学年

教科

質問の種類

現代文 高校生

写真の文章について。「自然を対象化」とは、人間と自然を切り離して客観的に見ることですよね。だとしたら、直後の「人間自身を含む自然」と矛盾するような気がするのですが、ここの意味をどなたか教えてください!

第三問 身 3 2. 第三問 次の文章を たとえば、匂いのユートピアといったものがありうるだろうか そもそも匂いというものがそう簡単に馴致されたり管理されたり、ユートピアのような 理想社会の体系のなかにとじこめられたりするものだろうか。 「匂いの 〔著者出 ・早稲田 ・西南学 自然界のあらゆるものは、多かれ少なかれ匂いをもつ。その自然界を脱し、みずからの 自然をつくりなしてきた人間というものもまた、時々刻々、さまざまな匂いを発している 5 存在である。人間の社会生活そのものが、多種多様な匂いの発生源である。食品や塵芥や 肥料や家畜や乗物や隣人や、 家事や産業やゴラクや宗教や イリョウや美容や風俗や、そ の他あらゆるものやことがらの発散する匂いのなかで、人間は人間であることを実現し実 感しているのだともいえる。匂いとは、人間の個と社会につきまといつづける見えない自 然、生理のようなものであろう。 とすれば、いったいどのようにして、このつきまといはびこる奇妙な生理的自然とのあ いだに、人間は、ユートピア的な防御壁を設けることができるのだろうか。 ⑤ ユートピアとは何か。文明が、いやすくなくともヨーロッパの都市文明が、成立このか たエイエイとして追いもとめつづけてきた、ただひとつの完璧な社会制度の夢想であり、 Aである。ほとんど強迫観念のようなもの、といってよいかもしれない。 ⑥人間はかつて森を出て自然を対象化して以来、人間自身をふくむ自然を徐々に改変する ことによって、都市を、文明をかたちづくってきた。そんな過程がいわゆる 〈進歩〉で あったとすれば、その目標、その最終段階がつまり、ユートピアである。 ⑦ プラトンの『国家』以来、さまざまな時代にさまざまな作品がこの社会形態をものがた り、ユートピアは文学の一ジャンルとして生きつづけることになった。 典型的なユートピストたちの思いえがいた理想社会は、だがおどろくほどに似たりよっ たりで、かわりばえがしなかった。千年、二千年をへても、プラトン『国家』からほと んど〈進歩〉していないように見えるのだ。なるほど各時代にいくらかの独創や逸脱もな いことはなかった。けれども、基本はいつもおなじだったのだ。四方に防御壁をめぐらし た自己完結的な都市空間。人工の美や清潔さや便利さや合理性や技術改良や キカ学や統 33 制への愛。人間とその生活は、自動機械のように画一化されている。自由などはない。 い や、自由がないということを感じなくなるほどまでに、ユートピアの住民は幸せである。 ユートピストたちはいつも自然を矯正しようとしてきた。彼らは自然の体現する偶然 や無秩序やアナーキーを、もっぱら排除しようとしてきた。こうした統制と画一化への意 志は、当然、人間とその社会につきまとう生理的自然にまでおよぶことになる。 いわゆる五感もまた、彼らのユートピア的再構築の対象となるだろう。 まず視覚。これならなんとかなる、とユートピストたちは考えるらしい。完璧にととの えられている理想都市の景観は、すみからすみまで、自然の乱脈さを極力おおいかくした ものである。

