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数学 高校生

逆関数が一致する条件の問題です。僕の解答はどんなところが論理性に間違いがあるのですか?

108 第2章 関数の極限 例題 42 逆関数をもつ条件 一致する条件 **** 関数y cx+d ax+b (a, b, c. dは実数, α≠0) が逆関数をもつための条 件と,その逆関数がもとの関数と一致するための条件をそれぞれ求めよ. 考え方 分数関数y= cx+d を k wwwwwwwww ax+b y= ax+b+q の形に変形する.このとき, k0 であれば、 逆関数をもつk=0 のときは y=g(定数)となり、逆関数をもたない。 また、逆関数ともとの関数が一致するのは次の両方が成り立つときである. ・定義域が一致する ・定義域のすべてのxの値に対してf(x)=f(x) bc cx+d d- 解答 a y ax+b ① より. C C y= + ax+b a a ①が逆関数をもつ条件は、 bc ax+bcx + d d- ¥0 bc a cx+ したがって, a≠0 より. a ad-bc 0 bc d このとき、①の値域は,y== a は漸近線 a ①の分母を払って, xについて整理すると. (ax + b)y=cx +d より, (ay-c)x = -by + d y=ccより、ay-c≠0 であるから, x=- xとy を入れ換えて、 ① の逆関数は,y=- -by+d ay-c -bx+d ② ax-c ①と②が一致するとき、 ①の定義域xキ b a と②の定義域 もとの関数の値 x=が一致するから, b_cより、 b+c=0 ③ 域が逆関数の定 義域になる. a a a もにy= となり一致する. 逆に,ad-bc=0 のとき, ③が成り立つならば、 ① ② はと -bx+d ax+b | 逆を確認する. Focus よって 与えられた関数が逆関数をもつ条件は,ad-be≠0 その逆関数がもとの関数と一致する条件は, 逆関数をもつ条 ad-bc≠0, b+c=0 件を忘れない . k y=ax+b +g (a0) でんキ0 ならば、 逆関数は存在する cx+d では ad- d-be ・bc30 ax+b 練習 関数 y= 42 ** bx+c x-a (a b c は実数) が逆関数をもつための条件と、その逆関数 がもとの関数と一致するための条件をそれぞれ求めよ.

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現代文 高校生

国語の評論文の要約についてです。 先輩に要約は絶対にできるようになった方がいい、役立つと教わったので力を入れるようにしました。添削やコツを教えて頂きたいです。

なった。 アジア再発見の時代 □ 日本が中韓ひいてはアジアの国々とどう向かい合い、関わっていくかが現在、大きなキロにあるのは言う までもない。ここではこうしたテーマを、時事的な話題に即してというよりは、少し長期の視点から、また 私自身の個人的な経験も踏まえる形で考えてみたい。 2 福沢諭吉の脱亜入欧〟論をまつまでもなく、明治期以降の日本にとって、その目指すべきモデルは「欧 米」であり、中韓を含むアジアは遅れた”、そしてそこから抜け出ていくべきネガティブな存在として規 定された。言い換えれば“欧米日本中国・アジア”という明確な「序列」 意識や価値観がまずここで形 成されたのである。 これは日本にとっては若干の複雑な心理を伴うものであって、なぜなら江戸期までの日本人ないし日本社 会にとって、教養や学問の規範であったのは何より中国の古典や思想等々だったからである。私は明治期日 本のこうした過程を「文明の乗り換え」と呼んでいる。 *2 その後の日本は戦時体制期には鬼畜米英〟などといった標語もトナえられたが、敗戦とともにそれもま 180度転換し、戦後はとりわけ米国をあらゆる面でのモデルとして進んでいった。こうして見ると、明 治維新以降の日本の歴史とは、どの国や社会をモデルないし準拠とし、また自らのアイデンティティー、ま たは、よりどころをどこに置くかという点に関する「転変」の歴史だったとも言えるだろう。 3 ここで多少の個人的な経験にふれさせていただければ、高度成長期の中期に生まれ育った私にとって、さ しあたり豊か〟で進んだ国とは米国や欧州諸国であり、1980年代の末に米国の大学院で2年を過 ごした際も(米国が決してモデルとなるような社会でないことはそこで十分認識するようになったが) 中韓 やアジアにはほとんど関心が向いていなかった。 しかし2000年代に入る頃から、勤務先の大学に中国からの多くの留学生が来るようになり、彼らと話 す中で、私自身の中国やアジアに対する見方に相当な先入見や固定観念があることに気づかされるように 20 たとえばある女子の留学生は「男女平等という点では日本より中国のほうがずっと良かった」と言う。こ 容が多かったのである。 れは私にとっては意外な指摘で、さらに話を聞くと、男女の家事分担が日本よりも中国のほうが柔軟である とか、公の場で女性が明確に意見を言うことについて日本社会は否定的な面があるとか、考えさせられる内 2 また、たとえば1年に中国の大学での講義に行った際、当時は日中関係が大きな冷え込みを迎えていた時 期だったので、日本の知人から中国では十分気をつけたほうがよいということを再三、言われて現地にオモ ふいたのだが、当地での学生の反応は非常に活発かつフレンドリーで、日本のメディアでの中国報道(ある は中国人の日本観に関する報道がそれ自体、相当なバイアスを含むことを認識したのである。 13 集団内で一つの論や“空気”に同調する傾向が強いと思われる。 回 私自身のソッチョクな認識としては、中国社会はきわめて多様ないし多元的であり、日本のほうがむしろ 3 44 回 中韓やアジアについて語るべき点はなお多い。先ほど明治期以降の日本は、準拠とする国や自らの立ち位 について転を繰り返してきたと述べたが、ポスト成長ないし人口減少社会を迎える今という時代は、日 中国やアジアについての 関係から考え直し、その再定義ないし再編を行っていく時期で もあるのではないか。 そのためにも、まずは自らの先入見や固定観念をいったん括弧に入れ、相手の国や社会や人を知っていく ことが重要であり、それはむしろスリリングな発見とびを伴うプロセスであると思えるのである。 注 *1 福沢諭吉一八三五~一九〇一蘭学者、思想家、教育者。 アジア再発見の時代 *2 鬼畜米英 *3 バイアス ゆがみ、へだたり。 太平洋戦争中に厳国であるアメリカ、イギリスを蔑視して呼んだ標語 4 ポスト ・・・高度成長期の後「ポストー」は「―の後」の意。 To 35 B

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