しん
3 に貿易を求めるイギリス (p.37, p.78)
けんりゅうてい
C イギリス使節に対する乾隆帝の返答 (1793年)
マカオ
てんちょう
おもむ
これまで、西洋各国およびなんじの国の商人は、天朝に赴いて貿易を
おこなう際は、すべて澳門において互市 ②をおこなうことが長く続いて
おり、すでに短期間で決まったものではなくなっている。 天朝は物産が
豊富で、足りないモノは何もなく、 よって外国貿易船の貨物に依存する
ことはなく、国内で有るモノ無いモノを融通できる。 しかし天朝で産す
ゆうずう
ひつじゅひん
いそん
じき けんし
る茶葉・磁器・絹糸が西洋各国およびなんじの国の必需品であることに
かんが
あわ
めぐ
ようこう
鑑み、恩を加え哀れ恵み、 澳門において洋行 を開設し、日々の消費物
③
はいりょ
きょうじゅ
資にも配慮し、利益を享受できるようにしてやったのだ。 今、 なんじの
国の使者が定まったきまりをこえた多くのことを要求したことは、 遠来
おんけい
ししゅう
いこ
あお
の客人に恩恵を加え、 四周の夷国を大切に育む天朝の姿勢を仰ぎ見て従
うという、 本来あるべき態度とかけはなれている。
①清 ② 清が設けた国際貿易場での貿易 ③外国人経営の商店
歴史学研究会編『世界史史料4』 岩波書店をもとに作
もりぞ、
資料C を読み、 皇帝は使節の要求をどのような理由で退けた
か、二つ理由をあげてみよう。