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

線引いたところってどのような意味でしょうか できるだけ具体的におしえてください

42 (刊) ステップ2 問題提起 だ。 評論 デザインの教科書 本文ガイド ――線部はガイドの解答例 かしわぎ ひろし 柏木博 博 今日の私たちの環境は、牛のゲップすら問題になるほど深刻な事態にある。 温暖化によって、永久凍土が溶け 出し、閉じ込められていた二酸化炭素が出てくるなどという話は、たしかに恐ろしい。深刻ではあるけれども、 エコロジー的な考え方をほとんど機械装置のような思考にしてしまい、一点突破をするような行動に結びつけて しまうことのほうが、さまざまな問題を生み出すように思えてならない。ここはひとつ、肩の力を抜いて、エコ ロジー的な生活実践を、「有機的」に考えたいところである。そして、それを実現する手だてのひとつとして、やは 5 デザインがあるのではないかと思える。 肩の力を抜いて、ユルやかな気持ちで有機的な思考をいざなうために、少々、おもしろい話を紹介しておきたい。 フランスのテレビ番組で行った興味深い実験がある。マルセイユの港の汚染された海水のなかで元気に泳いで タコをサイシュし、まったく汚染されていない海水の入った水槽に沈めてやる。そうするとなんと数秒後に はタコは収縮し、スイジャクして、やがて死んでしまう。 私たちを含めた生物に必要なことは、バランスである。タコに必要なのはつねに汚染された水質環境だという ことではない。そうではなくて、一気にそれまでの環境を変化させることが、危険をもたらすというにすぎない。 重要なことは、「環境のエコロジー」だけを考えるのではなく、同時に人間関係などの「社会的エコロジー」そして、 私たちの主観や主体にかかわる「精神的エコロジー」、そうした三つの要素を有機的に考えていくことこそが重要 なことであり、現状の解決をもたらすのではないか。 タコのエピソードを持ち出し、三つの「エコロジー」を提案したのは、思想家のフェリックス・ガタリである。 彼は、三つのエコロジーを「エコゾフィー」という造語でまとめることを提案している。 ⑥「地球という惑星は、今、激烈な科学技術による変容を経験しているのだが、ちょうどそれに見合うかたちで恐 るべきエコロジー的アンバランスの現象が生じている。このエコロジー的アンバランスは、適当なチリョウがほ めどこされないならば、ついには地上における生命の存続をおびやかすものとなるだろう」とガタリは述べている。 と また、具体的には「エコシステム、機械領域、社会的・個人的な参照系といったものの相互作用を《横断的に≫考え まていく習慣をわれわれは身につけねばならないのである」という。 ⑦言い換えれば、「精神」「社会」「環境」に対する行動の最適性がどこにあるのかを探っていかなければならない。 つまり、何かをデザインするときに、これまでは、技術、 経済的コスト、市場などいくつかの要件のなかで最適 性を求めなければならなかったわけだが、そこに、さらに「三つのエコロジー」という要件が加わったということ 25 10 2 3 LO 5

未解決 回答数: 0
現代文 高校生

大至急です!!!高校「森で染める人」の問題です!長文なんですが1と3の問題を教えていただきたいです、、期限がきょうまでの課題なので、早めにご回答いただけると大変助かります、!!

2 次の文章は、「森で染める人」の一部である。 これを読んであとの問いに答えなさい。 (P.100~P.109) この場所に暮らし、誘われるように色を染める日々の中で、やっとたどり着いた答えがある。 自然と関わり、自 然にかえっていく物作りの中で、 どんなに手間や時間がかかっても、その土地の"環境"を持続できる。 技術 を残していきたいということ。 私自身が色を染め、物を作る日々の中で、自分の求める表現を可能にするための技術と、それを支える環境を受 け継いでいくということだ。環境を変えてしまうほどの大きな技術が、大切に受け継がれてきた無数の小さな技術 淘汰してしまう時代に、何を手放し、 何を残していくのか。 「染める」行為は私にとって、その先にある季節を 感じることであり、 背景である土や水との関わりであり、大きな循環の一部だ。 それは染色のことだけでなく、 日々の暮らしのあらゆる場面で実感している。 野菜を作ること、山の木をきって燃料にすること、 子供が川で釣っ てきた魚を家族で食べること。自然とじかにやりとりする中で、一つの行為を自分の手の届く範囲で完結させ、循 環させること。それを可能にする環境さえあれば、きっとそれは難しいことじゃない。 どこから来て、どこへ行く のかを可視化させることよりも、それを肌で感じられる環境こそが、私には必要だったんだと思う。 草木の持つ色は美しい。私たちは今、草木染めの布を使って服を作ることに取り組んでいる。植物の色は化学染 料と比べると不安定で、全体的に淡く落ち着いた色味になる。日光による退色や変色のぐあいも植物によってさま ざまなので、 商品にするには、どの植物でもよいというわけにはいかない。 下地や定着を工夫したりして、時間を かけて染め重ねていく。 市販されている合成の助剤などを使えば、複雑な模様の表現や鮮やかな発色も可能だけれ ど、できるだけ自然の物、中身が分かる物を使いたい、 手仕事の跡を大切にしたいという思いがある。 それは本当 に手間と時間を必要とすることで、 非合理的にも思えるけれど、物があふれかえるこの時代で、自分が物を作るこ との意味を曖昧にしたくない。 自然からも人からも搾取せず、持続していける選択をしたい。 ②少しでも気を抜くと、私たちは自然の循環する輪から放り出されてしまう。 知らず知らずのうちに、その場を 断ち切っているかもしれない。 全ては自分の選択に委ねられているのだとすれば、私が今日選んだ道はどこへつな がっていくだろう。この美しい世界を次の世代へ手渡すために私ができるのは、彼らの少し前を歩くことだけだと 思う。 コケで覆われた倒木や、空に伸びるヤシャブシの木は、ただ美しくそれを繰り返している。私はまた何度で もそういうものとの邂逅を求めて山を歩くだろう。 [一]傍線部①「土地の"環境"を持続できる技術」とあるが、この内容を端的に表している一文を抜き出し、 初めと終わりの五字を答えなさい (句読点は一字に含む) [知・技] (6点) [二] 次の傍線部の漢字の読みを平仮名で書きなさい。 [知・技](3点×6) ①淘汰 ②可視化 ③曖昧 ④搾取 ⑤委ねる ° ⑥邂逅 [三]傍線部②「少しでも気を抜くと、私たちは自然の循環する輪から放り出されてしまう」とはどういうことか。 本文中の語句を用いて説明しなさい (時数制限なし) [思・判・表] (6点) 0

