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漢文 高校生

問1の(イ)と(ウ)で、答えは合っていたのですが解答根拠となる部分が分かりませんでした。 (イ)はどうして嫌悪が正解となるのか、また(ウ)はどうして投降や投書、投入ではおかしいのかを どなたか分かる方教えてください!🙇‍♀️

いたところがある。(配点 45 ) 第1回 次の【文章】は昔の学者・占い師の環の話である。占いによって北方が異民族に占領されることを知った郭璞は、 江南地域まで逃げることとした。本文はその途中の廬江という都市で起こった出来事である。【文章Ⅱ】は、郭璞の人物像を説 明した文である。【文章!】【文章Ⅱ】を読んで、後の問い(問1~5)に答えよ。なお、設問の都合で返り点・送り仮名を省 【文章Ⅰ】 中納言が (注1) かう二ギかヘリテニランコトブ キテ ル 郭 景純、行至廬江三太守胡孟康急回南渡康不 (注2) |- シテ (注3) ヲ ラントヲ スルモ 晨起、見赤 A (注6) サシム わヲ ヒテ 之、請璞為」 璞 卦人装 P 将之 愛其婢、無由 11 宅従 散 宅散」之。主 ラス 璞 あしたニキ 衣 人 数 千得ル 乃胡 其外取り (注4) めぐリテ 小豆三斗、繞 主 11 (イ) (注5) キテ レバ きユダ 千囲其家、就視則滅。甚悪」 ミテ ラバ 日、君家不宜畜此婢。可下于三東 南二十 里売と ひそカニ ム 之慎勿争価、則此妖可除也。璞陰令三 (注7) 符於 井 中数千赤 衣) 人一 自 人 復 ” ズレバ 為投 ヲシテやすク 買此婢。 (注8) たづさヘテヲ 於 井。 主人大悦。璞攜」婢

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漢文 高校生

これの問4の答えってなんですか?

第四間 次の「山月記」の文章を読んで、後の問いに答えよ。 隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉 に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、賤吏に甘んずるを da潔しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に帰臥し、人 と交わりを絶って、ひたすら詩作にふけった。 下吏となって長く膝を俗悪な大官 の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に潰そうとしたのである。しか し、文名は容易に揚がらず、生活は日を追うて苦しくなる。李徴はようやく焦 躁にかられてきた。このころからその容貌も刻となり、肉落ち骨秀で、眼光の みいたずらに炯々として、かつて進士に登第したころの豊頬の美少年の面影は、 どこに求めようもない。数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のためについに節 を屈して、再び東へ赴き、「一地方官吏の職をすることになった。 ②一方、これ は、己の詩業に半ば絶望したためでもある。かつての同輩は既にはるか高位に進 み、彼が昔、鈍物としてシガにもかけなかったその中の下命を拝さねばなら ぬことが、往年の儁才李徴の自尊心をいかに傷つけたかは、想像に難くない。彼 は快々として楽しまず、狂悖の性はいよいよ抑え難くなった。 一年の後、公用で 旅に出、汝水のほとりに宿ったとき、(Ⅰ)発狂した。ある夜半、急に顔色 を変えて寝床から起き上がると、何か訳の分からぬことを叫びつつそのまま下に 飛び降りて、闇の中へ駆け出した。彼は二度と戻って来なかった。 付近の山野を ソウサクしても、なんの手掛かりもない。 その後李徴がどうなったかを知る者 は、誰もなかった。 すでに 問 二重傍線部a〜cの漢字は読みを平仮名で記し、片仮名は漢字に直せ。 (知1点×3 a潔し 62 b シガ 63 c ソウサク 64 問空欄に入る最も適当な語句を、次から選べ。 65(思2点) たぶん 3 ついに どうやら 問三傍線部①「焦燥にかられてきた」とあるが、その原因を説明している部分を、本文中よ 二五字で抜き出し、始めと終わり三文字を答えよ。 66 (含句読点) (思3点) 問四傍線部②「一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある」の「一方」は、「己 る。 の詩業に半ば絶望したため」の他のもう一つの理由を受けたものである。その「他のもう 一つの理由」にあたる部分を、本文中より一五字で抜き出せ。 67 (含句読点)(3点) 問五 「山月記」の作者について述べた次の文の空欄を、適切な語で埋めよ。(知各1点) 作者の )は、漢学者の家系で育ち、深い漢学の素養があった。中国の古典 素材に近代人の( 69 )を追究した。 戦時下に、芸術性の高い作品を書いた作家であ 68 〈選択肢〉 自意識 名声 2梶井基次郎 ⑧堀辰雄 ③永井荷風 ⑤中島敦 ④自尊心 ⑥自己存在

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漢文 高校生

写真1枚目の問題に対しての質問です どうして 使」「令」「教」「遣」「俾」の字がないのに答えが「しむ」が入ったものが正解なんですか?

