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国語 中学生

解説お願いします!

・次の文章を読んで、下の問いに答えなさい。 人には、そして人の集まりには、いろいろな苦 労や困難があります。 それらを避けたい、免除さ れたいという思いが働くのも無理はありません。 けれども、免除されるということは、誰か他の人 に、あるいは社会のある仕組みに、それとの格闘 をお任せするということであって、そのことが、 人を受け身で無力な存在にしてしまいます。 これに対して、私は「人生には超えてはならな い、克服してはならない苦労がある。」と書いた 一人の神学者の言葉を思い出します。 苦労を苦労 と思わなくなる、のではありません。苦労を苦労 としてそのまま引き受けることの中にこそ、人と して生きることの意味が埋もれていると考えるの です。苦労はしばしば、独りで背負い切れるほど 小さなものではありません。人と支え合うこと、 人と応じ合うことがどうしても必要になります。 冒頭に挙げた、「自分とは何か」という自分が存 在することの意味への問いについても、自分の中 ばかりを見ていてはその答えを探し出すことはで きません。その答えは、他の人たちとの関わりの 中でこそ、具体的に浮かび上がってくるものだか らです。 他の人たちと関わり合い、弱さを補い合うから こそ、人は倒れずにいられます。そして、自分が 存在することの意味を感じながら生きることがで きます。「誰かの代わりに」という思いが、余力 のあるときに、というのではなく、常に求められ るものであることの理由は、ここにあります。 最後に、私が十代の頃から愛読してきたパスカ ルという思想家の著書、「パンセ」の中の言葉を 紹介しましょう。 「人間の弱さは、それを知っている人たちより は、それを知らない人たちにおいて、ずっとよく 現れている。」 今の社会を生きる私たちにとって、繰り返し味 わうべき言葉だと思います。 (鷲田清一「誰かの代わりに」より) ②

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国語 中学生

国語の古文についてです。 写真二枚目の古文について写真一枚目の問題を解いて、 2個ある答えのうちの1つが、「1人ありける小児に食わせずして」なのですが 私は「1人ありける小児に食わせず」みたいに、 「して」がない形で答えました。 なぜ「して」がいるのかを、 教えてくだ... 続きを読む

30 ある山寺の坊主、 樫貪なりけるが、飴を治してただ一人食ひけり。 (しまっておいて) こちご よくしたためて、棚に置き置きしけるを、一人ありける小児に食はせず して、「②これは、人の食ひつれば死ぬる物ぞ。」と言ひけるを、この たぎょう あはれ、食はばや、食はばやと思ひけるに、坊主他 行 の隙に、 (食べたい) (和尚さんがよそへ出か けている間に) 棚より取り下ろしけるほどに、打ちこぼして、小袖にも髪にも付けた りけり。 日頃欲しと思ひければ、二、三杯よくよく食ひて、 坊主が秘蔵 の水瓶を、雨垂りの石に打ち当てて、打ち割りておきつ。坊主帰りたり ければ、この児さめほろと泣く。 「何事に泣くぞ。」 と問へば、「大事の御 (しくしくと) 水瓶を、誤ちに打ち割りて さふらふときに、いかなる御勘当かあらむ (どのようなお叱りが) ずらむと、口惜しくおぼえて、命生きてもよしなしと思ひて、 人の食へ (残念に思われて) 仕方がない) ば死ぬと仰せられ候ふ物を、一杯食へども死なず、二、三杯まで食べ (おっしゃられました) て候へどもおほかた死なず。 はては小袖に付け、髪に付けて侍れども、 いまだ死に候はず。」と②ぞ言ひける。 飴は食はれて、水瓶は割られ ぬ。樫貪の坊主得るところなし。児の知恵ゆゆしくこそ。 学問の器量も、 (児の知恵は大したものだ。 学問における才能もきっと劣 むげにはあらじかし。 ることはないでしょうよ。) (「沙石集」第一一話より)

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