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

なぜ近代になると、アイデンティティを持つことが強く要求されたんですか。契約関係による義務や権利が理由とされていましたが、なんとなくピンときません。アイデンティティーは自分の自己同一性なので、約束を一貫して守ることとどう関係しているんですか?自分は絶対に約束を守る人間だと言う... 続きを読む

【現代文のキーワード 普遍 (ふへん) 特に明確な契約関係による義務や権利が発生する「近代」社会においては、個人が約束を一貫して守る、と いうアイデンティティを持つことが強く要求されてきた。こうした自己の一貫性や同一性が、近代的な市民社 会における個人の役割や集団の結びつきを成り立たせる基盤となってきたのである。ところが、今日、「近代」 社会のこうした前提がゆらぎ始めている。というのも、社会の多様化・流動化に伴って、現代人は自分の一貫 性や同一性を維持していくことが難しくなり、「自分」というものがよくわからなくなって、あたかも、自分の 本質が奪われて不本意な生を強いられているという実感を持つようになってしまったからである。そのような 状況を「自己疎外」とよぶこともある。 現代評論では、そうした問題を掘り下げて、自己同一性が危機に陥ったり、人々が自分の役割や所属意識を 喪失してしまっている状況(アイデンティティ・クライシス)に言及することによって、現代社会における自 意識(p4のキーワード)のありようを明らかにしていこうとする傾向がみられる。よく覚えておこう。

回答募集中 回答数: 0
現代文 高校生

この問題なんですが 存在しないことが問題とみなされるようになったという文から必要不可欠的なのがいるのかと思ったのですが なぜ入らないのですか?

