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古文 高校生

緊急です🚨 全部答え教えてください💦💦 お願いします🙇‍♀️

G (しころ〈かぶとの一部〉 を傾けよ、かぶとの内 側を射られるな。 あえておほから さらにつやつや 全くしない 十否 す・きす・しむが尊敬語を伴うかどうかに注目する。 説 1す・さす・しむの下に尊敬語がない 使役(例文①~③) ・しころを傾けよ 2 す・さす・しむの下に尊敬語がある 「す」「さす」「しむ」 最高敬語 P22 - 意味の判別法 便役の対象がない 尊敬(例文④~⑥) 2 使役の対象がある 使役 の原則 例(御琴ヲ)このかたに心得たる人々に弾かせ給ふ。 (源氏物語・末摘花) 御琴音楽の方面に心得のある女房たちにお弾かせになる。) 尊敬語を伴っていても、常に尊敬の意味を表すとは限らない。 KEE 応用問題 ・次の文中の傍線部の助動詞の意味を答えよ。 呼応の副詞 41 " 1月の都の人まうで来ば、捕へさせむ。 (竹取物語) あなた)(りかま? (3) (2) しっ!静か(ほ) 1 次の文中の傍線部を、例にならって文法的に説明せよ。 尊敬の助動詞「す」の未然形 みかうし (平家物語 ころ (私が女官ニ)御格子あげさせて、御簾を高くあげたれば、 (私が御前の)御簾を高く掲げたところ、 人をやりつつ求めさすれどさらになし。 を行かせて (中宮様ハ)笑はせ給ふ。 全くてない。 (枕草子・二八〇) (大和物語) (御麗性)まったく見つからない。 あなかま、人に聞かすな。 があるか (更級日記) しっ、静かに、 てんりゃく いつたり せんしふ 月の艦の人が参上するならば、させよう。古の大きさ ②今、「かかること。」と声高にものも言はせず。 (土佐日記) 今夜は、「こんなにひどいありさまである)こと。」と、(従者たちに大声でも も言わせない。 などかうは泣かせ給ふぞ。この花の散るを惜しうおぼえさ どうしてこのようにお泣きになるのですか。 この花が散るのを惜しくお思いに ふか なるのですか。 4人に食することなし。ただひとりのみぞ食ひける。 他人に食べさせることはない。いつも自分だけで食べた。 (宇治拾遺物語) ⑤ また知らず、仮の宿り、誰がためにか心を悩まし、何によ (徒然草 六〇) また(私には)わからない、仮の住居であるこの世の家)を、誰のために心を悩 てか目を喜ばしむる。 方丈記) (て作り)、どういう理由で目を喜ばせる(ように飾り立てる)のかが。 助動詞 ・さずしむ 4 天暦の賢き帝は、五人に仰せて『後撰集』を集めしめたまへ 天暦の聖帝(村上天皇)は、五人(の撰者)に命令して 。 帝食べ うろ D に 対象 (新古今集・仮名序) 51

