Japanese history
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日本史の飛鳥時代の範囲です。

参考書に、「中大兄皇子がすぐに天皇にならなかったのは、皇太子という身動きのとりやすい立場に立つことで、自分のやりたい政治をやりやすくするため。」というようなことが書かれていたのですが、
なぜ天皇より皇太子の方が身動きのとりやすい立場なのでしょうか?

教えてくださると幸いです🙇

Answers

✨ Best Answer ✨

例えば現行の山川出版『詳説日本史』では、「孝徳天皇の時代の諸改革は、大化の改新と呼ばれる」というように、大化の改新は孝徳天皇によるものと説明されています。現在の歴史学では、乙巳の変というクーデタの中心も軽皇子(後の孝徳天皇)としています。ですから参考書に書いていることは古い説明だと思います。かつては、後に中大兄皇子が天智天皇として即位したのだから、その事実から乙巳の変を中大兄皇子がおこしたと解釈していました。それではなぜ中大兄皇子がすぐに天皇にならなかったのかという疑問があるので、それを説明するために「皇太子の方が…」ということになったのでしょう。そもそもこの時期には「天皇」の名称がなかったとも考えられており、そうであれば「皇太子」もありません。

一般人

その考えはなかったです…。
詳しく説明していただきありがとうございました!!🙇

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Answers

飛鳥時代くらいから大王・天皇は最終の裁可(yesかnoのみ)をする役割となります。
それまでの議案の作成や議論に大王・天皇は参加しないようになりました。

議案の作成や議論に加わりたかったので天皇にならなかったという説ですね。

一般人

わかりやすく教えてくださりありがとうございました🙇
とても参考になりました!!

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