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現代文 高校生

傍線部のところの旅もまたと書いてるところについてで、回答には10行目の別の世紀の人々にしたしむのと旅が並列されていると書いてあったのですが、私は、傍線部で旅もまたと書かれていたので、傍線部より前に並列されてるものがくると思ってしまったのですが、違うのですか?教えてください!

いま学 きる! KIMERU SERIES 次の文章を読んで、後の問いに答えよ。 過去問にチャレンジ 例題2-2 デカルトが四十一歳のときに公刊した『方法序説』をよむと、ごくはじめのところで、われわれは旅 というものの効用が申し分なく簡潔に指摘されている次のような一節に出会う。ただし、その効用は、 よく文字を弁え、知識として摂愛し得るかぎりの知識を時代から申し受けたひとりの若々しい人間に とって、旅が用として働くときの効用である。しかもデカルトは、旅の効用を説きながらも、旅人とし て長く異郷に暮らすという境涯の孕んでいる危険な罠から、油断のない目を離さない。旅もまた、この 短い一節のうちで相対化されている。デカルトは、同時代のフランスで人々が呼びならわしているとこ ろをそのまま用いて、こういう醒めきった目をボン・サンス(良識)と称した。 だが、これまでにギリシア・ラテン語のためには、もう充分の時をついやしたと私は思っていた。 このことは、古き世の書物との付き合いについても、そういう書中にみえる歴史また寓話についても、 同様にいえることだった。じっさい、別の世紀の人々にしたしむのと、旅をすることとは、よく似て いる。いろんな違った国民の習俗について何かを知るのは良いことだ。そうすれば、われわれ自身の 習俗について、もっと公平な判断がくだせるようになるし、われわれの風とは相容れないもの、納得 しかねるものをすべて見境なく滑稽な、不都合なものに思ったりもしなくなる。何らの見聞もない人々 4

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現代文 高校生

川上弘美さんの「境目」という文章について質問があります。 1️⃣第三段落に「季節の境目をあそこでもない、ここでもないと引きたくなる。」とありますが、それはなぜですか? 2️⃣「日々がへんぺいに続いているのではないことを知りたくなる」とありますが、それはなぜですか? 3️... 続きを読む

弘 達にとって市と市に空 <視点>経験をもとに、 間的に大きく隔てられせる。その時、どのよ1 るという考えが無意な問いが見えてくるの かわかみひろみ 境目 連する事柄を集め、ひ のことばでつなぎ合 にあるがその常識が ろうか。 ①走って、一分ほどのところに、境目がある。市と市の境目である。ときどき、境目の あたりを踏んでみたりする。こちらからあちらに移ったと思う瞬間、妙な気分になる。 から 以前住 んでいた場所は、 三つの市の 右に踏 境目近くにあった。左に踏み出せば×市。 み出せば□市。ここにとどまれば○市。 子供の手を引いて境目に行き、境目から境目へ、 けんけんをしてみたことがある。×から□、□から○へ、○から×へ、それはもう自 在であった。痛快であった。しかしいっ。 人がつくった境目というものを、ひど 不可思議なものに感じたおぼえがある。 実際に具体的な違いがあるわけではなく簡単に越えられるのに 2人間どうしの境目、というものがある。目ははっきりと存在しているから。 破られる感覚があっ けんけん 片足跳び ごく幼いころ、外国に住んだことがあった。日本人はほとんどいない場所だった。ク 2もうこ ラスの中で、蒙古系の人間はわたし一人。周囲は全員が西欧系である。 境目があるということを、ときどき知らされることがあった。 「ヒロミはチャイニーズだから(そのころ日本という国の知名度は低く、蒙古系の人間 イコールチャイニーズであった)。」と、言われるのである。 チャイニーズだから髪が真っ黒なのね。 チャイニーズだからサンドイッチの食べ方が 反対なのね。(耳から食べることをなぜか子供たちは「反対の食べ方」と言った。ほん とにそうなんだろうか? だれかサンドイッチの食べ方について詳しい人、教えてくだ さい。)チャイニーズだからおしっこもらしちゃうのね(わたしはおしっこもらしであ アメリカ合衆国とカナダの国境となるナイアガラの滝にかかる レインボーブリッジ。橋の中央が国境。 った。チャイニーズだからではないんだが)。 自分の姿は自分では見えないから、わたし から見ればクラスはいちようである。ところ がわたし以外から見れば、境目を持つ人間、 すなわちわたしが存在しているのである。 わたし一人のまわりに、ぐるりと境目が引 かれていた。わたしは、その中で、一人。奇 妙な感じだった。 10 人間だったから 和 2 蒙古系 人種の三 の一つ、モンゴロ さす。日本人・中 どモンゴロイドロ 人々をおおまか 表現。「蒙古」= ゴル(Mongol) 音写。 3 チャイニーズ 中 [英語] Chinese 4耳 食パンなどの 5 いちよう 一様。 こと。均一的。 6 金木犀 モクセイ 緑樹。十月ごろオ 色の小花をたくさ 特有の芳香を放つ 自分には見えない世界線が一方的 に引かれそれによって疎外される 季節の境目、というものもある。この 残暑がきびしい、と思っていると、そのう さん 〈不可思議〉〈知名 きんもくせい ちに秋刀魚が店に並ぶようになる。 金木犀が 〈残暑 にも感じたから自在〉〈痛快〉

