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現代文 高校生

赤線を引いた部分について質問です。 なぜ難しいのでしょうか? また、この分を書いた意図はなんだと思いますか⁇

S 16 ◆本文再掲 たとえば、ある「物」があります。それは、「カッコいい」と言われるような「物」です。 ある人間がそれを「カ 「ッコいい」と言います。言われた人間が「どうカッコいいのか」を知りたがります。 そうなって普通、具体的な 説明は返って来ません。 「カッコいいはカッコいいんだから、見れば分かるよ」と言われるのがオチです。 「カッ ちせつ コいい」は そのような使われ方をする言葉で、だからこそ「程度が低くて稚拙な俗語」のように思われてしま こういう場合はどうでしょう? います。ところがしかし、 50 2 ある人が、「カッコいい」と言われるような出で立ちをしています。 そこに与えられる「カッコいい」は、単 くつ 問2 純な 一つの物に対する意味不明な賛美」ではありません。髪型から始まって靴にいたるまでの複数の「物」と、 ようぼう ア その人の容貌や体型や、更には 「持ち味」という雰囲気までもが一つになって、 「なるほどマッチしている」と いう「合理的=美しい」状態を作り出していることに対する判断と賛美です。だからこそ「カッコいい」のです。 この場合の「カッコいい」は、「各部から成り立つ総体が、それを見る者の目に“美しい=合理的”を成り立 問3 問4 たせていると実感される」です。そのように、「カッコいい」は「総体のバランス=調和美」というかなり複雑 な事態に対応します。 そして、だからこそこういう事態も起こります――。 14 ある人が「カッコいい!」という絶賛を浴びたその総体をそっくり真似た人が、「カッコいい」とは言われ ない事態です。 ある人には似合って「カッコいい!」と言わせたスタイルが、別の人にはまったく似合わなくて、「カッコ悪い」 とか「似合わない」と言われる ―それも当然だというのは、「カッコいい」が「合理的な出来上がり方」を問 問3 題にするものだからです。 ある人には、その様式がバランスよく合っている――だか ら「カッコいい」。しかし 同じ様式が、別の人においては、調和よくマッチしない どこかに違和感を生じさせる。だからこそ「カ ッコよくはない」。「カッコいい」は、それだけ高度な判断を要求するのです。 はんらん 2 ⑥ 「カッコいい」は、「仕草」とか「口のきき方」という、瞬間的な動きにまで及びます。だからこそ、「木村拓 哉のあの時のあの動きがカッコよかったから。あの時のあの口のきき方がカッコよかったから――」という 理由で、 巷には木村拓哉の*1エピゴーネンが氾濫します。その昔、ヤクザ映画が全盛だった時代には、「映 画館を出て来る観客がみんな*2肩を怒らしていた」という話もあります。 主人公の「カッコよさ」を観客が拾 い上げて、その「合理的=美しい」が実感されるフォームを上映時間内にマスターしてしまった結果ですね。 「ス いか ポーツ選手の美しいフォームがいかに合理的であるのかを判断するのはむずかしい」とは、大違いです。 問5 「カッコいい」という実感がありさえすれば、「美しい=合理的」という複雑な事態さえも、瞬時に理解されて しまう――それを実現させてしまうだけの奥深さを、「カッコいい」という言葉は持っているのです。 語句チェック 5 問2 ウ "..............................

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現代文 高校生

現代の情報社会について考えたことを600字以内で書きなさい。という課題で、なにかおかしいところなどあればご指摘お願いします。

インターネットの普及によって誰もが著者になりうる情報社会が作 り上げられた現代において、私は人々の情報モラルの腐敗が起こると 考える。なぜなら、自分が持っている考えや意見を気軽に世界へ発信 できるようになったからだ。 その代表的な例が誹謗中傷だ。 この世の中には、 YouTubeの動画の コメント欄や、掲示板のサイトなどで誹謗中傷をする人がいる。ま た、誹謗中傷を受けたことが原因で自殺をしてしまった芸能人もい る。ほとんどの人が誹謗中傷はしてはいけないことだとわかっている はずだ。それにも関わらず誹謗中傷がなくならないのは、インターネ ットには「匿名」というものが存在するからである。匿名で物事を発 信できるということは良くも悪くもとても便利なことだ。 匿名性によ り、自らの意志を容易に発信できるようになった。言い換えると、相 手を傷つけたり、周囲を不快にさせたりするような言葉を容易に発信 できるようになったということだ。そのため、自分の意見をよく吟味 する、という過程を人々は忘れてしまっている。 これらが情報モラル の腐敗につながると考える。 インターネット上での文章のやりとりは、相手の顔を見ることがで きないからこそ、 直接会って会話をするときよりも自分の発言に気を 配らなければならない。 情報社会に生きる私たちがそのことを意識す ることができなければ、他者を尊重し自分の行動に自覚と責任を持つ ことはできないだろう。

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