古文
高校生

古文 発心集

【今一度見まほしく思えたる心ざし】について説明する問題で、私は「妻の夫に会いたいという思い」としたのですが、解答は逆で「夫の妻に会いたいという思い」でした。どうしてそうなるのか教えてください。

【本文】
 中ごろ、片田舎に男ありけり。年ごろ、心ざし深くて、あひ具したりける妻、子を生みて後、重く煩ひければ、夫、添ひ居てあつかひけり。
 限りなりける時、髪の暑げに乱れたりけるを、「結ひ付けん」とて、傍らに文のありけるを、片端を引破りてなむ結びたりける。かくて、ほどなく息絶えにければ、泣く泣くとかくの沙汰などして、はかなく雲煙となしつ。その後、あとのこと、ねんごろに営むにつけて、なぐさむ方もなく、恋ひしく、わりなく思ゆること尽きせず。「いかで今一度、ありしながらの姿を見ん」と涙にむせびつつ、明かし暮らす間に、ある時、夜いたう更けて、この女、寝所へ来たりぬ。「夢か」と思へど、さすがに現なり。嬉しさに、まづ涙こぼれて、「さても、命尽きて、生を隔てつるにはあらずや。いかにして来たり給へるぞ」と問ふ。「しかなり。うつつにてかやうに帰り来ることは、ことはりもなく、ためしも聞かず。されど、【今一度見まほしく思えたる心ざし】の深きによりて、ありがたきことを、わりなくして来たれるなり」。そのほかの心の中、書き尽くすべからず。枕をかはすことあり。世につゆ変らず。

古文

回答

① だれのセリフかを確認する

「しかなり。うつつにてかやうに帰り来ることは、ことはりもなく、ためしも聞かず。されど、【今一度見まほしく思えたる心ざし】の深きによりて、ありがたきことを、わりなくして来たれるなり」

これは亡くなった妻が、夫に向かって話している言葉
つまり、この説明は 妻の立場からの発言 。

② 「思えたる」はだれが思ったのか

ここが重要なポイントです!!

見まほしく思えたる
→ 「見たいと思った」

古文では「〜と思ふ/思ゆ」は、その気持ちを持った人が主語になる。
この文の中で、「見たいと思った」のはだれか?
→ 話している本人=妻
つまり、今一度(あなた=夫に)会いたいと思った
という意味になります。

③ 「心ざし」はだれの心か
「心ざし」はその気持ちを持っている人の心
なので、妻が夫に「もう一度会いたい」と強く願った気持ち=【今一度見まほしく思えたる心ざし】
となる。

私自身理系なのであまり自信がないですが…参考になれば嬉しいです!!

この回答にコメントする
疑問は解決しましたか?

この質問を見ている人は
こちらの質問も見ています😉