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現代文 高校生

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... 続きを読む

off ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 ⑧ 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑥ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 五日 (解答番号は、第二間で【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~35 です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~間10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイプそのものも、すでに複雑で した経路と水をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係による る種の根源的な喪失とのなかから再発見 再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな なものではなく、あ く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、 な属関係・新有関係を前提としない、旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の前言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが な手掛かり ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、ればふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリア語で柱や壁に傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことはと 定の業界で仲間内だけで使われる僕。 された「グラフィティ」 (Graffiti)を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の、シャッターを呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 落書きが文字だけであれば、それはふつう「ビシャソン」である。 独特の字体に、特のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字が歌やのかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描く)だけのピシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に陥っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊能さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集『夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 や神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二ブロックほど離れた路地に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐに(テッドロックもおそらく気づいていない) この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024 AG-B-1) 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい 関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に (行く春や鳥啼き魚の目は mmm はしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの 想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか で経験した無数の声と文字による橋の過程に携帯用の筆入れと墨壺である立」からとりだされた筆記用具によって 聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このビシャソンとなった芭蕉の句において、過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 ブ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの か、それすらもはや判然とはしない。 ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の Haikaiへと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の図の が、ポルトガル語の 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの時の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。 しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた日録のなかに書き込んでいった。 「の」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。人類学という実践 そのものが異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 ふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 既存の粋を解ょうヒスコ 夢のを「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識のによってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、ことばと文字がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、 「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。 あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの旬が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 primavera não nos deixe pássaros chorum lágrimas no olho do peixe 実験・野心弟で (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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現代文 高校生

文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... 続きを読む

た。 問4 傍線部 (3) 「このことを、なぜわれわれは素直に認めることができないのだろうか」とあるが、この問いに対する筆者 考えとして最も適切なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。解答番号は2 ① 他者に対して心を開くことは危険を伴うことだから。 ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑤ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 upt 解答番号は、第二間で 【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~25です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~問10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 の偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイブそのものも、すでに複雑で錯 した経路と水脈をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係によるAなものではなく、あ ある種の根源的な喪失と離脱のなかから再発見・再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、A な帰属関係所有関係を前提としない、 旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは間言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を な手掛かり とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 へと移住した。 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、それはふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリアでに傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことばへと転用 された「グラフィティ」 (Graffitti) を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の商店の壁、シャッターを目呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 書きが文字だけであれば、それはふつう 「ビシャソン」である。 独特の字体に、符牒のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字がや虫のかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描くだけのビシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に踊っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集「夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。 彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二プロックほど離れた路地の壁に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐにテッドロックもおそらく気づいていない〉 この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024AG-B-1 (2024AG-B-2) ② 介護する 不十分さが解消されるため、その関係を豊かにすることに注力 介護が人間に向けられたものとなり、その人間の豊かさに寄与するものとなるためには、人間の価値を能力から切り離 で捉えた上で、介護する者と介護される者の間に心が開かれた関係が形成される必要がある。 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい う関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に 行く春や鳥啼き魚の目は 巨) primavera não nos deixe passaros choram wwwwww (注) ばしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの を想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、 地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか 経験した無数の声と文字による橋渡しの過程に携帯用の筆入れと墨壺である矢立」からとりだされた筆記用具によって 俳聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このピシャソンとなった芭蕉の句において、 過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 プ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの それすらもはや判然とはしない。ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の俳諧が、ポルトガル語の Haikai へと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の連関の統 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの詩句の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた目録のなかに書き込んでいった。 「一の鹿」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反芻することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。 人類学という実践 そのものが、異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 をふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 夢の残滓を「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識の刺によってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。 ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、 ことばと文学がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと 刺を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、流謫の「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、 ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの句が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 lágrimas no olho do peixe (28) (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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現代文 高校生