TOME NO! 例題 P.109 理由説明 ① 因果関係を説明する 技術哲学の展望 村田純一 設問で「どう れるのが〈理由説明〉でお 傍線部の原因・理由> となる内容を一 から読み取り、それを「~から(のでた め)」という形で答える。この例題のよう に、原因と結果の関係 (因果関係)〉を答 えるパターンである。これが 〈理由説明〉 の基本となる。 現実の状況というのは、多くの要因が絡み合った多様性を示すので、 人工物が用いられる場合に、必ずしも常に一義的な仕方で 使用の仕方が実現するとは限らない。しばしば、道具を設計したデザイナーの意図と反するような仕方で道具が使用されたり、あ るいは、ある状況での道具の使用を介して道具に全く新たな目的が付加されるということも起きる。やや極端な例ではあるが、金 は状況に応じて、本来の目的のほかに、人に危害を加えるためにも、ものを押さえるためにも、あるいは、芸術作品として用い られることもある。どのような人工物も、程度の違いはあれ、このような多次元性をもっているし、しかも、技術の歴史はこの種 の事例で満ちているともいえる。 の上に昔から生きつづけ 例えば、一七世紀から一八世紀にかけてヨーロッパから多数の機械時計が中国に輸入された。それらはおもに交易を求めたヨー ロッパ人が中国の皇帝に献上品として運んできたものである。当時の中国は古来の不定時法を採用していたので、機械時計は実際 の生活に役立つものではなかった。にもかかわらず、多数の時計が持ち込まれたのは、芸術作品、ないし、玩具として、おもに宮 延に関係する人々にとっての鑑賞の対象になっていたからである。この例は、技術的人工物が異なった文化的脈絡のなかで用いら 100 場合には、あらためて「解釈」される必要のあることを示しており、その意味で、異なった文化のあいだで発揮される人工物 に備わる「解釈の柔軟性」を示しているということができる。 制作された最初の目的や機能とは異なった仕方で技術が「解釈」されるようになる可能性は、二〇世紀の技術の場合にも決して 珍しいわけではない。インターネットが典型例の一つである。よく知られているようにインターネット技術のもともとの起源は軍 事的領域にあったが、現在では日常生活の新たなコミュニケーションの形態を作り上げることになった。自動車の技術もこの例に めることができる。ベンジやダイムラーらが自動車を発明する以前に、あるいは、フォードがT型フォードを開発し、自動車が 大量生産されるようになる以前に、馬車より速い乗り物がないことは「問題」ではなかったし、馬車より速い乗り物に対する強い 社会的な需要があったわけでもない。例えば、アメリカでは、自動車は最初は都市部の富裕階級によっておもに娯楽のために用い られる乗り物として登場した。農村部では、自動車は馬車による交通の邪魔になり、家畜に被害をもたらし、道路を破壊するやっ かいものでしかなく、「悪魔の乗り物」 (devil wagon) と呼ばれ、嫌われた。自動車が農村部での日常的使用にも耐えるようなデ ザインに改良され、広く普及されるようになってはじめて、つまり、自動車によって移動することが自明化し、日常的な価値基準 の一つとなってはじめて、一般に自動車が存在しないことが「問題」と見なされるようになったのである。 点で技術の創造性が発揮された例と考えられる。 これらは、既存の目的手段―連関が、技術の展開のなかで変換され、新たな目的手段連関を形成することになったという こうした事例に加えて、技術の歴史のなかには、意図に反した結果がもっぱら「否定的」に解される事例も豊富に見出される。 例えば、E・テナーは「逆襲するテクノロジー』のなかで、オフィスのネットワーク化は紙でコピーを取ることを不要にするだろ うという未来学者の予言に反して、現在のオフィスは紙であふれているという事態、あるいは、ある地域で安価なセキュリティ システムの導入がなされたが、それによって誤作動や誤報が多くなったために、かえって前よりもセキュリティのレヴェルを下げ ることになってしまったといった事例をあげて、「モノが反撃しているように見える」と述べている。 これらの事例は、技術が単なる道具に還元できない「他者性」を持つことを印象深く示している。ただし、ここで示されている 他者性は、広い意味で「創造性」ということのできる特徴である。というのも、これらの事例で示されているのは、技術の展開が デザイナーや製作者の意図に反して実現する過程であり、そしてこの過程はポジティヴに評価されるにせよネガティヴに評価され るにせよ、いずれにせよ、人工物が新たな意味を獲得する過程だと考えることができるからである。 で説明せよ。 傍線部「馬車より速い乗り物に対する強い社会的な需要」がアメリカで生まれたのはどうしてか、本文に即 90

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

至急!! 高校三年生の国語なんですけど全く分からないので解答と解説を求めます。 画像1→ 2→ 3の順で見てください よろしくお願いします!