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古文 高校生

緊急です🚨お願いします🙇‍♀️ 答え全部教えてください🙇‍♀️答えが乗ってないです。 体系古典文法の十訂版です。

応 用 問 次の文中の傍線部を例にならって文法的に説明せよ。 OROO 1 次の文中の()内の、完了・存続の意の助動詞「たり」「り」を適 切な形に活用させよ。 完了の助動詞「たり」の終止形 (枕草子・一) まど (伊勢物語・九) 1 紫だちたる雲のほそくたなびきたる。 道知れ(り)人もなくて、ひ行きけり。 道を知っている人もなくて、 さまよいながら行った。 ②伏籠の内にこめたり) つるものを。 伏籠の中に入れていたのに。 紫がかっている雲が細く横になびいているさま(がいい)。 (源氏物語・若紫) ②「この昼、殿おはしましたりつ。」といふを聞く。 殿がいらっしゃった (蜻蛉日記) さくさく さうかい (源氏物語・若紫) ③ 顔は、いと赤くすりなして立て(り)。 顔は、ひどく赤くなるほどこすって立っている。 ふみづきもち (4) まんまん ぼうぼう 七月十五日の月に出でゐて、せちにもの思へ(り) けしきな 七月十五日の月の夜)に、家の近くに)出てすわり、ひどくもの思いをし り。 広々として、 (竹取物語) ③ 北には青山峨々として、松吹く風索々たり。南には蒼海 もの寂しい。 そびえ立ち、 漫々として、岸打つ波も茫々たり。 4 おほかた、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひ 青い海が (平家物語) 茫々と音をたてている。 ている様子である。 たうふう わかんらうえいしふ そもそも、 ある者、小野道風の書け(り) 和漢朗詠集とて持ち(たり)け ある者が、小野道風の書いた『和漢朗詠集』だといって所持していたのを、 るを、 ほんのかりそめにと思っ いつ たが しかも、今すでに五年を経たり。 五年がたってしまった。 (方丈記) (徒然草・八八) (6) ものの心を知れ(り)しより、四十あまりの春秋をおく よそち ⑤中の庭には、梅の花咲けり。 咲いている。 (土佐日記) 私は、ものの心を知った時から、四十年あまりの歳月を送った間に、 れるあひだに、 うけたま ⑥ ふさこ、承りてまかれり。 (方丈記) ふさ子は、帝の命令を承って退出した。 (竹取物語) (7) 雪のおもしろう降りたり)し朝、 雪が麺のある様子に降っていた朝、 あした (徒然草・三一) 7 このもとの女、悪しと思へるけしきもなくて、(伊勢物語・二三) 不快だと思っている様子 うつくしきもの、瓜にかき(たり)ちごの顔。(枕草子・一四五) かわいらしいもの、瓜に描いてある赤ちゃんの顔。 ⑧ 友とするにわろき者、七つあり。 友達とするのによくない者が、 (徒然草・一一七 ) 思へば うらうらに照れ(り) 春日にひばり上がり心悲しもひとりし うららかに照っている春の日にひばりが舞い上がり、心は悲しいことだなあ。 一人で物を思っていると。 助動詞たり(完了)・り (万葉集巻一九) 59

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物理 高校生

(2)の問題で答えは電位が高くなるのはXと書いてあるんですが、フレミングを何回やっても正電荷はYにいきます。何が違いますか?

128. 〈半導体とホール効果〉 流 電極 [電極 寛 半導体 半導体電 A B 図1 (0) 次の文の各に入る適切な語句または文字を答えよ。 図1のように, 直流電源, 電極, 2種類の半導体 Aと半導体Bを接合したものを用いて回路を作成 したところ、図の矢印の向きに電流が流れ続けた。 この場合、半導体Aはア型半導体で,キャリ アはイである。半導体Bはウ 型半導体 で、キャリアはエである。直流電源の正極 負極の向きを逆にしたところ, 電流は流れなくなった。 このとき,2つの半導体の接合面 付近にはキャリアがほとんど存在しない領域があり、オ という。なお,このように2 種類の半導体を接合し, 両端に電極をつけた電子部品のことをカ という。(カ)は一方 キ作用をもち, 交流を直流に交換するときに用いられる。 向のみに電流を流す 次に、 図2のように, 幅 α, 長さ6, 高さcの直方体の金属 試料を置き, 鉛直下向きに磁束密度の大きさBの一様な磁場 を加え,矢印の向きに電流I を流す場合を考える。 キャリア を電子,電気素量をeとして, 次の問いに答えよ。 (2) 側面X と側面Yはどちらの電位が高くなるか, 答えよ。 また,このように電位差が生じる現象のことを発見者にち なんで何というか, 答えよ。 側面 X B 側面 Y 図28 (3)側面Xと側面Yの間の電位差をVとする。 金属内を直進するキャリアの速さを求め, a,b, c, B, I,V,eのうち必要なものを用いて表せ。 (4)単位体積当たりのキャリアの数を求め, a, b, c, B, I,V,eのうち必要なものを用い て表せ。ただしVは(3)のVである。 (5) (1)の半導体 A, 半導体B を用いて図2の金属試料と同じ形の試料を作成し, それぞれを とき、側面Xと側面Yのどちらの電位が高くなるか, それぞれの場合について答えよ。 試料 A', 試料 B' とする。 図2において, 金属試料のかわりに試料 A', 試料 B' を置いた [ 19 浜松医大 〕 (5)411

