日本史
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解決済み

平安時代の荘園のあたりで出てくる名という言葉が理解できません。徴税の単位と調べたら出てきましたが、徴税の単位とはどういう感じでしょうか?世帯ごとに税をかけるのをやめて、一名、二名と数える税の取り方にしたんですか?あと、これって田堵の人だけですか?こんがらがってきて、よく分からないです!簡単にわかりやすく解説してくださると嬉しいです!
お願いいたします🙇

回答

✨ ベストアンサー ✨

律令制では戸籍や計帳をもとに人を把握して、人ごとに税を計算して徴税していました。
戸籍や計帳が造られなくなると、人の把握ができなくなりました。
そこで土地を単位に、ようするにその土地ごとに徴税するようになりました。
律令制の人単位から土地単位にかわったということです。
その土地ごとの徴税単位という土地が名です。
その名の耕作をまかされていた田堵(田堵だけかはわかりません)を負名として徴税をさせました。

さきち

ありがとうございます😊

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回答

以前に近いことに対する回答をしているので、こちらを参考にしてみてください。
https://www.clearnotebooks.com/ja/questions/1520685#1577206
こちらは「田堵と負名の違い」
https://www.clearnotebooks.com/ja/questions/1296098#1377627
これも「田堵と請負人である負名の違い」
https://www.clearnotebooks.com/ja/questions/1320155#1399131
10世紀の地方支配や土地制度の変化は、つまづきやすいところなのですね。

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