ふじはらたつ 藤原辰史「食を聴く」「孤食」という社会問題 ★次の文章を読んで、後の設問に答えよ。 食文化とは、人間のすべての感覚に訴えてくる総合的文化である。 2 味覚と嗅覚は言うまでもない。 お椀の味噌汁から漂う大豆発酵の香りと、味噌汁を口につけたときに広がる濃厚な味わい。 鼻と舌と いう器官は食の舞台では主役級だ。それ以外に、視覚、触覚、聴覚も深く関わる文化であることも、容易に理解できるだろう。一皿に 載せられた食べものの色彩と配置は絵画にたとえられるし、歯ごたえや舌触りという名詞は世のグルメ本には欠かせない。二日酔いの朝、 口に含んだ味噌汁は、まだ眠っている鼻腔の細胞を挑発し、舌の真ん中あたりの痛覚をも刺激したあと、喉の上方から吸収されてい。 くように、体に浸みわたる。 ③ ただ、聴覚については、ほかの感覚と比べて、これまでほとんど掘り下げられてこなかったように思うので、ここでは食と音につい 考えてみた 食の「音」が意識されるのはどんなときだろう。私にとって真っ先に思い浮かぶ音は、せんべいを砕くあの音である。 私の職場は、定期的に研究会を運営したり参加したりして、その道のエキスパートの話を聴き、知見を蓄え、研究報告書やシンポジ ウムというかたちで社会に還元することを主な職務としている。研究会は平均四時間、場合によっては五時間に及ぶことが多いので、 発表者や参加者がおやつや飲みものを持ってくることがある。 これを休憩時に食べるのが楽しみでもあるのだが、研究発表が三時間以上続くこともたびたびあって、そのときには小腹が減ってく るので、聴きながら食べることもある。研究会中にせんべいを食べる音は、部屋全体に響きわたる(と私は恐れる)。ので、できるだけ そのゆっくりと砕かれるせんべいの音が悪目立ちしてしまう(と私は恐れる)。しまったと口 B 音を立てないように砕くのだが、 それは私の食道と胃袋を傷つけて に含んだせんべいの行き場に自信を失った私は、悩む。このまま飲み込んでしまいたい。 やまないだろう。いっそのこと高速で噛み砕いてしまおうか。噛むべきか、噛まぬべきか悩む私がふと目をあげると、目の前の参加 者が、勇猛にもせんべいを噛み砕いていることに気づく。しかも破砕音があの独特のリズムを刻んで部屋に響いている。なんと勇敢な せんべいの戦士だろう。 D 生来気の弱い私は、勇敢な戦士の放つ音に紛れるように自分の口のせんべいを食べ切ることに成功するのである。私がこの間一言も 20 漏らさぬように真剣に報告を聴いていることは、名誉のために付け加えておきたい。 総じて静かな空間は、食べる行為が音を発する行為であることを思い起こさせてくれる。 箸が茶碗に当たる音。ナイフとフォークが 皿に当たる音。蕎麦をすする音。スープをすする音。キュウリの漬物を噛む音。 レンコンを噛む音。 肉を切り分ける音、骨についた肉 をしゃぶる音。ビールが食道を通る音。 バリボリ、カツカツ、コツコツ、ズズズズズ、 ギコギコ、シャキシャキ、ゴクリ。食卓は本来 さまざまな音に囲まれている。 胎児は、あるときから子宮のなかで音が聴こえるようになるという。産婦人科医の増﨑英明はこう述べている。 「子宮の中ってめちゃ めちゃやかましいんですよ。お母さんの心臓は子宮に接してますから、おそらく、ドッコンドッコンドッコンドッコンってずーっと聞 いてたら、たまらんですよ。 ノイローゼになる」(増崎英明・最相葉月 「胎児のはなし」)。ならば、母親が食べたものが、食道を通って、 胃や腸で揉まれる音も、心臓の鼓動の合間に、羊水の振動を通じてきっと聴いているのではないか、とこの一節を読んで考えた。他者 が食べる音は、生まれたばかりの赤ちゃんが母親の心臓の近くに置かれると泣き止むように、安らぎのようなものを与えるのではないか。 3 たとえ胃腸の音が心臓音で掻き消されているとしても、心臓の鼓動は、胎児の栄養を送る音だ。私は、ともに食べることが、単に複 数で食べること以上の何かをもたらす理由として、母親の胎内にいたときの「耳の体験」があるのだと考えている。 子宮のなかで母親 と一緒に食べていること。つまり、縁食の原型である。心臓の音を聴きながら、へその緒を通じて食べていることは、ともに食べるこ との原初的なかたちではないだろうか。 実際、食べる音は、歯にせよ、舌にせよ、喉にせよ、胃袋にせよ、腸にせよ、人間の体のなかが発する音である。食べる音は、本来、3 自分が動物として生まれてきたことをそっと私たちに再確認させる音だと言える。それはもっと多彩だったはずだ。 皮のついたリンゴを丸ごとかじる音は、切られたリンゴを食べる音よりも硬質で高い響きを持つ。氷を噛み砕く音は、かき氷を食べ 音よりも低音で岩を砕くように口腔内に轟く。一本のキュウリを噛み切る音は、刻まれたキュウリを食べる音よりも折れる感じが出 ていて爽快。焼き鳥の軟骨を噛み切るときの音は、わずかに歯が滑ったあとに、心地よい野蛮さを響かせる。 喉から胃袋にかけてその 通過の感覚が残り続けるのも軟骨のうまさである。トウモロコシをかじるとき、芯から実が外れる音はユニゾンを楽しめるし、とろろ ご飯を食べる音は蕎麦やうどんをすする音と似ていて、スピード感にあふれている。 39話を料理技術にまで広げてみると、食の音はさらにヴァラエティを増す。 心地よい音に思われる度合いが高いのは、まな板の上で野 菜を刻む音だろう。野菜そのものの音に刃が板に当たる音がダブって響いてくる。ダイコンやショウガをおろす音は大地を鳴らす重低 25

