日本史
高校生

明治維新では主に薩長のメンバーが活躍しましたが、なぜ彼らは廃藩置県を行ったのですか?
彼らにとっては藩が存続していた方が権利や利益になったのではないですか?

回答

藩を残したままでは、イギリスやアメリカ等に国を侵略されて身を滅ぼすという強い危機感があったことと、
結果的に、藩の借金を帳消しにし、自分たちの権力を中央政府へ集中させた方が得だったから。

日本の中に200以上の「小さな国(藩)」がある状態では、軍隊も法律もバラバラで、強力な防衛体制が作れません。国境を守り、不平等条約を改正するためには、日本を1つの強力な「近代国家」にする必要がありました。

薩摩藩も長州藩も、そして新政府も、当時は猛烈な財政難(借金まみれ)に苦しんでいました。そこで、全国の直轄地から効率よく税金(地租)を集める仕組みが必要でした。
廃藩置県を行う際、明治政府は「各藩の抱えていた莫大な借金(藩債)をすべて政府が引き受ける」という条件を提示しました。
これにより、多くの藩知事(元藩主)はホッとして命令を受け入れました。

薩長のリーダーたち(大久保利通、木戸孝允など)は、すでに藩の枠組みを超えて「明治政府のトップ」に君臨していました。彼らにとっての主戦場は、すでに地方の「薩摩」「長州」ではなく、首都・東京の「中央政府」でした。
藩を無くして全国を政府の直轄地にすることで、自分たちが握る中央政府の権力と財政基盤が圧倒的に強くなりました。

明治維新で実際に活躍した薩長のメンバー(西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文など)は、もともと藩の中では身分の低い下級武士でした。
実力主義の限界: 藩という体制が残る限り、トップには元大名(島津家や毛利家)が居座り続けます。彼らが自分の実力を100%発揮して国を動かすためには、古い身分制度や「藩主・家臣」という主従関係を完全に解体する必要がありました。

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