集 問3傍線部B「兔子於厄」を返り点に従って読み下すとどうなるか。最も適当なものを、次の①~⑥ ちから一つ選べ。 やく 子を厄に免ず ②子を厄に免ぜらる まぬか ③ 子を厄より免れしむ 子は厄より免る 子は厄を免ぜらる 子は厄を免れしむ なる。これは「動詞—目的語於―補語」なので、目的語に あたる「子」を「子は」と読む④・⑤・⑥は誤りである。 残る①・②・③は訳してみる。 「免ず」の意味は「見のがす」「辞めさせる」などであり、「免 る」の意味は「のがれる」であるから、それぞれの訳は次の ようになる。 子を厄に免ず 訳あなたを災難において見のがした 辞めさせた 子を厄に免ぜらる あなたを災難で見のがされた辞めさせられた ③子を厄より免れしむ 訳あなたを災難からのがれさせた ここは、越石父を牢獄から出してやった晏子が語った言葉で あるから、③が適当だと判断できるであろう。 問4 指示内容の問題。 まず、 2 の ら その組合せとして最も適当なものを、 として最も適当なものを、次の①~⑤のうちか るが、自分が理解できる相手の前では

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漢文 高校生

漢文に出てくる「臣之」はなんて読むのでしょうか?教えてください!🙇💦

令和3年度 二 次の文章は、古代中国の魯の国の君主が、粗末な身なりで耕作していた 曽子を見かねて、領地を与えようと使者を遣わしたときの話である。次の 書き下し文と漢文を読んで、あとの問いに答えなさい。 (書き下し文) (使者が言うには) (領地からの収入で) 13 日はく、「請ふ此れを見て衣を 修めよ。」と。曽子受けず 殴りて復た生く。又受けず。使者曰はく、「先生 「先生人に求むる (どうして) に非ず。人則ち 人則ち之を献ず 奚為れぞ受けざる。」と。曽子 あた 曰はく、「臣之を聞く。 人に受くる者は人を畏れ、人に予ふ おご たと る者は人に騙ると。縦ひ子賜ひて我に驕らざること有ると も、我能く畏るることからんや。」と。終に受けず。 [漢文] フ レヲ メヨトヲ リテ 口、「請以此修」衣。」曽 不受。反復往。 ムルニ e 不 ズ 人二 笑 O 11825 求 TIMA 於 日、「臣 (風流に 縦子 人 た。 受。使者曰、「先生 ルト 則献之。 為 不受。」曽子 者 者 驕 有 CİG MAY O ■ 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 つくり直して ある人、咸陽宮の釘かくしなりとて、短剣の鍔に物数寄て、腰も放た ルトモ

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漢文 高校生

現代語訳を教えてください🙏

26 漢文 | (小説) 誨先 さんごくしえんぎ 孔明が翻意した理由はどこにあったのか考えよう―読解 句形 三国志演義 ・願望形/抑揚形を学ぼう しょかつりょう あざな げんとく こうめい 次の文章は、三国時代、蜀の劉備(字は玄徳)が、公職を退き野に下っていた諸葛亮(字は 孔明)に面会している場面である。(設問の都合で返り点 送りがな、引用の「ト」を省略した 箇所がある。) シテ こヒテ モ ニシテ 「備雖 微徳 (注3) ナルヲ 誠 玄徳 生 シテ リークコーナー1 不 拝 明 ホテ 第二 14V 10 ワーク 11 (注1) ひ しょく 3L 孔 せんヲ 久シ賤 らかんちゅう 羅貫中 りゅうび 衣 明 IN いデテ 出山 シム かう 襟 テーマ (注4) 相助。 じよヲ うとク 鋤、 第二 於 D キテ 奉命」玄徳 「先生 出如蒼生 (注6) をハリ うるほシはう しうヲ(注7) るほフ テ 畢涙 粘袖 尽湿。孔 いたサント(注8) 軍、 既不二相棄願効犬馬之労 ケヨ . デ > 名。 備 11 明 (注2) きようシテ さら 当拱 ブルニ 応 世 不能 世事 (注5) せいヲ セント 特何言 見 → ニ 聴 其 意 甚 IN 速読 Ho 3 目標時間 封。 |問一〜 tint on 解答目 15 1問一〜 (注) けんそん 1鄙賤 私ども。自分側を謙遜して言う言 葉。 2拱両手を胸の前で重ね合わせる。敬礼 の 一種。 3明誨 すぐれた教え。 4耕鋤- 田を耕すこと。 農作業。 蒼生 -青々と茂る草。転じて、天下の人 6袍袖 -上着の袖。 7衣襟――着物のえり。 8 犬馬之労—他人や主君のために尽くす苦 労のこと。 問 | 参考図

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