学年

質問の種類

化学 高校生

解き方は理解したのですがXの計算ができないのでやり方をしりたいです

(イ) メチルオレ (ウ) フェノールフタレイン (変色域のpH8.0 ~ 9.8 ) (3) 酢酸水溶液のモル濃度は何mol/Lか。で も 発展例題11 二酸化炭素の定量 問題 154 空気中の二酸化炭素の量を測定するために, 5.0×10mol/Lの水酸化バリウム水溶液 もとの空気10L中に含まれる二酸化炭素の体積は0℃, 1.013 × 105 Paで何mL か。 応後の上澄み液10ml を中和するのに, 1.0×10-mol/Lの塩酸が7.4mL必要であっ 100mLに0℃, 1.013×105 Pa の空気10Lを通じ, 二酸化炭素を完全に吸収させた。反 考え方 解答 二酸化炭素を吸収したときの 変化は,次式で表される。 Ba (OH)2の物質量は次のようになる。 吸収した CO2 をx [mol] とすると, 化学反応式から、残る 第1中和点 では, 生じた NaHCO3 が反 応する。 このとき,生じた NaHCO3 と はじめにあった Na2CO3 とは同じ物質量であ ることに注意する。 各反応式を書いて,量的関係 を調べる。 5.0×10-3 × 100 1000 -mol-x 反応後の水溶液100mL から10mL を用いたので, Ba (OH)2+CO2 BaCO3 + H2O この反応後に残っている Ba (OH)2 がHCI で中和され る。 Ba (OH)2 は2価, 2x (5.0×10-3x 100 mol-xx 1000 -x)x- 10 =1×1.0×10-×- 7.4 100 1000 HCIは1価である。 別解 水溶液中のCO2 2価の酸である炭酸H2CO3 と考えると,全体の中和につ いて次の関係が成立する。 酸が放出する H+ の物質量 =塩基が受け取る H+ の総物 質量 88 解説 (1) これより, x=1.3×10-mol となり, CO2の体積は, 22.4×10mL/mol×1.3×10-4mol=2.91mL=2.9mL 別解 上澄み液10mLと中和する塩酸が7.4mL なので、 溶液100mLを中和するために必要な塩酸は74mLである。 吸 収した CO2 を x [mol] とすると, CO2 と HCI が放出したH+の 総物質量は,Ba(OH)2 が受け取ったH+の総物質量と等しい。 2×x+1×1.0×10-2× 74 100 1000 mol=2×5.0×10-3× mol 1000 したがって, x=1.3×10 - mol となる。 中 例題 動画 ロロ (c) 思考実験論述 152.中和滴定 次の実験 ① 実験 ① シュウ酸二水和物 スフラスコでシュウ酸木 純水に溶かして250mL 実験② ① シュウ酸 をホールピペットでと ットを用いて①の水酸 実験 ③ 食酢を正確に5 ルビーカーに入れた。 (1) 実験①のシュウ酸 (2)実験②で測定され (3)実験③で希釈す だし、食酢中の酸はす (4) ガラス器具を洗浄 では使用する溶液でも 例題 解説動画 性を示すものを選ぶ。 また, 中和で生じ

解決済み 回答数: 1
国語 中学生

答えがイとオなのですが、ア・ウ・エが違う理由を教えて欲しいです。

めいそう じょう こ 上学的になる。 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。(2点) 乗り物のうちで、歩くことにもっとも近いのは、著者の経験では カナディアン・カヌーに思われる。もちろん、 ホワイトウォータ ーに挑むスポーツとしてのカヤッキングではない。河と湖をカナデ かつ ィアンカヌーで進み、森のなかではそれを担いで踏破する移動だ。 てつがく カヌーは深い思索に誘われる。哲学するためにこの乗り物を作っ たのではないかと思えるほどだ。しかしそれは歩いているときや ※トレッキングしているときとは、思考の働き方がかなり異なる。 カヌーを漕いでいるときの方が、より深く、より多角的に、その場 所に包まれる。自分は環境の一部分となり、その一部分全体が移動 する。自分は水となり、その水が海に向かう。 歩いているときには、 自分の身体は環境に包まれつつも、それから身を引き剥がし、足を 宙に浮かしている。カヌーでの思考は、歩行のときよりも形而 ヨットと乗馬は、圧倒的に素晴らしい経験であるが、歩くことと は似ていない。 乗馬には、馬という相棒がいる。相棒と自然につい て対話しながら進んでいく。だが、この相棒と私とは志向性がかな り異なり、ときに初心者には難解な言葉を容赦なく浴びせてくる。 ようしゃ 馬の歩行のリズムは、人間の歩行のリズムと異なるが、非常に快適 。 ※ であり、快楽をもたらす。 “ケンタウロスは、ひとつの人間の身体 的理想なのかもしれない。 こうい ヨットは、散歩よりもはるかに危険な行為であり、個体の生命を つねに自覚させられる。セイリングでは、カヌーと同じく、自然 に完全に包まれ、風と波、海の一部と化す。しかしカヌーが身体と ひかく の一体感が強いのに比較すると、ボートは依然として乗り物であり、 クルーもいる。風と波に従いながら、それらを最善に利用するには、 知恵とチームワークが必要である。セイリングでは、多忙な労働と 瞑想が交互にやってくる。それは風と波のリズムの反映である。 こうして、カヌーやヨット、乗馬では、自然のもつ意味が、そ れぞれに散歩やトレッキングとは大きく異なっている。

解決済み 回答数: 1