回答募集中 回答数: 0
現代文 高校生

この史学理論 遅塚ただみさんの文なのですが内容が難しくて理解できません。分かりやすく説明して欲しいです

ト的な 本文全 記号で答え ゆるできごとを ◆読み比べ 史学相 ev. 考えの の基礎 しょうぞう 「野家氏の見解の哲学的基礎は、大森荘蔵氏の「過去とは 「想起なり」という有名な命題(これを過去想起説と言う)でい ある。大森氏によれば、過去は知覚できないのだから、過去 は想起されるだけなのだと言う。この説が歴史学に当てはま るならば、野家氏の言うように、過去の事実は想起され物語っ られるだけだという、物語り論的歴史理解が成り立つであろ う。しかしながら、われわれが事実の種類を弁別したときに すでに明らかにしたように、構造史上の事実をはじめとする 「揺らがない」事実は、この過去想起説に当てはまらないの である。 歴史の見 一見すると、大森=野家説の言うように、われわれは過去 を直接に知覚することはできないように見える。しかしなが 野家 二七一ページ参照。 2 大森藏 一九二一年~一九九七年。哲学者。 3 構造史 歴史を物語りによってではなく表れてくる構造によって明 らかにする記述方法。 こうゆう 論理的な文章読み比べ◆ 史学概論 3 かたられること ら、例えば、一九二〇年十月一日現在の日本の第一回国勢調 ?査の結果だの、一九四九年一月二十三日の日本の総選挙にお ける各党の候補者の得票数だの、といった過去のデータ( 実)は、その時点で知覚された事実を調査者が記録したもの であり、そこには、若干の誤差があるとしても、調査者(史 料記述者)の想起だの解釈だの再構成だのが介入する余地は ない。換言すれば、これらのデータは、後になって想起され たものではなくて、過去のある時点で直接に知覚された事実 であり、その事実が、そのまま、現在のわれわれに提供され ているのである。そして、このことは、時代を遡って、十六 世紀の市場価格表だの、十七世紀の小教区帳簿だの、十八世 紀の課税台帳だの小作契約書だの遺産目録だのに記載された 4 国勢調査 政府が五年に一度実施する、人口や世帯の実態調査。 5 データ 四三ページ注3参照。 6 小教区 キリスト教で、布教などのために設けられた区域。 7小作地主から土地を借りて地代を支払い、耕作する仕組み。 Ind alini 273 10

回答募集中 回答数: 0
現代文 高校生

現代文の質問です。なぜ、コメンテーターにとって人口減少が便利な言葉なのかという問いで、答えが、実際に因果関係のない人口減少で危機を煽っても、誰も傷つけない、だそうです。なぜ、文章中にある、一般の人を騙しやすい、が理由にならないのでしょうか。

