日本史
高校生

三浦悟楼はなぜ朝鮮の王妃を殺害したか。
の答えは朝鮮では反日の動きが強く、ロシアの影響力が強まったが親ロシア政策を主導していたのが王妃だったから。らしいです。
"ロシアの影響力が強かったが"と言うところが理解できません。どういう意味ですか?
また親ロシア政策と言うのはなんですか?

回答

 下の風刺画のように、日本、清、ロシアは朝鮮を巡って対立していました。

 朝鮮内部では、大院君と閔妃が権力争いをしていました。閔妃はロシア軍の力をかりて権力を握ると、軍隊の顧問にロシア人を招くなどのロシアとの関係を深める政策を実施しました。
 このままでは、朝鮮をロシアに取られると思った
三浦悟楼はロシアの影響力が強まるのを防ぐため新ロシア政策を主導していた閔妃を暗殺しました。

こんな感じですかね🤔

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