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室町時代の一般的な農民は、主に年貢と呼ばれる税を、村(惣)単位でまとめて領主(荘園領主である公家・寺社、または地頭・守護などの武士)に納めていました。
具体的には、米や現金を「年貢」として年貢米を収める蔵(「詰米」)まで運ぶのが基本であり、中世特有の「惣」という自治組織が、団結して年貢を管理・納入する体制が主流でした。
室町時代の農民の税事情は、荘園制度が形骸化し、武士(守護・地頭・国人)の力が強まる中で、徐々に「領主の蔵へ運ぶ」形から「現場で武士が直接奪う・集める」形へと変化していきました。
朝廷への税(年貢)が完全に終わった(消滅した)のは、16世紀後半の豊臣秀吉による太閤検地(1582年〜)によって完全に荘園制度が崩壊した時点と言えます🙇
ありがとうございます!朝廷に納めるのは、いつ終わったのでしょうか?