ればいるほど、自分自身の世界のなかにおける位置は明確になる。ここでもまた、文化論のひず みというものは、人間性の悲しい弱さに深く根ざしているといえそうである。 【

回答募集中 回答数: 0
1/12