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古文 高校生

源氏物語です 4行目で「大殿籠りぬ」とあって光源氏は寝たことがわかるので、6行目の「今は、さは大殿籠るまじきぞよ」は光源氏の言葉ではないと思ったのですが、解説を読むと光源氏の言った言葉らしく、納得できません😢 どこで光源氏の言葉だと判断すればよいのでしょうか?

全文解釈 係助四[] 四 [未] 打消[体] 断定 [巳]接助 副助 係助ク [] 過去[終] 四[用] ぬ対なれば、御帳などもなかりけり。惟光召して、御 <補> <原因> こなたは住み たまは こちらは(Aが)(普段は)お住みになっていない建物であるので、御帳などもなかった。(Aは)惟光をお呼びになって、 下二[用] 《強意》 副助 使役[用] 四[終] 格助 四[用 四[用] させたまふ。御几帳の帷子引き下ろし、 帳、御屏風など、 あたり あたり したて あちこちの装いを整えさせなさる。 御帳、御屏風などで、 四 [体] 副助 副助 《補》 《連体》 断定[] 接助 ラ変[巳] 接助 洛功 御几帳の帷子を引き下ろし、 格助 四 [用] 格助 御座など ただひきつくろふばかりにてあれば、東の対に御宿直物 召し <原因> 敷物などを単に身なりを整えただけになっているので、日 四[用] 四[用] 完了[終]B (Aは)東の対にご寝具を取りに サ変 [体] 係助 ク[用] ナリ [月] 断定[未] 格助四[未] 遣はして大殿籠り O 若君はむくつけ、「いかにすることならむ」と震はれ 《ウ音便》 自発[用] 遣わしておやすみになった。 接助 四[巳] 推量[体] 若君 (=紫の上)は不気味に思って、いったい何をするのだろうと震えられ 打消[用] 下二[用] 接助係助副 四 [用] 四 [未] 洛助 格助下二[未] 格助 たまへど、 さすがに声 たててもえ泣き たまはず、「少納言がもとに寝む」と 《補》 《逆接> 《補》 《連体》 なるが、 四[体] そうはいっても声を上げてお泣きにもなれず、 [終] 係助 保助 1 四 [体] [禁止 [体] 意志 [終] (Bは)「(乳母の)少納言のところに寝たい」と 係 間下二[用] 下二[用] のたまふ 声いと若し。「今は、さは 四[已] 大殿籠るまじきぞよ」と教へきこえたまへ <補》 おっしゃる声はたいそう幼い。(Aが)「今となっては、そのようにはお眠りになってはいけませんよ」と教え申し上げなさる 副 シク用 四 [用] 四 [用] 四[已] 係助四[未] 可能[未]打消[用] 助 存続[終] <原因> <補> ので、(Bは)たいそうさびしくなって、泣き臥していらっしゃる。 下二[未] 打消[未] 上二[用]上一[用] いとわびしくて泣き臥したまへ 母はうちの眠されず、 乳母は心配で)少しも横になることができず、どう おぼえず起き たり。 存続 [終] してよいかわからず起きていた。