問9の解説お願いします🙏💦

20 ねばならない。 また、こ (解答番号は、第二間で【古文】 を選択した場合は1~現代文を選択した場合は1~25です。) 第一問 次の文章を読んで、1~問1)に答えよ。 少女が涙に濡れた。差し出し、言う。「ピッ」 それを見た少年が、え、雨なの、と空をアオぐ保証など、言語にはどこに ちない。少年が朝鮮を知らなければ何だって? 何て言ったの? どういう意味なの? と、いきなりことばそのもの が前面に立ち現れる ことになる。 www. ロサンゼルスでも、アルフ・アタでもどこでもよい。 英語とスペイン語でも、北京語 広東語でもよい。 秋田空港でタク シーに乗った高知からの運転士との会話でもよい。複数の言語が出会う言語場複数の言語が用いられている場では、こう したことは日常である。 「おそらくこういう意味だろう」というような意味の曖昧な実現の仕方も、まさに日常の出来事である。 ホテルのフロントで 交わされる会話に耳を傾けてみよう。そこがホテルのフロントであるという言語場の条件に支えられて、「おそらくこういう 意味だろう」解ってくれたようだ」といった仕方で、意味がかろうじて立ち現れている、そんなことは、今もおそらく二四時間、 世界中あちこちのホテルのフロントで起こっている。あちこちの場で起こっている。 ことばができあいの意味を有していて、 それをキャッチボールのようにやりとりするといった図式は、ホテルのフロントでも、国境の検問所でも、やはりBに過 この意味な実現というありようを見てゆくと、意味の鮮明な実現と意味の曖昧な実現の境界もまた、しばしばゆ やかなものであることがわかるであろう。意味の実現を考えるにあたって、この点はまた重要である。 「ことば常に多義的である」といった次元のことを述べているのではない。「ことばが常に多義的である」と それ自体として大きくってはいないものの、ことばが意味となる機制の結果を語っているに過ぎない。 ことばは 意味となったりならなかったりする、そしてそのなったり、ならなかったりという境界自体も、また原理的に固定し難いもの だという意味の実現の原理的なありようをここでは問題にしているのである。「多義性」とは、ことばが意味を持つものでは 意味なものであることの結果についての書学的なアプローチによる名づけである。「両義性」 や 「曖昧性」もま たにする。ついでに言えば、「それはまあ、なんて言うか、ちょっとあれですが」とか「これこれっていった感 ことばにする方式、意識的に表現を明瞭にする曖昧化といったことが、表現上の選択肢となり得ることも、 この度にある。 ことばは意味を持つ」と考えた。このことは言すると、ことばを「意味を持つ/持たない」という二項 対立の中に位置づけようとしていることに他ならない。実際の甘酒場において意味が立ち現れる、立ち現れないの際にあること レクがありま は、いくらでもある。そうした意味の「持つ/持たない」の二分法で切り分けようとすること自体が、生理の所行と言わ れがされたことば)であれ書かれたことばであれ、外形を有している。形が在る。形を有すること ばか何らかの意味を持つと見たくなるのは、素朴な意味論のように見えるけれども、実はソシュール言語学を決定的な淵源とす 現代である。 ことばがじないのは、青森方言や鹿児島方言のごとく、そもそもコードが異なるからだとか、意味を持つことばを 聞き手が知らないからだとか、あるいは するからだと考えた。こうした考えは全て、ことばは通じるものだ」という テーゼとして出発している。そうした前提に立って、 伝達の失敗とか意思ソツウがうまくゆかな いといったこと、じようとしてきた。あるいは「文字通りの意味」がまずあり、それが実際に用いられる段になると、「言 があると考えてきた。書かれたことばには「行間を読む」などという比喩もあった。「コミュ ニケーション」にあっては、ことばを「正しく」「正確に」用いることがしばしば語られた。さらにはことばが「文化」にまで める てきたのである。 あらかじ 拡大され、「異文化」というコードを知ること、「異文化理解」などといった考え方が喧伝されてきた。これら多くの考え方の中 で、大前提となる、同一言語コードの上で、即ち正しいコードの共有の上で、ことばの十全たる受け渡し、即ちことばの正しい キャッチボールさえ実現できれば、「ことばは通じるものだ」という暗黙のテーゼ自体は揺るぎないものとして、保持され続け かも戻すた形がと ことばを「意味を持つ/持たない」という二項対立の中に措定しようとする限り、「ことばは通じるものだ」という暗黙のテー ゼは動きようがない。