✨ ベストアンサー ✨
yes.
太政官符は 天皇の許可を受けて、太政官が発行する命令文書 です🙇
天皇の裁可を経ても「宣旨」ではなく「太政官符」にしたのは、日常の政治は太政官が担当し、天皇は最高権威として直接細かい命令を出さないため🙇
ありがとうございます🙇🏻🙇🏻♂️🙇🏻♀️
✨ ベストアンサー ✨
yes.
太政官符は 天皇の許可を受けて、太政官が発行する命令文書 です🙇
天皇の裁可を経ても「宣旨」ではなく「太政官符」にしたのは、日常の政治は太政官が担当し、天皇は最高権威として直接細かい命令を出さないため🙇
ありがとうございます🙇🏻🙇🏻♂️🙇🏻♀️
律令体制が始まった頃の政治は、太政官の公卿の合議によって政治が進められていました。その話し合いできまったことを天皇が認めて太政官符が出されます。それに対して宣旨は天皇の意思を直接伝える文書です。となると、これは太政官の合議を無視して自分が政治を進めていくわけですから、非常に専制的な政治になりますよね。院政期のところで学びますが、院から出される院宣などによって政治が進められ、そのような政治を教科書では専制的な政治と評価していますよね。律令体制も院政も天皇または天皇家がトップの政治なのに、なぜ院政が専制的と言われるのか、それは話し合いが政治の中心なのか、話し合いが無視され天皇やその周りの人々の意思が重視されるのかの違いなのではないでしょうか。
補足ですが、摂関政治の時期も公卿が合議をした結果を天皇が決裁するという仕組みは続いています。関白になると公卿の合議に参加できなくなるので、藤原道長は関白にはなりませんでした。それは政治の主導権が太政官にあるからこその判断なのではないかと思います。
よく分かりました!ありがとうございます🙇🏻🙇🏻♂️🙇🏻♀️
この質問を見ている人は
こちらの質問も見ています😉
ありがとうございます!
天皇が許可を出すなら、なぜ宣旨にしないのでしょうか