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日本史 高校生

解説お願いしたいです🙇‍♀️

下線部(コ)に関連して、グループでは藤原氏が握っていた受領の人事権について調査 次の資料(1)~(4)を得た。 これらの資料を参考に、受領の人事について三条天皇はど のような権限を有していたと考えられるか。 解答欄の書き出しに続けて,藤原道長との 人間関係にふれながら, 簡潔に説明せよ。 [なりと せいし (1) 藤原済時の娘娍子は皇太子時代の三条天皇に嫁ぎ、のち四男二女をもうけた。 $795 1011 年に一条天皇が譲位して三条天皇が即位した際、天皇の父母も藤原済時もすで に他界していた。 左大臣の藤原道長は一条天皇と彰子の間に生まれた子の成親王を 皇太子とした。のちに三条天皇が眼病を患うと,それを理由に道長は天皇にしきりに 譲位をせまった。 (2) 三条天皇が娍子を皇后に立てる儀式を行った際、道長は同日に娘の妍子を三条天皇 の中宮として入内する儀式を東三条殿で行った。ほとんどの公卿は東三条殿へ行った が、藤原実資,藤原隆家ら四名の公卿のみ娍子の儀式に参列した。 じゅう (3) 藤原済時の子で娍子の兄の藤原為任は伊予守となった。 当時, 伊予国は富裕な国と 考えられ、伊予守になることは容易ではなかった。 為任はかつて道長を呪詛しようと したと噂された人物であった。 (4) 次の表は三条天皇が即位した後に天皇の側近として蔵人になり、のちに受領となっ た人物をまとめたものである。当時は藏人を経て受領に任官するまで10年前後の年 数を要することが一般的で, 長い場合は20年以上かかったものもいた

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古文 高校生

平家物語ですが何が恐ろしかったのですか?

32! 河合塾マナビス 〔解答〕 問問 問一 2 問二 問三 4 問四 3 問五 a1 〔解釈例〕 古文(レベル3・4) 前半 第九講解答・解釈例 A 何とあきれたことだ。人がおおぜいお聞きしてしまい ました B あれはどうしたことだ 問六 おそろしかり C たいそうお笑いになられて D まったく何も申し上げることができない b5 問七平家を滅ぼす企みに加担した者。 東山の麓、鹿の谷という所は、後ろは三井寺につながって、並々な らぬ要害の地であった。(そこに)俊寛僧都の山荘がある。(一党は) そこにいつも寄り合っては、平家を滅ぼすための計略をめぐらした。 ある時後白河法皇もお越しになる。今は亡き少納言入道信西の子息、 静憲法印がお供する。 その夜の酒宴の席で、(法皇が)このことを静 憲法印に下問なさったところ、「何とあきれたことだ。人がおおぜい お聞きしてしまいました。 すぐに漏れ広まって、きっと天下の一大事 にいたるでしょう」と、(静憲法印が)あわてふためいて申し上げた ので、新大納言は顔色を変えて、さっと席をお立ちになったが、お席 の前にございました瓶子を、狩衣の袖にかけて、引き倒してしまわれ ると、法皇が、「あれはどうしたことだ」とおっしゃったので、 新大 納言は(もとの席に立ち戻って、「平氏(=瓶子)が倒れてしまい ました」と申し上げなさった。 法皇はたいそうお笑いになられて、 「者どもここに参って猿楽 (滑稽な即興の芸)をいたせ」とおっしゃ ったので、まず、) 平判官康頼が、参って、 「ああ、あまりにも平氏 (=瓶子)が多うございますので、すっかり酔ってございます」と申 し述べる。(ついで、) 俊寛僧都が、「ではそれをどのようにいたそう」 と申されたので、しまいに、) 西光法師が、「首を取るのに越したこ とはあるまい」と申して、それぞれ) 瓶子の首を取って(奥に) 入 ってしまった。静憲法印はあまりの事の意外さに、まったく何も申し 上げることができない。実に実に恐ろしかった(この夜の出来事で ある。平家討伐の陰謀に加担した者は一体誰か。近江中将入道蓮 浄俗名成正、法勝寺執行俊寛僧都、山城守基兼、 式部大輔雅綱 平判 官康頼、宗判官信房、新平判官資行、摂津国源氏多田蔵人行綱をはじ めとして、北面の武士(=上皇の御所を警護する武士) 達が大勢加担 したのだった。 無断転載禁止譲渡禁止

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