日本史
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なぜ鳥羽上皇は崇徳天皇から近衛天皇に譲位させたんですか

回答

✨ ベストアンサー ✨

政治争いに敗れたからですね。
崇徳天皇の母(後白河の母でもある)待賢門院璋子は元々白河院の養子だった女性です。彼女は白河院の強力な庇護の元に白河院の孫鳥羽天皇の妻になります。そして白河院が存命中はその強力な後ろ盾を得てこの世の春を謳歌し、何も問題なかったのですが、彼の死後後ろ盾を無くした待賢門院の立場は一気に悪化します。
鳥羽上皇が院政を開始し、美福門院(近衛天皇母)を寵愛し始めます。結果的に崇徳は鳥羽院の寵愛を受けた美福門院の子供である近衛天皇に譲位するように圧力が掛かり、後ろ盾(白河院)を持たない崇徳は譲位することになります。

それからこれは伝説・噂・眉唾物程度の話ですが、こんな話があります。
白河院の養子となった藤原璋子は幼い頃から大層な美人で、都でも噂になる程だったとか、そしてそれを見込んだ白河院が養子として引き取り、見事に璋子は美人となるわけですが、どうやら義父と養子の関係から男と女の関係になったらしく、そんな中で鳥羽天皇と結婚をし崇徳を産みます。なので鳥羽天皇は崇徳は自分の子供ではなく叔父なんだと決めつけ、崇徳を迫害し、これが近衛天皇への譲位の理由だ、という話です。
無論この話自体眉唾物ですが、中々面白い話ですのでご紹介をば

Pクレゾール

因みに後半の話は『古事談』にある話です

さきち

ありがとうございます!いつも、メチャクチャ分かりやすいです🙇面白い話も紹介してくださって、ありがとうございます!日本史好きのため、受験のための暗記ばかりの日本史みたいな学び方が嫌いなので、眉唾物でもやっぱりそういうお話があったりするのが歴史の面白いところだと思いました!いつも勉強になります!

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