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中学校3年生の技術の抵抗器の見方とカラーコード表に関するものです!(2)の第3色帯で乗数を示している「10の6乗」と(1)の「53MΩ±10%」の「MΩ」はなにか関係しているのですか?MΩが付く理由が分かりません!教えてください🙇‍♀️

参考抵抗値の見方とカラーコード表 ] 抵抗器の抵抗の値はカラーコードで表さ れることが多い。 カラーコードは抵抗器に 右図のような4色帯の表示の場合、 第1色帯 から第4色帯まで順に色分けして表されて いる。 (1) カラーコード表を参照して抵抗値を求 めてみると、右図の例は、 53MS ±10% と読み取れる。 (2) カラーコード表の読み方を、以下に示 す。 色の種類と組み合わせで、 抵抗値を表 示している。 ここでは良く用いられている 四色帯式を例にして説明する。 ・色帯群を左側にして、左から第一色帯 (例 の①) 第2色帯 (②) 二桁の数列を 示している。 "53" ・左から三番目の第3色帯 (③) で、乗数 を示している。→“106" 上記の表示を組み合わせ、 53MΩの抵 抗数値を示している。 ・最後の第4色帯 (④) は、 色別表示値 と実際の値との誤差(許容差) を示してい る。 → “±10%" (3) この他、抵抗値を表す有効数字が三 桁となる五色帯式、温度係数を示す第6列 を追加した六色帯式もあるが、詳述は省略 した。 抵抗の 帯の色 黒 茶 赤 橙 黄 茶赤橙黄緑青紫灰白金銀 123456 7 8 9 緑 青 左から ①第一数字 ②第二数字 ③第三数字 ④抵抗値の許容差を表示 紫 銀 無着色 緑、橙、青、銀 5、3、6乗、 ±10% 53MΩ ±10% カラーコード表 (四色帯での例) 3 ② 4 第1数字 第2数字 乗数 許容差 1 10 0 抵抗値を表示 |||| 01 2 3 4 5 6 7 100 8 9 102 103 104 105 106 107 108 10⁹ 10-1 10-2 - ±5 ±10 ±20

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国語 中学生

1枚目(左)の文章を読んで 2枚目の(右)の問の答えを解いて 答えを教えてください!! 私立の一般入試の問題です。 答えが配られてないのでわかる方教えてください😭

次の文章を読んで、あとの (1) から (六)までの問いに答えなさい。 (文字数の指定がある場合は、句読点も一字に数える) 昔、人々は自分の住んでいる地域内でいっさいの暮らしを立て、村ざかいや それぞれの地 国ざかいを越えて、よその地域に出かけることはなく、 域でそれぞれの地域特有の言葉Ⅰが形成されていきました。 ところが、明治維新になって、東京に明治政府ができ、日本語を統一しよう として、東京の言葉を標準語として、徹底した共通語の普及を強引に行ったこ 戦後、爆発的に膨張したマス・コミュニケー とはよく知られています。 ション、なかんずく放送ジャーナリズムが、その普及に大きく加担しました。 そうしたことのために、一方では、日本中どこへ行っても言葉が通じなくて困 一方では、方言の中の、たく るというようなことはなくなりました。 さんの美しい言葉、 微妙な感情を伝える言い方、力強い表現、 ゆかしい言い回 などを死滅させ、今もさせつつあります。 C ヨーロッパでは、中世封建制が崩れ、近代国家が作り上げられていく過程で、 各地の言葉が混ざり合い、溶け合い、それに芸術家や学者が磨きをかけて、長 い時間をかけて、それぞれの国語が熟成していきました。 日本では、その熟成期間が飛ばされてしまったのだといえるでしょう。 学校で、標準語の普及を図る手段として、方言を口にしたら罰として背中や 胸に「方言札」と書かれた木の札を掛けるということまで行われました。 沖縄県平良市の大神島では、戦後もこの方言札が、小・中学生だけでなく、そ の父兄たちにまで用いられたそうです。 こうした、無理強いの、ゆがんだ経過を経て流通している、いわゆる標準語 は、まだまだインスタントの人工語で、たいそうやせており、 方言の側から輸 1 血しないと、ますます貧血の度が進むというのが、わたしの認識です。 日本の近代化の陰で、標準語という名の消しゴムに消された方言の中から、 輸血するに値する濃度を持った言葉を探し出すことは、地上から消えていくわ らぶき屋根を惜しむといったふうの感傷を超えた、日本語の現場の問題なのだ とわたしは思っています。 ききゅうす それにしても、方言は日々幾何級数的なといえるほどの速度で衰微しつつあ ります。消えてしまったら、それでもう終わりです。 ろんし 世の中の変化とともに、言葉も変わっていくのだから、方言が消えていくの も、自然な推移だ、という論旨があります。言葉とはそういうものだと、わた しもそれに基本的には賛成です。 しかし、同じ一つ屋根の下に住む家族で、おじいさん、おばあさんのしゃべ る言葉が、孫にはもうよく理解できない、それほどの状態を生むような時代の せっかちな流れ方に、その速さに、このまま身を任せてていいのだろうか、と 思うのです。 捨てなくていいものまで、わたしたちは、捨てつつあるのではないか、と危惧 します。共通語自身、例えばニホンかニッポンか、日本の国の名さえどっちつ かずであるほど、まだ しているのです。いい換えれば、日本にはまだ真 の意味での共通語はでき上っていません。そんなとき、日本の各地で、遠い昔 からの人々の生活と結び付いて息づいてきた方言を顧みることなく、点検 もせず、あっさり捨て去っていいはずがありません。 (川崎洋『感じる日本語』による)

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