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山城国(現在の京都府南部)では、応仁の乱のあと守護の畠山政長と畠山義就(従兄弟)同士で家督(畠山家のトップの座)を巡って争ってました。
争いを続けたため、国人(地元の武士)や農民たちが協力して蜂起しました。そして、二人を国から追い出すことに成功します。
その後8年間は、国人代表らによる自治が行われました。
以上が答えの詳細です。

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