8 8 【文章Ⅱ】 ちまた 2065年に約8800万人まで減少する一方で、高齢者の割合は4割近くに上昇すると推計 ① 日本の行く末を論じる上で、巷で騒がれているのが「少子高齢化で人口減少時代に突入する から何かと大変」という話題だ。国立社会保障・人口問題研究所によれば、日本の人口は、 人口増加こそが幸福をもたらすかのような風潮だ。 ② この推計に乗っかって、新聞、書籍、経済誌、ネット記事に至るまで、人口減少時代に起こ るであろう、ありとあらゆる危機の事象予測とそれに対する処方箋が考察されている。まるで、 かわいまさし うはいかない。 ⑤ というのも、その地域の人口が減れば当然、いずれは行政規模の適正化のため、市町村を合 併しなければならない。民間企業なら地方の支店を減らすくらいで済むが、地方公共団体はそ 地方公共団体の関係者だと筆者は見ている。人口が減り続けたら、最も困るのは彼らだからだ。 版されるなど、世間の耳目を引いている。 談社現代新書)だ。これが45万部を超える大ベストセラーとなり、類似したムック本が複数出 ③その火に油を注いだのが、2017年6月に発刊された河合雅司氏の著書『未来の年表』(講 4 とはいっても、実はこの「人口減少危機論=人口増加幸福論」を支持する“世間〟とは、主に ⑥ 日本では過去3回、自治体が大合併した歴史がある。(図1)日本には1888年(明治2 年)時点で、自然集落の町単位で7万以上もの自治体があったが、翌1889年の「明治の大 合併」によって、1万5859の市町 に再編された。 らに合併が進むかもしれない。 することを目標に掲げていたから、さ 府は、もともと自治体数を1000に 治体数は1718で止まっている。政 年(平成26年)の合併を最後に全国自 合併」「平成の大合併」を経て、2014 戦後も市町村合併は進み、「昭和の大 図1 自治体の合併の歴史 1,242 10,982 1,797 8,518 1,903 1,574 663 1,994 577 568 自治体数 年月 計 市 町 村 |1888年 (明治21年 ) 1889年(明治22年) | 71,314 71,314 15,859 39 15,820 1922年(大正11年) 12,315 91 1945年(昭和20年10月) 1947年(昭和22年 8 月) 10,505 1953年(昭和28年10月) 9,868 1956年(昭和31年4 年4月) 4,668 10,520 205 210 1,784 | 8,511 286 1,966 7,616 495 1,870 | 2,303 1956年(昭和31年9月) 3,975 498 1962年(昭和37年10月) 1961年(昭和36年6月) 3,472 556 1,935981 3,453 558 1,982 913 1965年(昭和40年4月) 3,392 560 2,005 827 1975年(昭和50年4月 3,257 643 1,974 640 2,001 601 1995年 (平成 7年 4月 3,234 1999年 (平成11年4月) 3,229 671 1,990 3,218 675 ,981 | 562 1985年 (昭和60年 4月 3 月月月月月 年年年 18 786 757 2002年 (平成14年4月) 2004年(平成16年5月) 3,100 695 _ 1,872 533 2005年(平成17年4月) 2,395 739 1,317 339 1,821 2006年(平成18年3月) 2010年 (平成22年4月) 1,727 2014年(平成26年4月) 1,718 777 846 198 198 790 745 183 (総務省 「市町村数の変遷と明治 昭和の大合併の特徴」 より ) 25・・ しないことが分かる。 このように過去を振り返ると、人口 あったからだ。したがって、人口減少で地方自治体が消滅するという相関関係は必ずしも成立 増加時代にあっても自治体の数は減っている。そこには行政の効率化という大きなメリットが 2017年には約274万人と50万人以上減った。 事実、ピークの1994年には約328万人もいた地方公務員の数は、その後減少を続け、 り 自治体が合併すれば、2つの役場が1つで済むわけだから、課長や係長といったポストも1 つずつ失うことになるだろう。あるいは将来的にリストラで職場そのものを失うかもしれない。 ここう そこで、地方役人らは何とかして糊口をしのごうと、「地域に人口を増やそう 尾 Alchy 30 L

未解決 回答数: 1
現代文 高校生

川上弘美さんの「境目」という文章について質問があります。 1️⃣第三段落に「季節の境目をあそこでもない、ここでもないと引きたくなる。」とありますが、それはなぜですか? 2️⃣「日々がへんぺいに続いているのではないことを知りたくなる」とありますが、それはなぜですか? 3️... 続きを読む

