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生物 高校生

可能な範囲で構いませんので、あっているか確かめていただきたいです。また、空白に入る言葉を教えて欲しいです。

黄 緑 青 プリズムで分光した自然光を緑藻類のシオグサに当て、ここに酸素に集まる 【エンゲルマン (独)の実験】 A 緑藻類 好気性細菌 B アオミドロ 葉緑体 緑色光 好気性細菌 赤色光 2 酸素の由来 【ヒル(英)の実験】 酸化剤 空気をぬい ハコベの 葉のしぼ り汁 て密閉する。 シュウ酸 鉄 (1) Fe CO2を 除去 ・葉緑体・ 【ルーベン (米)の実験】 HOを用いたとき 性質をもつ細菌 (好気性細菌) を加えた。 すると好気性細菌は赤色光と青色 光の部分に多く集まった。 問1.実験から好気性細菌が集まった理由について考えよ。 合成によって0~が発生したから。 問2.実験からアオミドロはどんな波長の光を利用しているか。 赤色と青色光 (青紫色) 緑葉から取り出した葉緑体の懸濁液にCO2 がない状態で光を照射し てもO2は発生しないが、 シュウ酸鉄(Ⅲ) などの電子受容体が存在する と、O2が発生する。 ⇒ 光合成によるO2はCO2由来ではなく、光エネルギーによって 分解された H2Oに由来。 シュウ酸 鉄 (II) (Fe) 0gが発生 クロレラの培養液に Oの同位体の Oを含むH2O を与えたの ち光を照射すると、培養液から 18O2 が発生した。 一方、1O を含む C 1°O2 を与えても、発生する O2 には O は含まれなかった。 ⇒ 光合成で発生する Oz はすべて H2Oに由来する。 COを用いたとき "O」が発生 CO H,"O CO, H,O "O 0 ・クロレラ 3 二酸化炭素のゆくえ 【ベンソン (米) の実験】 光合成速度 暗所 明所 所 CO2あり CO2 なし CO2 あり 暗所でCO2 を与えたのち、明所でCO2 なしの条件にしても 光合成は行われないが、 その後、暗所で CO2 ありの条件に すると光合成が行われる。 の吸収によって生じた物質が CO2の => 時間 固定に使用される。

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日本史 高校生

もうすでに任那は磐井の乱の前に百済にあげちゃってるのに 磐井の乱で新羅が任那取ろうとしてて、日本も奪われたくない(自らの影響力がなくなってしまう)と書いてますが、日本は大伴があげちゃってるので奪われたくないとかなくないですか?

第3章 / 第1部 6世紀の政治 3 蘇我氏の台頭と滅亡 6世紀前期 のか?」ということですね。さっそく、そこからお話ししていきま |継体天皇 す。 大伴金村 加耶四県 百済 (512) 継体天皇と大伴氏 磐井の乱 (527) P.062表 1-A 東進金谷本 9 けいたい えちぜん 6世紀前期の主な天皇は、継体天皇です。 しかし、継体天皇は、自 分がまさか天皇になれるなんて思ってもいませんでした。 継体天皇 の実像は謎に包まれていますが、一説には天皇になる前は越前(福 井県)に住んでいたといわれています。天皇の親戚ではありました が、非常に遠い親戚だったため、天皇候補とはまったく無縁の生活 をしていたようです。 しかし6世紀初頭に、 武烈天皇が亡く なります。 武烈天皇には後継者がいませ んでした。 このままでは、 天皇家は断 絶、つまり終わってしまうかもしれない という危機に直面します。 その時、 大伴 かなむら 村 金村* が越前から後の継体天皇を連れて きて、 天皇の地位につけたのです。 ド うむ。 継体天皇にとっては、大伴金村のおかげで天皇になれたわけで す。 ですから当然、 大伴金村を大事にします。 天皇家としても、天 皇家が断絶してしまうかもしれない危機が救われたわけですから、 大伴金村を大事にしないわけにはいきません。その結果、大伴金村 は絶大な権力を握ることになったのです。 大伴金村が絶大な権力の持ち主だったことを象徴する事件。 それ かや よんけん くだらかつじょう が、12年の加耶四県の百済割譲です。 朝鮮半島南部の加耶が日本 と密接な関係にあったのは、 第2章でやりましたね。 あ、ちなみに ごうぞく *大伴金村:5世紀末~6世紀前半ごろのヤマト政権の豪族。 「日本書紀」によると、武烈・ 継体・安閑 おおむらじ きんめい。 欽明各天皇の大連を務めた。 欽明朝に入ると蘇我氏の台頭などのために勢力を失 深掘 にほんしょき 『日本書紀』 では加耶諸国を総称して「任那」 って呼んでいました。 でも、今 「は「任那」といえば加耶の南部にあった国を指すことが多いです。ややこ しいですね。いずれにせよ、加耶は日本の影響力が大きく及んでいた地域 そんな日本が影響力を持っていた加耶南部 の地域を、朝鮮半島の百済にあげてしまった のです。これは、大伴金村の指示でおこなわ れたといわれています。 自分の意思で他国に 自国の勢力圏を譲ってしまうほどに、 大伴金 村の権力は強かったわけです。 ここには大き な賄賂が働いたともいわれています。 でした。 でも、そんな勝手なことをしていたら、ほかの豪族だって黙って見過ご すわけにはいきませんよね。 大伴金村は、540年にこの加耶四県割譲は失 おこし 「政だと物部尾輿らに批判されて失脚してしまいます。 なぜ、絶大な権力を 誇っていた大伴氏が、物部氏に批判されて失脚してしまったのか? それ は、とある事件が関係しています。 いわい 大伴氏の権力がかげりを見せることになった事件が、 527年の磐井の乱 * つくしのくにのみやつこ しらぎ です。 磐井は筑紫国造、 つまり九州の大豪族でした。 しかし、この磐井、 ヤマト政権に不満を持っていました。 九州の大豪族である自分が、 ヤマト 政権なんかに服属することは、面白くなかったわけです。 その磐井に目を つけたのが、朝鮮半島の新羅という国です。 新羅は、磐井に対して 「ヤマ ト政権に反乱をおこそうよ。 新羅も味方するから」 と磐井をそそのかすわ けです。それでは、 なぜ、新羅はこのように磐井をそそのかしたのでしょ うか? * 磐井の乱: 527年に近江毛野が6万の軍を率い、 加耶におもむき新羅に破られた南加羅・喙己呑を復興しようと 磐井が、新羅の賄賂を受け火・豊2国に勢力を張って毛野の軍を遮断したためおこった。物

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