Senior High
3
English

河合マーク模試

0

181

0

ゲスト

ゲスト

Comment

No comments yet

ノートテキスト

ページ1:

>
61/100
10%
「なあに」
「歩こう、少し」
とつけ加えた。
君さんは田中君の顔を見上げると、息のはずんでいるような声を出した。
田中君は大様な返事をしながら、何とも判然しない微笑を含んだ眼で、じっとお君さん。それから急に身ぶるい
一つして、
「お君さんには気の毒だけれどもね、芝浦のサアカスは、もう夜でおしまいなんだそうだ。だから今夜は僕の知っている
家へ行って、一しょに御飯でも食べようじゃないか。」
「そう、私どっちでも好いわ。」
お君さんは田中君の手が、そっと自分の手を捕えたのを感じながら、希望と恐怖とにふるえている、かすかな声でこう云った。
と同時にまたお君さんの眼にはまるで「不如帰」を読んだ時のような、感動の涙が浮んできた。この感動の涙を透して見た、小
川町 淡路町 須田町の往来が、いかに美しかったかは問うを待たない。すべてのものがお君さんの眼には、壮大な恋愛の喜
をうたいながら、世界のてまでもびやかに続いているかと思われる。 幸福 幸福 幸福・・・・・・
その内にふとお君さんが気がつくと、二人はいつか横町を曲ったと見えて、路幅の狭い町を歩いている。 そうしてその町の
側に、一軒の小さな八百屋があって、くの燃えた下に、大根、人参、漬け菜、、水、姉、牛蒡、八つ頭、小松菜、
独活、蓮根、里芋、林
その八百屋の前を通った時、お君さんの視線は何かの拍子に、
の類がく店に積み上げてある。
の山の中に立っている、竹に奴を挟んだの上へ落ちた。札には黒々と下手な字で、「一東四」と書いてある。あらゆ
物がした今日、一東四銭と云うは滅多にない。この至を眺めると共に、今まで恋愛と芸術とに酔っていた、お
君さんの幸福な心の中には、そこに潜んでいた実生活が、突如としてその情眠から覚めた。間髪を入れずとは正にこの話である。
薔薇と指環とは、那に眼を払って消えてしまった。その代り開代、米代、電燈代、炭代、希代、醤油代、新聞代、化粧代
まかない
そのほかありとあらゆる生活費が、過去の苦しい経験と一しょにも火取虫の火に集るごとく、お君さんの小さ
な胸の中に、四方八方から群って来る。お君さんは思わずその八百屋の前へ足を止めた。それから呆気にとられている田中君を
一人後に残して、な瓦の光を浴びた青物の中へ足を入れた。 しかもついにはその華奢な指を伸べて、一東四銭の札が立って
いるの山を指さすと、「さすらい」の歌でもうたうような声で、
「あれを二東下さいな。」と云った。
往来には、黒い
かいこみながら、孤影然として立っている。
「待ち」
なおさん。
帽子をかぶって、縞の荒い半オオヴァの襟を立てた田中君が、洋銀の握りのある
むべき田中君は、世にも情熱いつきをして、まるで別人でも見るように、じろじろお君さんの顔を眺めた。髪を綺麗に
まん中から割って、忘れ
クリイム色の掛をちょいと願でおさえたま
した、少し上を向いているお君さんは、
ま、片手に二東八銭のを下げて立っている。あの涼しい眼の中に嬉しそうな笑を躍らせながら。
とうとうどうにか書き上げたぞ。 もう夜が明けるのもはあるまい。外では寒そうなの声がしているが、折角これを書き上
げても、気のふぐのはどうしたものだ。お君さんはその何事もなく、またあの女の二階へ帰って来たが、カッ
フェの給仕をやめない限り、その後も田中君と二人で遊びに出る事がないとは云えまい。その時の事を考えると、いや、
その時はまたその時の事だ、おれが今いくら心配した所で、どうにもなる訳のものではない。まあこのままでペンをこう。
せっかく
23:56

ページ2:

10%
23:56
Q i
62/100
③
カッフ
「おさんは、多におさんとは口をきかない」とあるが、その理由を説明したものとして最も適当なものを、
次のうちから一つ選べ。 解答番号は15
ところがあったからである。
いたからである。
中の人物が抜け出したかのような美貌をもつお君さんは、そうした自らの魅力を鼻にかけているようなところもあ
り、カッフェの客ともに暮れ合ってしまいがちであったため、おさんの中に、お君さんへの反発の気持ちがくす
っていたのを感じていたからである。
としての才覚に長けているところのあったお君さんは、客に対して必要以上に親切にしてしまうとこ
があり、そのせいでおさんの仕事を奪ってしまうこともしばしばであったため、おさんがお君さんを好きになれ
ないことを露わにしていたからである。
がよく気の利くこともあってカッフェの客に好かれやすいお君さんのことをおさんが妬んでいたため、二人の
間には何かといざこざが生じがちであり、しかもお君さんの中にも、おさんっぽい女性と見なして軽んじている
④ 美しいだけでなく教養も備えているお君さんは、自分とは違って尋常小学校しか出ていないおさんのことを内心で
軽蔑していたが、おさんのほうにもそうしたお君さんに対する反発があったため、二人の間でしばしば葛藤が生じて
お君さんは、カッフェの客に無言で愛嬌を売ってばかりで、客の歓心を買おうとするものの給仕としての仕事を十
分にはこなしておらず、そんなお君さんに腹を立てているお松さんと、お松さんを内心で蔑視しているお君さんの間で、
対立が生じていたからである。
B「おれの微笑の中には、も悪意は含まれていない」とあるが、ここからは「おれ」のどういうあり方がうか
がえるか。その説明として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。解答番号は 16
お君さんは、芸術や文学を愛好してはいるものの、「おれ」の小説は読んでくれてはいないようだが、だからといっ
て「おれ」は、お君さんのことを嫌ったりせず、 これからも彼女のことを見守っていこうと思っている。
お君さんは、煩わしい俗世間に生きている若い娘であり、そうした人間がしばし現実を忘れ、高尚で芸術的と信じる
世界に浸ることで感傷や高揚を味わおうとするのは無理もないことだと、「おれ」は考えている。
お君さんは、自分の部屋に掲げてある肖像が誰のものなのかわかっていないなど無知なところがあるが、それでも芸
術を愛し心豊かに生きていこうとしているお君さんに、「おれ」はひたむきな誠実さを感じている。
お君さんは、世智辛い都会の中でさまざまなことに迫害されながら、それでも懸命に実生活を送っているが、そんな
お君さんに対して、「おれ」は同じような生活を送る者として同情を禁じえないでいる。
お君さんは、けっして暮らしやすいわけではない都会で生活する若い女性だが、世間にはそうした人間が芸術的世界
憧れることをする者がいるということも事実であり、「おれ」はそのことにたる気持ちを抱いている。