弘 達にとって市と市に空 <視点>経験をもとに、 間的に大きく隔てられせる。その時、どのよ1 るという考えが無意な問いが見えてくるの かわかみひろみ 境目 連する事柄を集め、ひ のことばでつなぎ合 にあるがその常識が ろうか。 ①走って、一分ほどのところに、境目がある。市と市の境目である。ときどき、境目の あたりを踏んでみたりする。こちらからあちらに移ったと思う瞬間、妙な気分になる。 から 以前住 んでいた場所は、 三つの市の 右に踏 境目近くにあった。左に踏み出せば×市。 み出せば□市。ここにとどまれば○市。 子供の手を引いて境目に行き、境目から境目へ、 けんけんをしてみたことがある。×から□、□から○へ、○から×へ、それはもう自 在であった。痛快であった。しかしいっ。 人がつくった境目というものを、ひど 不可思議なものに感じたおぼえがある。 実際に具体的な違いがあるわけではなく簡単に越えられるのに 2人間どうしの境目、というものがある。目ははっきりと存在しているから。 破られる感覚があっ けんけん 片足跳び ごく幼いころ、外国に住んだことがあった。日本人はほとんどいない場所だった。ク 2もうこ ラスの中で、蒙古系の人間はわたし一人。周囲は全員が西欧系である。 境目があるということを、ときどき知らされることがあった。 「ヒロミはチャイニーズだから(そのころ日本という国の知名度は低く、蒙古系の人間 イコールチャイニーズであった)。」と、言われるのである。 チャイニーズだから髪が真っ黒なのね。 チャイニーズだからサンドイッチの食べ方が 反対なのね。(耳から食べることをなぜか子供たちは「反対の食べ方」と言った。ほん とにそうなんだろうか? だれかサンドイッチの食べ方について詳しい人、教えてくだ さい。)チャイニーズだからおしっこもらしちゃうのね(わたしはおしっこもらしであ アメリカ合衆国とカナダの国境となるナイアガラの滝にかかる レインボーブリッジ。橋の中央が国境。 った。チャイニーズだからではないんだが)。 自分の姿は自分では見えないから、わたし から見ればクラスはいちようである。ところ がわたし以外から見れば、境目を持つ人間、 すなわちわたしが存在しているのである。 わたし一人のまわりに、ぐるりと境目が引 かれていた。わたしは、その中で、一人。奇 妙な感じだった。 10 人間だったから 和 2 蒙古系 人種の三 の一つ、モンゴロ さす。日本人・中 どモンゴロイドロ 人々をおおまか 表現。「蒙古」= ゴル(Mongol) 音写。 3 チャイニーズ 中 [英語] Chinese 4耳 食パンなどの 5 いちよう 一様。 こと。均一的。 6 金木犀 モクセイ 緑樹。十月ごろオ 色の小花をたくさ 特有の芳香を放つ 自分には見えない世界線が一方的 に引かれそれによって疎外される 季節の境目、というものもある。この 残暑がきびしい、と思っていると、そのう さん 〈不可思議〉〈知名 きんもくせい ちに秋刀魚が店に並ぶようになる。 金木犀が 〈残暑 にも感じたから自在〉〈痛快〉

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

至急!全部分かる人いたら教えてください💦

主語と述語を対応させる 作文の基礎 0 次の文は語の対応関係が乱れている。きちんと整うよう、 部を書き直しなさい。 遠くの海が展望台から見る。 見える 彼の目標は全国大会で優勝したい。 前回の生徒会は各委員会からの提案が行われた。 することだ 新製品の売り上げが評判も上々なので期待している。 ③議長の要求は、第三者の意見を聞きたいと言っている。 ⑥石川啄木の短歌をよむと故郷を思い出されます。 ⑥私の願いは日々平穏に暮らしたい。 ⑥弟の長所は初志貫徹で物事をやりとげる。 2 次の文の主語と述語が対応するよう、アイ二通りの方法で 書き直しなさい。 ①私の希望は勉強と部活動を両立したい。 ア私の希望は ②朝の日課は一時間走ることが日課だ。 ア朝の日課は ③首相の発言は強い意志を感じた。 ア首相の発言は おかし ③同じ絵を二枚も買ったのは、二人の妹が欲しがっていた。 浮世絵は西洋への輸出品の緩衝材として使っていた。 わが社では海外進出を本格的に検討されている。 ②大事なのは初心を忘れないことが大事だ。 この催しの良さは外国人との交流を増やしました。 次の文の内容を変えないよう、書き出しに続けて書き直しな さい。 ①正岡子規は野球用語を日本語に訳した。 正岡子規によって したい。 ②机の上にあるのは彼女が撮った写真だ。 机の上には ③姉は市役所に勤めている。 姉が ④この本は平易な言葉で書かれている。 作者は ⑤弟子たちは孔子から「仁」の心を学んだ。 ⑥予報によると明日は大雪になるそうだ。 予報は ⑦地元の人は富士山が見えると言っている。 孔子は 感じた。 ④伊勢物語には「男」の生から死までが描いている。 ア 伊勢物語には 描いている。 地元の人によると

回答募集中 回答数: 0
1/16