ことばが意味を「持っている」なら、何かしらの外的な阻害条件が加わらない限り、 ことばは投げ与えら れたので、その意味は話し手から聞き手に「伝達」されることになってしまうからである。 言語学的な立場から情報通信理論の図式を提出している典型として、R・ヤコブソン『言語とメタ言語」を挙げることができ る。 「送り手」が「受け手」に対して「メッセージ」を送る。この「メッセージ」ということばも、なかなかに危ないことばで ある。同書では「場面」が強調されている。 送り手と受け手に完全に、もしくは部分的に共通した「コード」と、送り手と受け 手の物理的経路と心理的なつながりである「接触」が欠かせないとして、ヤコブソンはこうした六つの因子を挙げる。場面を強 調している点は首できるものの、送り手が受け手にメッセージをあるコードに従って送るといった考え方は、いかにも機械的、 図式的で、素朴な発想である。こうした機械的 図式的という非現実性は、ヤコブソンの論の隅々に通底する二項対立論がもた らすものである。もっと言えば、ソシュール以来の言語学、記号学、 構造主義が、共通して胚していた二項対立論の、謂わば 負の表れである。負の表れと言ったのは、二項対立論は、二〇世紀思想とまではゆかずとも、少なくとも二〇世紀言語学にあっ ては、長足の発展を基礎づけた、決定的な方法論の一つだったからであり、負の結果と同時に巨大な正の成果も招来してきたか らである。 ジュリア・クリステヴァのような言説の中にも、送り手が「受け手=解読者」にメッセージを送るという、こうした図式が入 り込んでいる。 「伝達される意味」などということばに頼れているように、送られる「タッセージ」はそこでは事実上、意味を 持っていると考えられている。 クリステヴァが「受け手=解読者は、聞こえることを言える範囲でのみ解読する」と言うとき、 「送り手」における意味と、「受け手」における意味という、少なくとも二種の意味があり得ることを掘り下げる、一歩手前まで 来ているのにも拘わらず、どうしても意味を持った「メッセージ」を伝達するという観念から、抜け出ることができないでいる。 「送り手」がある意味をメッセージとして込める、その「メッセージ」を受け手が自ら「言える範囲でのみ」 解読するというク リステヴァの図式においては、やはり「ことばは意味を持っている」 という前提が揺るがない。J・J・カッツ「言語と哲学」 にも似たような考えが見える。 実のところ、送られるのは、一定の意味を持った イッセージなどではなく、一度は音声とい う形で意味から自由になったことばなのである。 ヤコブソンなどのこうしたコード論に立って、意味が実現しないと言っても、それは異なったコード間での出来事ではないか、 エンコード (encode) したのと同じ code でデコード (decode) していないのだから、と反論するのは、見苦しい言い訳に過ぎ ない。その言語観は、まるで数理的な体系でもあるかのような、コードなるものを幻想する以前に、コードなど成立しない言語 場を予めはっきりと理論的に位置づけ得ていただろうか? あるいは一瞬でも考えただろうか? 繰り返すが、 ことばが意 味となったりならなかったりする、あるいはかろうじて意味となる、それは私たちにとって日常であり、世界にとって自然で ある。言語にとっては存在のありかたそのものなのである。そうした事態がその言語観の中に鮮明に位置をシめていないのであ れば、言語の実現のリアリティの大きな前提が、その言語観においては予め切り捨てられている、ないしは隠蔽されていること になる。「ことばが通じる」という事態よりも「通じたり通じなかったりする」ことが先に、あるいは、より深いところにある がゆえに、その深いところにある前提を除外した時点で、その言語観は少なくとももう今日の理論としては失格である。 言語学 としてもヒソウであり、言語教育にあっては、余計に罪深い。ことばが通じない悲しみを背負わぬ言語教育など、信じられるだ ろうか? 百歩譲って、コード論者の言い分を一旦、受け入れてみてもよい。そうしたコード論を理論的に成立させるためには、少なく とも次の二つの本質的な部分を解決せねばならない。 第一に、異なった言語の間だけではなく、実はいわゆる同じ言語の話し手の間でも、つまり同じコードの間でも、ことばが意 24一般入試A問題

