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資料6からは、外国の蒸気船が強かったということが読み取れます。「上喜撰」はお茶の名前ですが、この狂歌はペリー来航を詠んだものなので、同じ読み方の、「蒸気船」という意味もあります。「眠気を覚ます / 夜も寝られず」とあり、外国の蒸気船がそれくらい強かったということなので、イギリスが勝った理由の一つだと分かります。
追加で解説しますと、狂歌というのは基本的に何かを茶化す歌が多いです。特に腕の見せ所は、如何に歌の中にダブルミーニングをぶち込むかです。
上記の歌は
蒸気船(上喜撰)がダブルミーニングになっていて、お茶のカフェインで眠れなくなったという意味と、たった四隻の蒸気船が(平和ボケした世間)の眠りを覚ました、眠れなくした
という二つにかかっているわけですね。
他にも幾つか狂歌をご紹介しておきましょう。
「世の中に、かほどうるさき、ものは無し、ぶんぶというて、夜も寝られず」
現代語訳
「世の中にか程(これ程)五月蝿いものはない。文武と言って夜も寝られない」
これは文武と言ってうるさい松平定信を茶化した歌です。
かほどの部分が“これ程”という意味と“蚊”🦟とかかっており、ぶんぶは“文武”と“蚊の羽ばたく音”でかかっています。
「これからは、三度の飯も食いかねて、湯でも飲まれぬ、水野越前」
現代語訳
「これからは三食を食べられるどころか、お湯の一杯すら飲むことはできない」
これは失脚した水野忠邦を茶化した歌です。
水野越前とは水野忠邦が越前守だったのでそう呼ばれていたわけですが、この“水野越前”は“水の一膳”即ち水一杯すらも飲めないと茶化しているわけです。
「越前の、御難は九月、十三日、牡丹餅ならで、石々が降る」
現代語訳
「越前(水野忠邦)のクビになった日は(閏)九月十三日であるが、牡丹餅では無く石が投げ込まれた」
同じく水野忠邦を茶化した歌です。
水野忠邦の事実上の罷免日は閏九月十三日。
そして日蓮が佐渡へ島流しになったのは九月十二日のことです。日蓮は佐渡配流の日、道端にいた信者の老婆から牡丹餅を貰ったという伝説がありますが、水野の野郎は石が投げ込まれたざまあみろという歌です。(水野がクビになったその日、それを知った江戸の民衆が水野邸を囲み、散々苦しめられた水野に対して石を投げ込みまくったという話がある)
しかもこの歌が秀逸なのは日蓮と水野を比較している点もですが、“石々”の部分です。これ当然石という意味もありますが、江戸時代の幼児言葉で牡丹餅を指す言葉であり、つまり水野越前守忠邦のクビの日には牡丹餅(笑)が多いに降り注いだやれめでたい!という皮肉的な意味合いも込められているわけです。
詳しくありがとうございます🥹
なるほど!ありがとうございます🙌🏻