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現代文 高校生

何故、選択肢オが間違いなのか分からないです。 解説を見ると(特に水色の部分)オでも間違ってない気がするのですが..教えて下さい😿 1️⃣ 本文 2️⃣ 問題 3️⃣ 解説

たけひこ ヒトの先天色覚異常にかかわる大きな要因は、LオプシンとMオプシンの雑種遺伝子をつくる「非相同組み換え」で、これ は一塩基多型を持ち出さずとも説明できる。しかし、実はまったく関係がないわけでもない。日本の滋賀医科大学のチームは、 制御領域にある一塩基多型が色覚に影響する事例も発見していて、こういったものが、頻度は低いものの、やはり色覚の多様 性にかかわっていることを示している。 そして、本当に様々な要素で決定される色覚も、たくさんある遺伝的な「変異」の中に置いてみれば、ひとつの事例にすぎ ない。全ゲノム的に見れば、一塩基多型だけでも数百万カ所もあることを考えれば、ほんのささいな違いだ。 こばやし ぼくが何度か「変異」という言葉を使った時、小林はふっと口元に笑みを浮かべた。初学者に大切な概念を伝える教師の表 情だった。 「実は、そこで変異とか異常という言葉はそもそも使っていないんです。一塩基多型は、多型 (polymorphism) であって、 一塩基「変異」とは言いません。その理由は色覚異常を「異常」と言わないのと同じです。つまり、頻度が高いものは、変異 とは呼ばないということです。頻度が1%よりも高いものは多型で、それよりも少ないと、 「変異」 (mutation) と呼びます。 頻度が高いものはすでに定着した多型であり、本来持っている多様性の一部として考えるということです」がある。 頻度の高いものをいちいち異常と呼んでいては、あれもこれも全部異常になって、正常などどこにもなくなってしまう。 1%のあたりで切るのは、ある意味で、恣意的なものだが、しかし、だいたいそれくらいを見ておけば、集団の中で定着した ものか、それとも、たまたま現れたものなのか区別がつくだろうというコンセンサスはあるという。 こういったことを、言葉の言い換えに過ぎないとか、あるいは、「言葉狩り」と感じる人もいるだろう。しかし、小林は単 なる言い換えではなく、「概念を置き換えた」と強調した。新しい概念に新しい言葉を、ということだ。 いずれにしても、頻度が高いものを異常と呼ぶときりがないというのは少し想像してみると分かる。お酒に弱い異常、目 あか 色異常、縮れ毛異常、肌のくすみ異常、耳の垢が乾いている異常、大根おろしの苦味を感じない異常、などなど、考え始めた らきりがない。ちなみに、挙げたものは、すべて実在する一塩基多型によって違いが出るものだ。 *小林・・・小林武彦。 生物学者で、当時の日本遺伝学会の会長。

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現代文 高校生

【至急】🚨明日の提出課題を助けて下さい この『名前と人間』(田中克彦)について、噛み砕いて説明してもらえませんか? これは何が言いたいのでしょうか❓ .固有名詞が個別性のみならず共属性もあるということを伝えたいのか? .固有性と弁別性とはこの中では違うのか? .固有名詞の... 続きを読む

ステップ2 RYZ 読解名前にはどのよった たなかかつひこ 田中克彦 課題 筆者の考えの根拠をおさえよう 名前と人間 I 5 (注1) 論理学者たちが、固有名詞特有の機能は、同類の他のものから、ひたすらそれ自体を切り離し、区 するところにあるとしてきたのは、おそらく一つの等質的な言語社会のなかでのことしか考えていな かったからであろう。そこで忘れられていることは、まず第一に、人間はいったい、そのように弁別され そも同じ課の社 をどの程度必要とするのか、そもそも、社会のあらゆる連関からまったく切り離された個などがあり るのか、また、その弁別は、何のために必要なのかという視点である。 こうした社会的な観点を欠いた、普遍主義的な見方、純論理主義的な見方は、それ自体、帝国主義的な- 単なる目じるし 断を内蔵している。 固有名詞には、ある条件のもとでは、支配や権力の関係や構造がハンエイせざるを 得ないところがある。そうした社会的、文化的ヨウインを捨象して、意味ゼロの記号 と見る観点からは、固有名詞のもう一つの本質が消し去られてしまう。それは、個体、とりわけ人間を、 個別化させると同時に、共属関係をも作り出すからである。ソ連のニコーノフという名前学者は、十八、 10 九世紀のロシアの農村では、「アンナの娘は二人ともアンナ」であったり、「ガヴリーラの息子アレクセイに はが三人いる。九歳のエウフィミヤ、七歳のエウフィミヤ、一歳のエウフィミヤだ」といったような、同 名への好みがあったと述べている。 (注2) 固有名詞は抽象的記号 (数字やアルファベートのような)ではなく、特定の言語に属しているから、も 普通名詞とつながっていれば、たとえ、原義は無視され、その意味がかすんでしまっても、必要とあらば、15 される可能性をとどめている。またかりに意味はゼロだとしても、オトのつながり方のパターンは、 その名が、何語に属しているかを教えている。ジョン・レノンという名を聞いたとき、人はそれが日本人 が生まれたときにつけたはえぬきの名ではないとすぐに判断するし、オノ・ヨーコと聞けば、それがたぶ 日本人の名であろうと思う。 ジョン・レノンは日本語の名のパターンに、まずオトとしてあてはまらな いのに対し、オノ・ヨーコのほうは、聞いてすぐにその枠の中に入れられる。 (注6) こう考えてみると、人は名前をつけるときに、弁別性あるいは個別性よりはむしろその言語、より具体 としてふさわしいパターンにあわせて作り、それからはずれないように心している ということのほかに、それとは逆方向の という性格があらわになってくる。 国の事例の中で筆者が最も言いたいことに線を引き、④段落の考えの根拠をつかもう→問穴を攻略 所属性、共属性 PRIPE 間漢字 情報部~について、カタカナは漢字 速目 (注) Ⅰ帝国主義的な独断――ここ を受け入れない独断とい 2捨象 切り捨てること。 3賦活活力を与えること 4ジョン・レノンロック ビートルズの一員、イギ はじめからの はえぬき 6 オノ・ヨーコージョンの 要旨をつかむために! 1空欄を埋めていこう 文章展開図o 他のものか 1固有名詞・・・ 離し、 2意味ゼロの記号・単 →もう一つの本質が消 同名(→どの家の 例:十八、 九 オト→その名が! 例:ジョン・ ステップ 2 ④人の名…ふさわ →固有名詞 ステップ 凸 大きくとらえよう AU

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現代文 高校生

めちゃめちゃ大変だと思いますがこれを解いて教えてほしいです。🙇羅生門です。 フォローでも何でもします

後の問いに答えよ。 ののようである。その右の手に火をともしたの切れを待って、その死骸の一つの使いかた、いくめ ていた。 髪の毛の長いところを見ると、たぶん女の死骸であろう。 本ずつ抜きはじめた。手に従って けるらしい。 に手をかけると、ちょうど、 その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、人の心からは、少しずつ消えていった。そうして、それと同時に、この る。 いずれにかたづ だことであろう。それほど、この男の 心は、老の床に挿した松の木切れのように、勢いよく燃え上がりだしていたのであ 下人には、もちろん、なぜ老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。したがって、合理的には、それを けてよいか知らなかった。しかし下人にとっては、(3) この雨の夜に、この 門の上で、死人の髪の毛を抜くということが、(4) それだけで既に許すべからざる悪であった。もちろん、下人は、さっきまで、自分が 人になる気でいたことなぞは、とうに忘れ ているのである。 そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、はしごから上へ飛び上がった。そうして の 歩みよった。いたのは言うまでもない。 太刀に手をかけながら、大 下を見ると、まるで軽にでもはじかれたように、飛び上がった。 下人は、死につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行く手を(b)で、こう罵った。 は、 それでも下 ど 骨と皮ばかりである。 のような、 何をしていた。言え。 言わぬと、これだぞよ。 下人は、老を突き放すと、いきなり、刀の鞘を払って、白い鋼の色をその目の突きつけた。けれども、老婆は整ってい る。わなわなふるわせて、 切りながら、 っている。 これを見ると、 ある仕事をして、それにした時の安らかなと満足とがあるばかりである。そこで、下人は、見下ろしなが ら、少し声をやわらげてこう言った。 どうしよう とはいていた、いっそう大きくして、じっとその下人の顔を見守った。 まぶたの赤くなった。肉食鳥のよう な鋭い目で見たのである。 それから、しわで、ほとんど、鼻と一つになった 何でもかんでいるように 細い で、とがった私の働いているのが見える。その時そのから からずの鳴くような声が、 あえぎあえぎ、下人の耳へ伝わって きた。 は、片手に、まだからとった優 いっしょに、心の中へ入ってきた。すると、その色が、先方へも通じたのであろう 抜け毛を持ったり、のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんなことを言った。 「なるほどな、死人の髪の毛を抜くということは、なんぼう悪いことかもしれぬ。 じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくら この女のる干し魚は、 とは思わぬぞよ。 これとてもやはりせねば死するじゃて、しかたがなくすることじゃわいの。じゃ、そのしかたがない ことをよく知っていたこの女は、おおかたわしのすることも (5) 大目に見てくれるであろ。」 (6) 右の手では、赤くにうみを持った大きなにきびを気にしながら、一 下人の心には、(?) が生まれてきた。それは、さっきの下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、 さっきこの門の上へ上がって、この老を捕らえたのとは全然な方向に動こうとする気である。 下人は、 人になるかに、 わなかったばかりではない。その時、この男の心持ちから言えば、死になどということは、ほと んど 考えることさえできないほど、意外に追い出されていた。 「きっと、そうか。」 が終わると(9) 下人はあざけるような声でした。そうして、一足へ出ると、不意に右の手をにきびから離し で、老のをつかみながら、かみつくようにこう言った。 ぎをしようと恨むまいな 「では、 もそうしなければ、死にをする事なのだ。」 下人は、すばやく、とった。それから、足にしがみつこうとする。 はしごの 口までは、僅かにばかりである。下人は、ざった 色の着物をわきにかかえて、またたく間に急なはしごを夜の かけ下りた。 こから、短い白髪を逆さにして、門の下をのぞきこんだ。外には、ただ、があるばかりである。 下人の行方は、誰も知らない。 とに を担担うことを忘れて VANIA Pontev + VATREON とでした。また死骸の esse> AY SAY ISA そうしてこの うとする。また、かまいます。こんで、無言のほうよう PASTA BAR などではないとまた何をやりかかったのだ、またいいのだ。」 ( しようと同時に、また前の増悪が、冷ややかな(d)と ことまかりだぞ、いいなりにはいっそれも は思っていぬ。せねばいけるのじゃて、しんでますであろしたこと こち -0 こんなことを手でおさえながら、人としていていているうちゃ 本文中の 〜について、字はひらがな、カタカナは漢字に直せ。 本文中の空には「すこしの間」には「解を招きやすい言い方」という意味を持つ漢字をめよ。 について収納で強くなけ #Z に対する一的なものではなく、B が存在すること自体に対して、許せないとする気持ち。 このこの上で」という表現から、下人のどのような心情が読み取れるか、適切なものを選べ。 にも生門の不気味さにも慣れて、 感じている。 「それだけで許すべからざる悪であった」について次のようにした。選び号で答えな 「明「それだけ」とは、老人を抜いているという については知らなくても、という意味を含ませている。老の 可能性 理由 行為 合理的直観的理性的 であったことが くようです それから、はっていった。そうして、そ 国 八郡くれるであろ、」のた大キのア~エか ら一つ選び、記号で答えよ。 する反感」について次のようにと君に、両者となるように、適切 #*xathNETTY M だけということであるが、下人の (① 信じられないような話に思わず引き込まれ、我を忘れている様子がされている。 の説得力のある話にすっかり感心し、心が動かされる様子がされている。 の不条理な言い逃れを全く信じずに撃をうかがう様子がされている。 か、「~勇気」という形で、それぞれ十字で答えよ。 本作品の作者字で書け。 死人の髪を抜く あ、 九き」は、それぞれ「どうする」 」も字数に含む) とあるが、「あざけるような」には、下人のどのような気持ちが表れてい これですべてです

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